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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第二章 新しい世界

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第42話 安定暴走体

 白衣を纏った男が、誰も立ち入ることのない隠し扉の奥──研究棟の地下に偽装された、秘密の実験室の闇の中で小さく頷いた。

 粟国玄道あぐにげんどう──国家戦略研究所の主任研究員。

 その肩書きの裏で、彼は公式記録に残されることのない実験群を静かに積み重ねていた。

 柔らかな物腰と理知的な微笑み。その奥底には、常人の理を超えた執念が静かに燃えている。


「……いい子だ。もうすぐ、君は向こう側へ行ける」


 分厚いガラスで封じられたカプセルの中。

 まだ十代と思しき少年が、荒い息を吐きながら全身を痙攣させていた。

 注入された『くぐりの残滓』が、体内のシグマコードを暴力的に活性化させ、細胞の構造を狂わせていく。

 メタ粒子濃度は限界を超え、血管は浮き上がり、肌が内側から赤黒く染まり始める。


 粟国はこれまで、白神の手を借りて潜在異能者を次々と攫い、異能を無理やり覚醒させる実験を幾度となく繰り返してきた。

 大半の被験者は拒絶反応に耐えきれず自壊に至るが、それすらも粟国にとっては意味を持っていた。

 暴走によって生じる莫大なエネルギーは、特殊な工程で液体化され、安定保存が可能なのだ。

 すなわち、覚醒に失敗したとしても、エネルギーを回収できる限り、実験としては十分な価値がある。

 彼にとっての真の『無駄』とは、進化の可能性そのものを試さないことだった。


 その身体に起きているのは、進化か、破壊か。


 ──常であれば、ここで終わる。

 理性は焼き切れ、肉体は暴走の炎に呑まれて崩壊する。


 その瞬間を粟国はじっと見つめていた。


「進化とは、常に犠牲の上に成り立つ。拒絶反応は『選別』だ。淘汰とは、選ばれるべき存在を明らかにする過程なのだよ」


 カプセル全体が震える。

 少年の口から、抑えきれない悲鳴が漏れた。声にならない咆哮が響いてくる。

 両手を強張らせ、背を仰け反らせながら、肉体が限界を超えていく。


 ──だが。


 痙攣が、止まった。

 呼吸が安定し、硬直していた指先が緩み、ついには静かに目を開ける。


 その瞳には、もはや恐怖も苦痛もなかった。

 ただ──獣のように研ぎ澄まされた光だけが、底深く輝いていた。


「おお……成功、だ」


 粟国の手が震える。

 興奮でも、恐怖でもない。それは、歓喜だった。

 自らの手で『進化の扉』をこじ開けた者だけが知る、純粋で静かな歓喜。


 特級以上の異能という才能は、選ばれし存在──ユリアノスのみに与えられる祝福などではない。

 強靭な意志と技術があれば、力は『作る』ことができる。それを証明したのだ。


 安定暴走体スタビライズド──自身の許容量を超えた異能が肉体と融合し、暴走の果てに『安定』へと至った存在。

 理性を保ち、暴を制御する者。既存の異能師とはベクトルの違う、進化の結晶。


 粟国はゆっくりと振り返る。

 無数のカプセルが並ぶ薄闇の中、次なる被験者たちが静かに眠っている。


「もっとだ……世界を塗り替える。真なる進化は、この程度では終わらない」


 その呟きは、まるで祈りのようであり、呪いのようでもあった。

 だが確かに、それは『世界の理』そのものに挑む者の声だった。


 粟国が制御槽を見つめていたとき、背後にもうひとつの視線があった。

 先ほどから気づいていた。


 この部屋には、誰も入れないはず。

 入口は物理的に封鎖してある。粟国自身の認証を通さなければ開かない構造だ。


 ――それでも白神は、いつの間にかそこに立っていた。

 が、今に始まったことでもない。


 白神左近。

 かつては国家安全維持局に所属していた特級異能師。

 彼の中には、夜刀やとうという異形から抽出された因子が流れている。

 適応の条件は不明。どこかで破綻することは目に見えていた。

 だが白神は、力に対する狂気とも言うべき執着でそれを捻じ伏せた。

 理屈でも理論でもない。常人には理解しがたい執念が、未解明の因子を受け入れさせたのだ。

 粟国はそれを知っている。それが再現性のない例外であることも。


 今日の被験体は違う。

 手順を踏んだ。数値を調整し、反応を予測し、計画の中で変化を起こした。

 こちらは積み上げの成果であり、再現可能なプロセスだった。


「階級の壁を超える──それは、理論だけでは到達できないと思ってたけど。あんたの執念は凄まじいな」


 白神の視線は、カプセルの少年ではなく、その隣に設置されたモニター群へと向けられていた。

 被験体の脈拍、シグマコードの活性化率、メタ粒子濃度、異能反応強度──無数のデータがリアルタイムで表示され、まるで呼吸するかのように数値が変動していく。

 彼が見ているのは『現象』ではない。『原理の発露』そのものだった。


「で、拉致はまだ続けるの?」


 粟国がちらりと振り返った。


「……ああ、頼むよ」


 ◆◆◆


「続いてのニュースです。この三ヶ月間、全国各地で『潜在異能者の行方不明』が相次いでいたことが、国家安全維持局の記者会見により本日、初めて明らかになりました。行方不明となっているのは、いずれも『潜在異能者登録制度』に任意で参加していた人物で、その多くは未成年です。共通点が多いことから、当局は『組織的な誘拐』の可能性もあるとみて、捜査を進めています」


 街頭で取材に応じた保護者の一人は、涙を堪えきれず、絞り出すように訴える。


「……なんでうちの子が……なんで、国は守ってくれないの……!」


「政府は現在、維持局との連携を強化しており、『異能そのもの』を標的とした計画的な犯行の可能性も否定できないとしています。被害者はこの三ヶ月で二十名を超えており、特に地方での発生件数が急増しています。各地で不安と混乱が広がりつつあります」

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