第49話 凶人
個人研究補記(8月) 粟国玄道
異能の本質を問うという行為は、端的に言えば、進化の方向性を見極めるという営みに等しい。
観察、記録、介入、解析、そしてまた観察。
それを淡々と繰り返すこの研究所で、私は私なりの仮説に基づいて試行を重ねている。
目的はただひとつ。異能の人為的な覚醒と、その先にある段階的進化の検証である。
この一ヶ月、白神君から供給された個体群は九体。
全員がいわゆる「潜在異能師」としての素養を持ち、年齢は19歳から27歳。
全例で基礎的な遺伝子マーカーに異常なし。
精神安定指数にも顕著な逸脱はなく、当初はきわめて平穏に見えた。
だが、それこそが──観察に値する。
強制的覚醒に用いている触媒は、初期より一貫して、第四世代メタ粒子濃縮体を主成分とし、そこに凶の残滓を混合した構成である。
残滓は安定的保存が困難であり、常温では120分以内に構造が崩れるため、冷却状態での迅速な混合が求められる。
配合比は3:1。メタ粒子に残滓を添加することで、単なる中枢刺激を超えた「人格干渉」が引き起こされる可能性があると予測された。
この組成によって、対象個体の覚醒成功率は飛躍的に上昇した。
七体が覚醒に成功し、そのうち三体は異能発動後、短時間で特級相当の出力を示した。
特筆すべきは、覚醒後の彼らの挙動である。
異能の行使に伴い、彼らの身体には微細な変質が生じ始める。
筋線維の配列が再構成され、瞬発的な出力に対する耐性が増すと同時に、痛覚伝達の一部が鈍化する。
耳後部や肩甲帯にごく薄い骨様組織の外突が形成される症例も確認されており、いずれも凶度3に分類される特徴と一致している。
表皮の一部には光の屈折率に微細な異常が生じ、観察角度によって金属的な反射が見られるようになる。
また、言語中枢に一時的な攪乱が発生するケースもあり、意識下における単語の選択が断続的に不正確となる。
これらの変化は一見して異常とは映らないが、繰り返し異能を行使することで、確実に「何か」へと傾いていく徴候であると私は見ている。
だが最も深刻なのは、精神構造の崩壊だった。
覚醒後の個体は、例外なく、ある種の破壊衝動に晒される傾向を示す。
それは暴発的な激昂ではなく、むしろ静かな時間帯に、不意に意識の下層から湧き上がるような性質のものであり、理性の領域に干渉してくる。
特筆すべきは、その衝動に対して抵抗の意志が極端に希薄である点である。
制御不能に陥っているのではなく、制御を必要としない状態に近い。
まるで、自らが破壊を選択することに、なんらの矛盾も感じていないように見える。
観察の記録は一貫して手順通りに進めている。
異能の発現、肉体の変質、精神面の推移──いずれの段階においても、私は定められた形式に従い、必要な数値と映像を収集し、所見を補記した。
対象には当然、固有の氏名がある。
だが私は、それを記憶することを意図的に避けた。識別は番号で統一し、記録上の管理も同様に行っている。
観察を終えた個体については、記憶処理を施したうえで白神君に引き渡し、街へと放逐させている。
その後について検分する意義はない。
私にとって重要なのは、あくまで覚醒前後における変質の過程であり、役目を終えた素材に執着する理由はない。
それが何を失い、どこへ行き着くのかは、もはやこの研究の射程外である。
観察を通して、私はひとつの結論に至った。
これは進化である。
意図的に引き出された異能は、人為の枠を越えて変質を始めている。
変化は確実に進行しており、後戻りはできない段階にある。
問題は、それをどこまで制御できるか──あるいは、制御する必要があるのかという点に移っている。
次の投与準備は、すでに整っている。
今後の課題は二点。
一つ、破壊衝動の構造的発現要因に関する再検証。
一つ、人格干渉の可逆性と臨界域の特定。
観察は、続く。
──了──
◆◆◆
八月。
『都内郊外にて、凶と類似していながら、異なる特徴を持つ個体が目撃されました。目撃者の証言によると、異能の使用が確認され、さらに会話も成立したとの情報があります。国家安全維持局は、識別不能な第三の存在の可能性を含め、調査に乗り出す方針です』
──NNNニュース24 朝の報道より
Xの投稿:
「スーパーの屋上で見た。めっちゃ暴れてて、警備員が来たらウォーターカッターみたいなので一撃。マジで真っ二つ。最初映画の撮影かと思ったけど、血の量ヤバすぎて現実に戻った。あれ、普通に殺人事件で現場パニックだった。」
YouTube映像:
スーパーの入り口に設置された監視カメラ。
床下から突き出た植物の根が通行人を弾き飛ばし、ガラスが割れる。
その場に立つのは、一見して人間に見えるが、肩から骨のような突起が覗いていた。
――国家安全維持局は、かつてない類の報告に直面していた。
それは唐突に、そして断片的に現れた。
テレビ、ネット、SNS──
それぞれの媒体を通じて、最初は断片的だった情報が、少しずつ形を成し始めていた。
確認された個体は、これまでに3体。
いずれも特級レベルの異能の行使を確認している。
従来の分類には当てはまらないこれらには「凶人」という分類名が公式に適用されることとなる。




