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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第二章 新しい世界

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第43話 嵯峨野と白神①

 6月12日。


 空は鈍色に沈み、湿った風が肌にまとわりつく。

 梅雨の気配が街をゆるやかに包む中、嵯峨野は国家戦略研究所へと足を運んでいた。


 無機質なコンクリートの塊が目の前に迫るそのとき。

 一人の男が、対面からまっすぐに歩いてくる。

 その歩みは飄々と、しかし周囲の空気ごと切り裂くかのよう。

 猛獣めいた圧と、底知れぬ静けさをまとったその男。


 白神左近――見間違えるはずがない。


 国家戦略高専時代の同期。

 かつて、くぐり討伐の最前線で肩を並べた男。


 白神は一歩ずつ、歩みを緩めることなく距離を詰めてくる。

 口元に浮かぶのは、不敵な笑み。


「よう、久しぶりだな」


 先に声をかけたのは白神だった。


「……久しぶりだな。どうだ、人間を辞めてからの調子は?」

「絶好調だよ。何も怖くなくなった。例えそれが、お前でもな」


 湿った風の中に、白神の言葉が静かに響く。


「研究所に何の用だ?」


 嵯峨野は一見ぼんやりとした目つきだったが、その瞳は油断なく白神を捉えていた。


「ちょっとした野暮用さ。おっさんと内緒話だよ。で、お前は……定期検査か?」

「……ああ、そうだ」

「ふっ、大変だな。頑張ってせいぜい長生きしてくれよ」


 白神はくるりと背を向け、手をひらひらと振って去っていく。

 嵯峨野はしばしその背中を見送り、再び足を進める。

 暫くすると、その背中が、灰色の建物にゆっくりと溶けていった。


 ◆◆◆


 研究所の休憩室。

 冷たい光を落とすLEDと無機質な白い壁が静けさを際立たせていた。

 その一角にある自販機で嵯峨野はコーラを買いに来た。

 黒に近い藍色の髪をかき上げながら、缶を取り出す。


 何気なく視線を横にやると、目的の人物がいた。

 粟国あぐに玄道。白髪まじりの髪を整え、白衣の下に仕立ての良いスーツを着こなした中年の男が、設置されたテレビの前でカップラーメンをすすっていた。


『今回の件は悪質異能師の仕業と思われますが、今までとは異質の被害となっております。こちらが防犯カメラに残された映像です』


 画面が切り替わる。

 野球帽をかぶった若者が駐車場に停められた車を素手で殴りつけ、次々とスクラップに変えていく。


『生身の人間にはこのようなことは出来ません。溢れるエネルギーを抑えることが出来ていないようです』


 コメンテーターの男が神妙な顔で言葉を重ねる。


『車だけでなく、近隣の住居の壁や道路にも甚大な損壊が及んでいます』

『人に対する危害がまだ報告されていないのが幸いですね』

『はい、しかしいつその牙が向けられるか分かりません。近隣の方々はくれぐれも注意を——』


 画面は不安を煽るように揺れながら、再び若者の暴走映像を繰り返し流していた。

 粟国はラーメンの湯気越しにそれを無言で見つめ、嵯峨野は缶を片手に立ち尽くす。


「何だ……今のは? 下手したら特級じゃないですか?」


 嵯峨野が低く問いかける。


「そうだね。……でもさすがにユリアノスの力には遠いかな。上級と特級の間といったところだよ」


 粟国は眼鏡の奥で目を細め、箸を止めずに返す。


「え? そんなことありえるんですか? 野良の異能者は中級止まりのはずでは?」

「ふふ……世界が変わってしまったのかもね」


 そう言って小さく笑う粟国。

 カップに顔を近づけ、スープを啜る姿はいつも通りの穏やかさ。


「……いつものあんたなら血眼になってでも探しそうな人材だと思いますが」

