第59話 極級異能師に正式に認定される
11月1日。
研究所で発覚したあの事件の後、未だ世間は騒がしい。
しかし、凶による人的被害の拡大は、どうにか踏みとどまっているようだ。
とはいえ、今年の裏能祭は中止。開催する余裕など無いことは僕でも分かる。
そんな朝のHRでのことだった。
「出雲崎!」
いつも通りの声量で、教壇の上から小値賀先生が僕の名を呼んだ。
もちろん、先生は今日も半袖である。
「は、はい、何でしょうか?」
反射的に立ち上がって返事をすると、先生はニヤッと笑って手招きしてくる。
よく分からないまま前に出ると、先生は筒状のケースを取り出し、パカッとフタを開けた。
カポン。
「え~、出雲崎透真。お前を極級異能師として正式に認定する。なんかいろいろ書いてあるけど、読むの面倒だから省略! 以上!」
そう言って、賞状のような免許状をズイと押しつけてくる。
「え!? ありがとうございます? で……いいんですかね?? でも、何で突然……」
戸惑いながら受け取ると、先生は片手を軽く振って、まるで他人事のように言った。
「知らん。嵯峨野の強い推薦があったと聞いてる。ま、とにかく、これでお前は学業より実務優先の立場になる。とは言っても、授業をサボっていいわけじゃないからな。むしろ、今まで以上に集中しろよ。お前は座学はあれだしな」
「……は、はい、分かりました」
嵯峨野さんが、僕を推薦した……?
あの人に少しでも認められたのだとしたら、それは……嬉しい、かもしれない。
「あと、色々手続きがある。HR終わったら職員室に来い」
◆◆◆
職員室では事務員の方の指示に従い、報酬口座の登録、生体認証、通行証の申請など、粛々と手続きが進められていった。
国家指定病院での優先診療に必要な医療連携IDの発行。各種特典利用カードの撮影と署名、緊急通信用の見たことも無いような小型端末の受け取り。
最後に、行動特権に関する誓約書へ署名。
「必要なら法も破ってもいいが、無茶苦茶やったら処分も覚悟しろ」という、そんな感じの誓約書。ちょっと重い。
教室に戻ると、祇園君が満面の笑みで僕を迎えた。
「おう! 今日はお祝いやな! 出雲崎の奢りで、めっちゃ美味いもんみんなで食いに行こうや!」
「え!? お祝いされる僕が奢るの?」
「そらそうや! 今までお前が貯めこんできたプール金、もう自由に使えるんやろ? 1000万は余裕で超えてるはずや」
「いや、さっき口座の登録をしたばかりだから、まだ振り込まれてないと思うけど……」
「先生に頼んでチャチャッとやってもらえばええ。極級のお前が言えば、誰も逆らえんやろ!」
「いやいや、みんな忙しいだろうし……」
「楽しみやな〜。何にしようか? 焼肉? 寿司? それとも両方いっとくか?」
まったく話が通じない。僕の声など聞く素振りも見せない。
するとそこへ、静かな威圧を帯びた声が、会話を切り裂いた。
「祇園君、あなたは何を馬鹿なことを言ってるのかしら?」
振り向くと、久遠寺さんが腕を組んで立っていた。
「おう、久遠寺! お前も何か食いたいもんあるやろ? これからしばらくは出雲崎の奢りで毎日パーティーや! スイーツでもええで! 何でもええから考えとき!」
……毎日?
いやいや、それはさすがに冗談だよね!?
僕が戸惑っていると、隣で久遠寺さんが小さく息をついた。
「そんな無駄遣いをする前に、やるべきことが他にあるでしょ?」
「え? 何や?」
祇園君が怪訝そうに眉をひそめる。
「証券口座の開設よ。……透真君、パソコンは持ってる?」
「う、うん。一応は」
「じゃあ放課後、一回寮に帰って持ってきて。ICT室で教えてあげる。共用のパソコンを使うわけにはいかないけど、Wi-fiはちゃんと管理されてるから」
その静かな口調に断固たる意志が込められていた。
祇園君も口を挟める雰囲気ではない。
「……はい」
僕はただ頷くしかなかった。
——そして、放課後。
僕は指示通りパソコンを持ってICT室に向かった。
そこで待っていたのは、今までに見たことのない、やたらと金融リテラシーの高い久遠寺さんだった。
「まずはNISA口座の開設からね。毎月の積立額は10万円で設定して。今あるのが1000万円なら、現金で残すのはせいぜい100万。残りは全部、オルカンかS&P500に回すこと。ニセナスでもまぁいいけど、FANG+はちょっと攻めすぎかな。SOXLなんて絶対ダメ。あれはただのギャンブルだから。……あ、半導体になんて興味ないわよね?」
まるで機関銃のような勢いで、意味の分からない単語が飛んでくる。
「とにかく、現金は100万以上残したらダメ。銀行預金の利子なんてインフレに負けるだけだから。で、NISAの枠を使い切ったら、特定口座で買って放置。後は気絶してればいいから」
気絶? どういうこと? 何ひとつ理解できなかった。
だが、分からない、などととても言えるような雰囲気ではない。
結局、その日で全てが終わることはなく、僕はこれからもしばらく久遠寺さんの金融教育を受けることになった。
そして僕の資産は、自然な流れで彼女の管理下に置かれることになった。
それはまるで、鬼嫁の尻に敷かれてる哀れな旦那のようやった――と、祇園君は後に語った。




