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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第二章 新しい世界

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第45話 嵯峨野と白神③

「怖くないのか? 次の瞬間には、お前はもう死んでいるのかもしれないのに」


 夜刀が、森を映すような緑の瞳を細め、白神に問いかける。

 まるで感情の機微を知ろうとする異質な生き物のように。


「……自分でも分からねぇ。ただ純粋に、お前の力を、もっと見てみたいんだよ」

「ほう」


 夜刀の目が細くなる。

 魂の奥を這うような視線。見つめられただけで、自分という存在の境界が崩れていく感覚。


「そこに転がってる奴より、お前は明らかに弱いが――可能性は感じる」

「……可能性?」

「お前に定められた理を超越する可能性だ。もっとも、その時にはお前はもう人間という定義からは外れるだろう」

「定められた理を超越……? それは、極級に辿り着けるって意味か?」

「極級? 何のことかは知らんが……お前の限界を超えた力を引き出せるようにはなる」

「本当か……!?」


 白神の瞳が爛々と輝く。

 もはや理性は薄れ、別の熱が心を支配していた。


「試してみるか?」

「もちろんだ! 極級になれるなら、人間なんて辞めてやるよ」

「ふむ。ではついてくるがいい」


 月明かりが差す扉の前で、夜刀はその背を向けて歩き出す。

 白神の足が、吸い寄せられるように夜刀の後を進んだ。


 後ろで、嵯峨野の怒声が追いかける。


「おい、白神……! 馬鹿なこと考えるんじゃねぇ!!」


 しかし白神は、振り返らなかった。


「――お前には分からねぇよ」


 その背は、何かを決意し、捨てた者のそれだった。


「……夜刀とか言ったな。向こうの世界には何がある? 終末の四使徒? 終焉? お前よりヤバいのがいるってのか!?」


 嵯峨野の問いに、夜刀はふと立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


「何があるか? お前らの尺度では測れないものだ。始まりのなれ果て……『夢幻の終焉』。いずれ、この世界の物語もそれによって閉じられるだろう」


 そして、何かを確かめるように目を向け、嵯峨野を見やる。


「ああ、そうだ――お前は私の暗黒物質の深層滴を取り込んだ」


 その声は平坦で、ただ事実を告げているだけ。


「それは肉体に不可逆の変質をもたらす。これから先、理外の力を使えば使うほど、お前の命は削られる」


 そう言い終えると、夜刀は再び前を向き、月の光を背に歩き出す。

 白神は黙ってそれに続き、やがて扉の向こうへと姿を消した。


 その背が振り返ることは、最後までなかった。


 ◆◆◆


 その夜遅く、夜刀が白神を連れて現れたのは、白神にとって見覚えのある建物だった。


 国家戦略研究所。

 灰色の外壁は街灯すら跳ね返すように鈍く、無音のまま夜に溶け込んでいる。


「……ここ? なんでお前が研究所の場所を知ってるんだ」


 白神の問いに、夜刀は淡々と返す。


「私はこの近くで顕現した。とある能力者と科学者の実験による偶然の産物だがな。」


 そう答えた夜刀は、まるで慣れ親しんだ場所であるかのような足取りで入口へ向かう。手には入館証のようなカード。

 白神は眉をひそめながらも、それ以上は問わずに従う。


 建物に入ると、夜刀は迷いなく廊下を進み、やがて足を止めた。

 そこには、白神にも馴染みのある研究者の名札が掛かっていた。


 粟国玄道。


 夜更けだというのに、扉の下からは薄明かりが漏れている。

 夜刀がノックをすると、扉が静かに開いた。


 姿を現したのは、白衣の下に上品なスーツを纏った男。

 髪には整った白髪が混じり、年齢相応の落ち着きを漂わせながらも、その目だけが光を潜めていた。


「これはこれは……夜刀君。どうしました、こんな時間に」


 一見いつも通りの粟国だったが、白神の姿を目にした瞬間、その目が静かに細められた。


「……ほう。白神君まで。何か、興味深い話をしに来てくれたのかな?」

「お前の望んでいた実験が、ようやく始められる」


 感情の色を含まぬまま、夜刀はそう告げた。


「この男が被験者となる。まだ限界には至っていないが、暴走を繰り返せば、その地点には達するだろう」

「……ほう、これは驚いた」


 粟国はそう言いながらも、頬に笑みを浮かべ、目を細める。

 だがその奥では、明らかに異常な熱がわずかに揺れていた。


「白神君……まさか、特級の君が素材になってくれるとはね。いやあ、これは……楽しみだ」


 ◆◆◆


 粟国による実験は連日続く。

 夜刀から提供された深層滴の加工と並行して行われる、白神の強制的な暴走実験。


 研究所の地下――誰にも知られていない秘密の研究室。

 無機質な壁に囲まれ、音もなく時間だけが流れる空間。

 その中央、無造作に設置された酸素カプセルのような装置が、軋むような音を立てる。

 中から漏れる声は、悲鳴とも呻きともつかない、野生のような響きを帯びていた。


 モニターに並ぶのは、脈拍、体温、脳波、そしてシグマコードの活性化率。

 数字が跳ね上がるたび、粟国の目が鋭くなる。


「ふむ。そろそろ限界かな」


 呟きと同時に、カプセルの蓋がゆっくりと開く。

 赤黒く染まった肌、血走った眼――白神がよろめきながら外へ出る。


「白神君、大丈夫かい?」

「ああ……何も問題はないね」

「常人であれば、とっくに廃人になるほどの負荷を与えているんだけどね……」

「あいにく俺は常人じゃない。イカれてるってこと位は分かってるさ」


 粟国はわずかに笑みを浮かべ、背後の作業台へ向き直る。

 銀色の金属製ケースを開き、ガラス容器を取り出す。

 中には、夜刀の深層滴を加工した濃紺の液体――ぬめりを帯びたそれは、光に反射して不規則な揺らめきを見せた。


「では、こちらの準備も整ったことだし……いいかい?」

「ああ、宜しく」


 血走った眼に浮かぶのは、不屈でも覚悟でもなく、ただ純粋な受容。


「これを注入するということは、君はもう人間ではなくなる。……覚悟は出来てるね?」

「もちろんだ」


 白神は、何のためらいもなく頷いた。


「一気に行くとさすがに危ないからね」


 そう言いながら、粟国は手際よく点滴の準備に入る。

 消毒液を染み込ませた綿を手に取り、白神の腕を露出させる。

 血管の浮き上がりを確かめるように指でなぞり、針を挿す位置を慎重に決める。

 銀色の針が音もなく刺さり、特殊な液体が滴となって落ち始める――


 静寂の中に、滴る音だけが響いた。


 時間は、まるで呼吸を潜めたかのように沈黙する。

 部屋には、重くゆるやかな変化だけが漂っていた。

 命の器が、別のものへと塗り替えられていく。


 数時間後、点滴を外す。


 そこにいたのは、白神の姿をした別の何かだった。

 髪はところどころが白く変色し、鋭く光る眼差しには、かつての理性とは異なる何かが潜んでいる。

 右の瞳は鮮やかな赤に染まり、触れた者の心を焼き付けるような熱を帯びていた。

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