第41話 市街戦②
屋根の上から祇園の声が通話チャンネル越しに響いた。
「おーい、またおるで! 二軒先の裏庭、黒いのがうねうね動いとる!」
現場では、凶度2の個体を次々と討伐しながら、制圧範囲をじわじわと広げている最中だった。
その中で祇園が視認した異形は、露出した骨のような突起と、異様にねじれた四肢を備えており、明らかに凶度3特有の外見をしていた。
「さっき久遠寺が潰したやつと、同じタイプやと思うで。背中、めっちゃ尖ってた」
「凶度3か……手が空いてるのは宇都宮、紀。お前ら行けるか? 一乗谷は後方支援、必要に応じてカバーに回ってくれ」
小値賀の指示に、三人が同時に動き出す。
向かったのは、入り組んだ住宅の裏手。狭く、視界も悪い場所だった。
瓦礫の奥、影の中から現れたのは、まさしく祇園の言う通りの異形。
人型をわずかに残しつつ、複数の目と長く伸びた背骨のような突起が蠢いている。
「……視界、遮るよ。三秒待って」
宇都宮が前に出て、手を組んだ。
「視界封絶!」
霧のような靄が瞬時に凶の目を包み、その動きを鈍らせる。
直後、紀が地面に手をつき、力を込める。
「破砕震動!」
足元の大地が唸り、亀裂が走った。
だが――
「……かわされた!?」
靄をものともせず、凶が跳ねるように突進してきた。
目が見えていないはずなのに、まるで正確に相手の位置を感知しているかのような動きだった。
「くそっ……!」
凶の爪が、一直線に宇都宮を狙って振り下ろされる。
紀が援護に動こうとするが、距離が遠く、間に合わない。
「下がれ!」
風を裂くような声とともに、横から飛び込んできた影。
一乗谷だった。
「満力解放!」
だが、まだ蓄積が足りなかった。
受けた衝撃はごくわずかで、拳から放たれたエネルギーも凶をわずかに弾いただけ。
致命打には到底届かない。すぐに反撃が来る。
「っ……!」
凶の鉤爪が肩を裂く。それでも一乗谷は怯まず、真正面から受け止める。
「まだだ……!」
次の一撃をそのまま腹に受け、歯を食いしばって耐える。
受けた衝撃が、確かに体内に溜まっていく――その時を、待つ。
そして凶が何度目かの突進に入った瞬間。
「……満力解放!!」
今度の拳は違った。
風を巻き込み、音を裂き、雷鳴のような衝撃が一直線に凶へと叩き込まれる。
異形の体が宙を舞い、背後のブロック塀ごと粉砕され、瓦礫と肉片が四方に飛び散った。
「……終了だ」
肩で息をしながら、一乗谷が告げる。
その姿を見て、宇都宮も紀も、一瞬言葉を失っていた。
「一乗谷先輩……ありがとうございます」
「……助かりました……!」
屋根の上の祇園が、思わず苦笑交じりに呟いた。
「後方支援って、そういう意味やったんかい……」
◆◆◆
「おーい、多分これが最後や! 裏の廃倉庫、瓦礫の奥!」
祇園の声が通話チャンネルに飛び込んできた。
屋根の上から見下ろす祇園の目には、影の中から姿を現す異形の輪郭がはっきりと映っていた。
「骨、飛び出とる。背中の突起、さっきの凶度3と同じや。……間違いないで」
「了解。私が行くわ」
御影はひとり歩き出す。
瓦礫を踏み越え、廃倉庫の前に立った瞬間、凶が唸り声を上げて飛び出してきた。
人の形を模した異形の肉体、伸びた背骨、濁った複眼がこちらを捉える。
御影は、ほんの一瞬だけ足を止め、静かに手を掲げた。
「重力制御」
その声とともに、またも空気が一変する。
凶の動きが止まった。
空間そのものが押し潰されたかのように歪み、凶の体が地面へと引きずられていく。
ドォンッ!
轟音とともに、倉庫の天井が崩れ落ち、壁が内側にめり込む。
地面は深く抉れ、凶の肉体は瓦礫とともに押し潰され、跡形もなく沈み込んだ。
空気が止まる。衝撃が消える。
「討伐、完了です」
――その様子を少し離れた場所から見ていた一乗谷は、拳をほどき、静かに息を吐いた。
判断の速さ、精度、そして力。
受けて、溜めて、放つ自分の力とはまるでベクトルの違う戦い方。
だが、間違いなく本物だった。
(こいつは――もう、俺の先を歩いてるかもしれん)
その思いは、焦りでも劣等感でもなく、ただ静かに胸の底に染み込んでいった。
「凶度3、全個体討伐だな。……任務完了とする」
小値賀の声に、現場の空気が一気に緩んだ。
誰かがその場に座り込み、誰かが深く息を吐いた。
宇都宮と紀は顔を見合わせ、小さく笑う。
御影はただ一歩、風の吹く方へ向き直る。
「……ふぅ。オレ、ちょっと泣きそうなんやけど」
祇園が鼻をすする真似をして、誰かがくすっと笑った。
「泣くなよ、ボーナス減らされるぞ」
その軽口に、重たかった空気が少しだけ和らいでいく。
初めての集団戦。
誰も欠けることなく、生き残った――それだけで、十分だった。
「よし、撤収だ。怪我人は申告しろ。報告書と診断書は、明日までにな」
ぶっきらぼうな小値賀の声が、今だけは少しだけ柔らかく聞こえた。
空はすでに茜色に染まりかけていた。
出発したのは朝だったはずなのに、いつの間にか太陽は傾き、長い影が足元に伸びている。
戦いの余韻と静けさの中で、時間の経過だけが妙に現実味を帯びていた。
静かに風が吹き抜ける。
その中で、彼らを乗せたスクールバスが再び動き出す。
任務は、完了した。
確かに、彼らの手で。
そこには自信が残っていた。
出雲崎がいなくても、自分たちで乗り越えられるという、確かな自信が。




