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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第二章 新しい世界

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第44話 嵯峨野と白神②

「さっき白神とすれ違ったんですけど、研究所に何か用事でもあったんですか?」


 麺をずるずるとすすっている粟国に、嵯峨野が問いかける。


「ん? ああ、彼にはちょくちょく研究を手伝ってもらってるんだよ。最近は凶が入れ食い状態だろ? 生け捕りを頼んだり、実験で暴れないように立ち会ってもらったりね」

「……なるほど。維持局を辞めて、社会不適合のお手本のようなあいつがどうやって食ってるのか気になってたんですが……あなたが支えてたんですね」

「ふふっ、助けてもらってるのはむしろ私の方さ」


 眼鏡の奥、穏やかな瞳でそう言う粟国。まるで大したことでもないように、さらりと。


「さて、そろそろ行こうか。ちょうど食べ終わったところだしね」


 無言で頷いた嵯峨野は、静かに立ち上がると、研究室へと歩を進めた。


 ◆◆◆


 それは、二年前の九月のことだった。


 湿った夜気が肌にまとわりつく、蒸し暑い残暑の夜。

 嵯峨野と白神は、制圧任務の報告書を手早く片付けたあと、新宿の外れまで足を向けていた。

 二郎系のこってりしたラーメンで腹を満たしながらも、気は緩まない。食後、そのまま自然と路地裏を歩いていた。


 裏通り。抜け道。暗がりの交差点。

 勤務が終わっても、くぐりが現れそうな場所を無意識に選んで歩く──それはもう癖というより、染みついた性分に近かった。


 二人とも身長は190センチ近い。並んで歩けば、どうしても目立つ。

 人混みを避けるのは、それも理由のひとつにあるのかもしれない。


 すると。


「ん……何か、嫌な気配がしねぇか?」


 白神が足を止め、周囲に視線を巡らせる。


「ああ。最初は凶かと思ったが……何か違うな」


 嵯峨野が低く応じる。

 その目はすでに、周囲の空気の揺らぎを探りはじめていた。


 言葉は少なくても、それで足りる。

 勘と経験が、互いの意図を補ってくれる。


 二人は静かに歩みを進めた。

 街灯の少ない小道を抜け、ビルの隙間を縫うように。


 そして──


「……この上だな」


 嵯峨野が足を止め、古びたビルを見上げた。

 そこには、外壁の塗装がところどころ剥がれた、年季の入った雑居ビルが建っていた。

 使われている気配はない。月明かりに照らされ、くすんだコンクリートがぼんやりと浮かび上がる。


 正面玄関は板で封鎖されていたが、裏手にまわると、鉄の階段がむき出しのまま残されていた。


 二人は無言で足を進める。


 コツ、コツ、と靴の音が鉄に響く。

 その乾いた音が、夜の静けさに際立っていた。


 階を上がるごとに、肌の下を這うような、おぞましい気配が強まっていく。


 屋上の扉の前で、嵯峨野が立ち止まる。

 その背中から、いつになく緊張が伝わってきた。


 ギィ……と、鈍い音を立てて扉が開く。


 屋上に夜風が流れ込む。


 月明かりが差し込む先──

 そこにいたのは、手すりにもたれ、街を見下ろしているひとつの背中だった。


 銀の髪が、風にそよいでわずかに揺れている。

 淡く光を返すそれは、夜の光景の中でひときわ目を引いた。


 黒の半袖シャツに細身のパンツという、ごくありふれた格好。

 だがその姿には、どこか人との距離を感じさせるものがあった。

 人の形をしている。けれど、纏う空気は明らかに異質。


 まるで──世界に紛れてはいけないものが、そこに紛れ込んでいるかのようだった。


「……言葉通じるか? 何者だ、お前?」


 白神の問いに、それはゆっくりと振り返った。


 月光に照らされたその顔は、年齢も性別も曖昧に見える。

 輪郭はどこか中性的で、深い森のような緑の瞳が夜を切り裂くように光っていた。

 その口元には、かすかに笑みが浮かんでいる。


「何者? そう聞かれると困るな。強いて言えば、向こう側から来た者……そんなところか」

「向こう側、ってことは……くぐりか?」

「凶?」


 小首を傾げて返す声は、まるでその言葉に馴染みがないかのようだった。


「異界から来た化物のことだよ。こっちの生命体を喰って、エネルギーに変えてる連中。俺たち人間に姿形だけは多少似てるのもいるがな」

「ああ──残りかすのことか」


 くつくつと、それは喉の奥で笑った。


「失敬だな。あんな出来損ないと一緒にされては困る」

「……だったら、お前は何なんだよ」


 白神の声に、言い知れぬ警戒が滲む。

 嵯峨野もまた、じわりと額に汗をにじませていた。


「終焉から生まれた、終末の四使徒。そのひとつ――『深淵』。こちらの世界では、そうだな……夜刀とでも呼んでくれればいい。私は刀というものが気に入ったし、今は夜だからね」


