第39話 極級の新入生
4月8日。
第11回・国家戦略高等専門学校入学式。
今年も桜が風に舞い、新たに迎える28名の新入生たちは、緊張を顔ににじませながら、体育館へと歩を進めていた。
一乗谷龍生は、その光景を今年も校舎2階の窓から眺めている。
去年と同じ場所、同じ角度。けれど、隣にいた人物はいない。
長身で黒髪、切れ長の瞳。そして、口が悪くて気の強い——糸月小夜。
彼女は、自ら学校に退学の意思を伝えたという。
一乗谷はLINEを何度か送ってみたが、返事はない。既読すらつかない。
それでも、彼は思う。「生きてりゃ、それでいい。……また、どこかできっと会えるはずだ」と。
小さく息を吐きながら、ぽつりと独り言。
「やれやれ、今年も極級がいるのか。俺も心が折れそうだぜ」
軽く伸びをして、窓辺を離れる。
そして今年も祝辞を述べるため、静かに体育館へと向かっていった。
◆◆◆
護国真道の中学生活は、ある意味では平凡だった。
勉強はそこそこ、成績も平均よりちょっと上程度。
だが、運動だけは誰にも負けなかった。
空手部では常に主力、礼節と根性、勝負の厳しさをそこで叩き込まれた。
負けず嫌いで自信家。
熱くなりすぎて、しばしば周囲とぶつかることもあった。
それでも真道は全力で走っていた。何に向かっているかも分からず、ただ、真っ直ぐに。
そんな中3の夏――「国家戦略高専」の推薦状が届いた。
よく分からないまま受験したが、その内容はただの身体検査のようなもの。正直、拍子抜けだった。
だが、数値を見た看護師が息を呑んだ、その表情だけは忘れられない。
そして、真道は知る。
昨年末から日本を震撼させている凶。
それを討つのが国家安全維持局と国家戦略高専の異能師たちだと。
その中でもごく一部、ほんの数名しか認定されていない極級という存在がいることを。
「君のポテンシャルは、そのレベルだ」と告げられた。
氷室、諏訪……テレビでよく見る維持局の人たち。
その誰よりも上かもしれない――そう聞かされて、胸が熱くなった。
オレがやるしかねえだろ。
オレが、全部倒してやる。国ごと救ってやる。
自分にどんな異能が眠っているのかは、まだ分からない。
けれど、オレは戦うってもう決めた。
それだけは、はっきりしてる。
今日、真道はその覚悟を胸に、入学式の列に並んでいた。
◆◆◆
5月14日。
今日から新一年生も実地訓練に参加する。
今年は、僕たちの中からもチューターとして何人かが選ばれた。
僕と久遠寺さん、そして……祇園君も。
「ええか、出雲崎。こういうのは最初が肝心やからな。舐められたらアカン。ビシッとせいよ。ワシが見本見せたるからちゃんと見とくんやで」
そう言って、祇園君はふんぞり返ったままグラウンドへと歩いていく。鼻息が荒い。
そして――
「おう、月原って奴おるか? ワシが面倒見たる!」
胸を張って声を上げた祇園君に、ずしっ……ずしっ……と地響きのような足音。
現れたのは、筋肉の塊のような新入生だった。
腕は太もも並みに太く、Tシャツはパツパツ。背は祇園君より頭ひとつデカい。
「うす、月原っス。宜しくっス!」
その笑顔は爽やかだが、目が完全に格闘家のそれだった。
「お、おう、宜しく……」
祇園君の口角が引きつる。
「な、何でも聞いてや……ワシで、分かることなら……答えたるから……な……?」
明らかに声が小さい。
さっきまでのふんぞり返りはどこへやら、今は横に立ったまま、月原君の影にすっぽり収まり、なぜか姿勢が良くなっている。
「で、でかいな……成長期かな……」
誰にともなくつぶやきながら、半歩だけ後ずさる祇園君だった。
……うん、参考にするのはやめておこう。
それより、僕が担当するのは――護国君だったよな。
僕と同じく極級らしいけど、いい人だといいな。そう願いながら、その名を呼ぶ。
すると。
現れたのは――
短く整えた黒髪に、太く凛々しい眉。真っ直ぐな眼差しは鋭い。
日に焼けた肌に引き締まった体。
姿勢が良く、立っているだけで伝わってくる。やる気、気合い、そして自信。
まさに、熱血という言葉をそのまま形にしたような男子だった。
「あ、どうも。出雲崎です。よろしく」
「よろしくお願いしますッ!」
……声がデカい。めちゃくちゃ威勢がいい。
「護国君は、どんな能力が発現したの?」
「オレは……世界の理を一時的に上書きできるらしいっス。自分でもよく分かってないっスけど」
「上書き? ……なんか、ヤバそうだね」
「先輩も極級って聞きました。どんな能力なんすか?」
「僕のは、物を過熱したり燃やしたり……暴走すると、爆発させたりとか」
「へぇ~、そうなんすね。あ、ちなみにオレ、一つだけ譲れないことあるんすけど」
「え? 何?」
「オレより弱い奴の言うこと、聞く気ないんで」
うわ……めんどくさそうな子に当たっちゃったかも。
「まず、先輩の力――見せてもらっていいっすか?」
笑ってるけど、目が笑ってない。
「うん。じゃあ……場所、移動しようか」
「うっす」
僕は校舎裏の、特別訓練場へと向かう。
ここは、特級以上にしか使用が許可されていない、いわば本気を出せる場所だ。
「ここは特級以上専用の訓練場なんだ」
「へぇ~、そうなんすね」
護国君は周囲を見回しながら、金属板や試験装置を物珍しそうに見ている。
「ここなら危なくないからね」
僕はジャージの上を脱ぎ、壁際の鋼鉄製の支柱に手を添えた。
「限界だと思ったらすぐに言ってね」
「……は?」
「核熱爆散」
瞬間。
鉄柱が赤く染まり、空気がビリビリと震え始める。
鉄がうねり、軋み、灼熱の波動が訓練場全体に押し寄せてくる。
陽炎が揺れ、灼けた金属の匂いが一気に広がった。
床が軋む。
壁が白く輝き、まるで建物そのものが光を放ち始めたかのように感じられる。
音もなく、ただ「熱」だけが空間を支配していた。
「ちょ……ちょっ……す、すませ……限界……っ……!」
護国君が声にならない声を絞り出すのを聞いて、僕はすぐに能力を解除した。
熱気がスッと引いていく。
その場にいた護国君は膝をつき、全身から汗を滴らせ、肩で息をしている。
そして——
「せ、先輩……名前、教えてもらっていいっすか……?」
「ん? 出雲崎だけど」
護国君は荒い呼吸のまま、顔を上げると目をキラキラさせて叫んだ。
「出雲崎先輩ッ――!」
その顔は、まるで少年漫画の主人公が運命の師匠を見つけたかのようだった。
「すげーっス!!! オレ、先輩に一生ついていくっス!!!」
……うん。面倒くささの方向が変わっただけな気がする。




