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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
最終章 終焉の灯火

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第64話 バトンタッチ

 日本中の通信が一斉に途絶え、あらゆる画面がノイズに呑まれた後、不気味な静寂とともに一人の女性が映し出された。

 その幻想的な姿と穏やかな微笑み、そして甘く響いた恐ろしい予言は、人々の心に拭いきれない不安と絶望を刻みつけていた。

 やがて映像が途絶え、再び世界が動き始めても、街は重苦しい空気に覆われていた。

 人々は呆然と立ち尽くし、目の前の現実を受け止めることもできずにいた。


 そんな人々の心に、そっと忍び込むように絶夢の能力は広がっていた。

 先ほどの女性の姿を思い返したとき、不思議な感情が胸の内に芽生えてくる。


 ――あの人に、頼りたい。


 その思いは恐怖と不安に疲れ切った心を、ささやかに、だが確かに温めていった。

 人々は知らないうちに背中を押されるように、惹きつけられていく。


 SNSでは、何者かが密やかに囁きを広げ始めていた。


『あの女性は、「終焉の灯火」という教団にいる』


 あくまで噂に過ぎない短い言葉だったが、それは不安な人々の心に鋭く響いた。

 救いを求める声は瞬く間に拡散され、小さな波紋は次第に大きな流れとなって街を飲み込んでいく。


 最初に動き出したのは、ほんの数人だった。

 ふらふらと、誘われるようにして『終焉の灯火』の拠点のドアを叩く。

 その姿を遠巻きに見ていた人々もまた、引き寄せられるように、静かな波に飲み込まれるようにして教団へと足を踏み出していった。


 誰もが不安で、誰もが救いを求めていた。


「絶夢が、この凶に蹂躙されている悪夢のような現実から守ってくれる」


 それが錯覚だと疑う者は、一人もいなかった。

 教団の前には、吸い込まれるように、途切れることなく長い列が生まれていった。


 人々は自らがその場を訪れた理由すら明確に理解できずに、ただ『ここに来れば大丈夫だ』という漠然とした思いに支配されているだけだった。


 それを見守る夜刀は何カ月も前から、この日のために着々と準備を進めていた。

 各地に密かに作られた拠点を、この日、この瞬間、一斉に開放する手筈を整えていたのだ。

 教団を訪れる人々は、夜刀によってあらかじめ配置されていた先遣の信者たちに穏やかに迎え入れられた。

 そこで示される温かな笑みや優しい言葉が、彼らの不安をさらに解きほぐしていった。


 教団の内側に入った人間は、もう後戻りはできない。

 自らが新しい世界の一員となったことに安堵し、既に外にいる者たちへ誘いを送る側へと変わっていった。


 静かに、だが確実に、この流れは東京全体を包んでいくこととなる。


 ◆◆◆


 3月15日。


 今年もまた、国家戦略高専の卒業式の日がやって来た。

 静まり返った体育館に、式典開始の合図が響く。

 壇上に立つ校長の言葉が、静かな緊張とともに全校生徒を包み込んだ。


 五年生たちが次々と卒業証書を受け取っていく。

 その中には、一乗谷先輩の姿もあった。


 年末の凶の大量襲来。

 あの日、先輩が遭遇した化物は、僕が裏能祭で対峙した人物とは別だったことが判明し、二体目の凶度4として登録された。

 2メートルを超える巨体。赤茶けた髪に紅蓮の瞳。


 トラックに撥ねられても怪我一つない先輩が、その異形の軽い一撃を受けただけで両腕が粉砕骨折、肋骨数本と胸骨も砕け、内臓にも深刻な損傷を負った。

 一時は集中治療室で生死の境を彷徨ったほどの重傷だったが、持ち前の強靭さで一ヶ月ほどで退院を果たしていた。

 あんな目に遭ったのに先輩の心は折れていない。

 それでもまだリハビリ中で、実戦復帰は来月以降になるという。


 式典が終わり、緊張の糸がほどけた体育館に明るい喧騒が戻ってきた。

 僕が出口に向かおうとすると、背後から聞き慣れた声に呼び止められた。


「出雲崎」


 振り返ると、一乗谷先輩がそこに立っていた。


「あ、先輩。卒業おめでとうございます。本当にお世話になりました!」


 僕は背筋を伸ばして頭を下げる。

 先輩は僕のチューターとして、色々なことを教えてくれた。

 卒業後も、同じ異能師として現場で顔を合わせる機会は多いだろう。


「こちらこそ世話になった。ありがとうな」


 先輩は穏やかな表情を浮かべながら、右手を差し出した。

 僕もその手を握り返す。


「俺が入学式で言った言葉、覚えてるか?」

「もちろんです」


 二年前の入学式。

 異能や凶が世間にまだ秘匿されていたあの頃、先輩の言葉は僕に大きな衝撃を与えた。


「俺たちは世界を守る使命がある。危険はつきものだが、俺が全力で守る。絶対に助けてやる、ですよね」


 先輩のいつもの鋭い瞳に、柔らかな光が宿った。


「ああ、よく覚えてくれてたな」

「忘れられるわけないじゃないですか……」


 先輩の握る手に、ぐっと力が込められた。


「出雲崎、バトンタッチだ」

「え?」

「これからはお前が守れ。久遠寺だけじゃない、この高専の学生たちを全員だ」


 表情は優しくとも、その言葉は真剣そのものだった。

 僕の胸の奥が、静かに熱を帯びたのが分かった。


「頼んだぞ」


 先輩はそう告げると、僕の手を離し、背を向けて歩き出した。

 卒業生たちの華やかな笑い声や会話が交錯する中に、先輩の背中は吸い込まれていく。


「分かりました!」


 僕がその背中に向かって返事をすると、先輩はひらひらと軽く手を振った。

 体育館の高い窓から差し込む春の日差しが、その後ろ姿を明るく照らしていた。

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