「ん? そうかな? 私も感覚が麻痺してきたのかな」


 粟国は笑って答えると、再びテレビに目を向けた。

 驚くべき映像にも眉ひとつ動かさないその背中に、嵯峨野は何とも言えない違和感を覚えた。


 ◆◆◆


 二年前——。


「入局後の初任務までお前と一緒になるとはな」

「今回は凶度3が複数いる可能性が高い。下手に別の人と組ませるよりは慣れたコンビで、ということだろう」

「……にしても、新人に任せる案件じゃねぇだろ。先輩方は高みの見物ってか?」

「まぁ、スーパールーキーという触れ込みだからな。期待値が高いんだろ」


 がたん、ごとん。


 総武線の車内、揺れに合わせて身体を軽く揺らしながら、二人の男はこれから命懸けの任務が控えているようには見えない、リラックスした立ち姿で手すりに掴まっていた。


 どちらも背が高く、すらりとした体つき。

 立っているだけで自然と目を引く。

 混んでいない車内では、彼らの姿だけが周囲から浮き上がって見えた。


 市川駅に着くと、二人は会話を切り上げ、無言のまま改札を抜けた。

 やがて分かれ道に差しかかる。


「じゃあ、俺は南側を行く」

「ああ。何かあったら連絡よこせよ、絶対に」


 言葉は少ないが、やり取りには無駄がない。

 探すのは、一般人には察知できない瘴気の痕跡。日常の隙間に潜む異常。

 街は静かで、人通りもまばらだった。


 ──数時間後。


「……ここだな」


 駅から外れた裏通り。

 壁が崩れかけた古びた雑居ビルの前で、嵯峨野が足を止める。


 二体いそうだ。


 自分ひとりでも余裕で対処できる。

 だが、勝手に動けば白神がぶつぶつ文句を言ってくるだろう。


 仕方ないとばかりに、スマホを取り出す。


「見つけた」


 それだけ告げて通話を切ると、しばらくして白神が現れた。

 ビルの様子をざっと見渡しながら、軽くため息をつく。


「なんだ、たった二体かよ。極級様が出るまでもないな。俺に任せてくれ」


 肩をすくめるように言う白神に、嵯峨野も呆れたように返す。


「お前と組むと、いつもお前が片付ける羽目になるな。たまには俺に譲ってくれてもいいんだぜ?」

「実戦は、何にも代えがたい経験だからな。お前がこれ以上強くなっても意味がない。俺が強くなることに意味がある」


 そんなことを言いながら、白神は入口の錆びた扉を乱暴に押し開ける。

 蝶番の軋む音が、静かな路地に響いた。


「じゃ、行ってくるわ」


 数分後。


 ビルの窓から二体の凶が落下した。

 全身が凍りついたまま地面に叩きつけられ、砕け散る。

 砕けた破片は黒い染みになり、アスファルトにじわりと滲んでいった。


「……お前、また暴走させたのか?」


 雑居ビルから出てきた白神の様子は明らかにおかしかった。

 目は血走り、息遣いも荒い。


「そこまでしなくても、対処はできたはずだ」

「まぁな。でも、こうした方が手っ取り早いだろ?」


 何でもないような口調とは裏腹に、白神の声には抑えきれない昂りが滲んでいた。


「……普通の奴は暴走なんて意図的にできるもんじゃねぇ。精神的にも肉体的にも、ダメージが相当残るはずだ」


 問い詰めるような口調の中に、白神の身を案ずる響きもある。


「暴走するたびに、自分の限界がちょっとずつ広がっていく気がするんだよ。もっと上を目指すにはこれが一番手っ取り早い」


 その笑みは、普段の白神とは明らかに違って見えた。

 冷たく、どこか狂気をはらんでいる。


「……上を目指すのもいいが、やりすぎるなよ。」


 ——力への執着が、お前の心を少しずつ蝕んでる。

 その様子を見てるだけで、胸のどこかが鈍く痛む気がする。


 白神の横顔を見ながら、嵯峨野は胸の奥でそんなことを思っていた。

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