 空気がわずかに震えた。


「……おい、嵯峨野。こいつ、凶度3の枠には収まらねぇよな? こんなの聞いたことねぇぞ」

「……ああ。上に凶度4の新設を進言する必要がありそうだ。——もっとも」


 そう言うと、嵯峨野は静かに足を引いた。


「ここから、生きて帰れたらだが」


 構えの型に入ると、周囲の空気が変わる。


「ん? 私と戦うつもりか? 酷いな、何もしてないのに」

「お前はこれから確実にヤバいことをやらかす」

「何故そう思う?」

「俺の勘が言ってる。こういう勘は外したことが無い」


 嵯峨野が白神に視線を送る。


「良かったな……。ここを乗り越えれば、お前の言う上に行けそうだぞ」


 その言葉が耳に入ったのか、入らなかったのか。

 白神の口元が歪み、目に狂気がにじむ。


氷結制御アブソリュート・ゼロ!」


 腕を振りかざすと同時に、爆発的な冷気が迸った。

 空気中の水分が一瞬で奪われ、周りが凍気に包まれていく。

 コンクリートが軋む音とともに、夜刀に向かって床が白く染まり始める。


 白神の全身が冷気の核となる。

 氷柱が伸び、氷刃がうねり、夜刀へ一直線に突き刺さる──はずだった。


 だがその直前、すべてが掻き消えた。


「……は?」


 目を血走らせた白神が、呆然と動きを止める。


「無駄だよ」


 夜刀は変わらぬ姿勢で、ただ静かにそこに立っていた。


 そのまま嵯峨野の方へ、ゆっくりと歩を進める。

 ポケットに手を突っ込んだまま、何も警戒することも無く。まるで散歩でもしているかのような足取り。


 嵯峨野の瞳に集中力が増す。


空間断裂ヴォイド・カッター!」


 目に見えぬ刃が走り、空間そのものが裂けた。

 無音の断層が一直線に夜刀へ向かって伸びていく。


 夜刀の腰を境に、その上半身と下半身が、ゆっくりとずれていく。


 だが夜刀は、笑っていた。

 体が分断されたにもかかわらず、声ひとつ上げず、ただ楽しげな笑みを浮かべたまま。

 ずれた体のまま、もう一歩、嵯峨野へと近づく。


「ふむ。私に攻撃を当てる者は存在するのか。──安心したよ。この世界でも暇つぶしは出来そうだ」


 嵯峨野は即座に、もう一度空間を切り裂いた。

 今度は縦。


 空間が凪の水面のように静かに割れ、夜刀の体を上下左右に断ち斬る。


 びちゃ。


 濡れた音とともに、夜刀の断面から黒い液体が飛び散った。

 その一部が嵯峨野の肩口から首元にかかる。

 液体は肌に吸い込まれるように染み込み、体内へと入り込んでいく。

 嵯峨野は咄嗟に自分の体を確認するが、異常はない。


 そして──

 切り裂かれたはずの夜刀の体は、何事もなかったかのように元通りになっていた。


 その輪郭から、濃密な瘴気がじわじわと解き放たれていく。


「な……なんだ、こいつは……」


 あまりの禍々しさに、嵯峨野の身体が反応を止める。

 足が動かない。全身が硬直する。


穿界槍撃デバイド・インパルス


 夜刀が、嵯峨野を指さして呟いた。


 瞬間、空間の一点が突き破られ、槍のような漆黒の物質が突き出された。

 それと同時に音も光もないまま、嵯峨野の右足を正確に貫く。


 血しぶきが舞った。


「ぐあああっ……!!」


 声が遅れて上がり、嵯峨野は崩れるように膝をつく。


 夜刀は、次に白神の方へと向かっていく──が、途中で足を止めた。


「なんだ? 何でお前は笑ってる? 何がおかしい?」

「……笑ってる? 俺が?」


 白神は、自分が笑っていたことに気づいていなかった。


 ただ、今の光景──

 嵯峨野の空間断裂ヴォイド・カッターをものともせず、構えもなく放たれた槍が、現れると同時に標的を貫いたその瞬間に。


 魂が震えた。


 その力に、ただ単純に感動していた。

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