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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第二章 新しい世界

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第37話 任務開始

 3月1日。


 業務委託の異能師たちが現場に投入されるのと時を同じくして、僕たち高専の生徒の任務も開始された。

 悪質異能者の取り締まり――通称「放課後パトロール」。

 一年から四年までは関東近郊の担当だが、卒業を控えた五年生たちは全国各地へと派遣されていった。


 活動の合間に街で時間を潰せるよう、多少のお小遣いも支給されている。

 祇園君は新宿のゲーセンへ。東雲君は池袋に消えていった。

 さて、僕は……。


 行き先が決まらず、駅前をぶらぶらと歩き回っていた。

 吐く息が白く揺れて、指先も少し冷たくなる。

 視線をふと上げたそのとき、見覚えのある後ろ姿が目に入った。


「あれ、久遠寺さん?」


 声をかけると、振り向いたのはやっぱり久遠寺さんだった。

 いつもより少し大人びたロングコート姿に、思わず見とれてしまう。


「あ、透真君、どこ行くか決めた?」

「いや、どうしようかなと思って。久遠寺さんは?」

「私はとりあえず仙崎さんを撒くのに必死で――じゃなくて、私もまだ決めてない」


 仙崎さん……。


「どうする? どっか一緒に行く?」


 僕が何気なく提案すると、久遠寺さんはぱっと笑顔になって、嬉しそうに頷いた。


「うん、行く。祇園君たちはどこ行ったの?」

「新宿とか池袋。たぶん、ただ遊びたいだけだと思う……」

「ま、仕方ないよ。女子も原宿とか表参道に向かった子、結構いたし」


 久遠寺さんは肩をすくめて、少しだけ困ったように笑った。


「じゃ、僕たちは都心とは逆方向にしようか。そっちの方が手薄だろうし」

「そうだね、そうしよう。人が多いと落ち着かないし」


 少しずつ日が傾き始め、コートの裾を風がふわりと揺らした。

 通りを吹き抜ける冬の風が、すり抜けていく。


「でも、どうやって時間潰そうか。やっぱり遊ぶとこが無いと暇を持て余すかも」

「喫茶店とかだったら普通にあるから、大丈夫だよ」


 人が少ないとこだと悪質異能者もいなさそうだけど——ま、いいか。


 そう思ったのだが。


 ◆◆◆


 何となく降りただけの駅で、僕たちは改札を抜けて街に出た。

 外はすっかり夕方の色に染まり、人通りもまばらになっていた。

 街灯がぽつりぽつりと灯り始め、空気が少しずつ夜に傾き始めている。


「さて、どっち行こうか」


 僕がそう言いかけたとき、久遠寺さんが立ち止まった。


「……ねえ、あれ。監視カメラ、白く曇ってない?」


 見上げると、駅の出入り口に設置されたカメラのレンズがぼんやりと白く濁っていた。

 雨も降ってないし、霧も出ていない。なのに、なぜか周囲の空気だけが妙に湿っぽく、じっとりと肌にまとわりついてくる。


「結露……? 何だろうね?」


 そう言った矢先、背後から低く、不気味な声が届いた。


「カメラが使えない場所ってのは、いろいろと都合がいいんだよな」


 振り返ると、そこには二人組の男。

 軽薄な笑みを浮かべ、肩をそろえてこちらに歩いてくる。

 その雰囲気だけで分かる。絡まれたくない面倒くさそうな輩。


「おねーさん、こんな田舎に何しに来たの? 遊ぶとこなんて全然ないよ?」

「でも車出せば、色々楽しいとこあるから連れてってあげようか?」


 ニヤニヤと間合いを詰めながら、視線は露骨に久遠寺さんの顔とスタイルを舐め回していた。


「うわ、やっべ……マジで超可愛いじゃん! え? アイドル?」

「スタイルいいしモデルっしょ? てか有名人??」


 僕を無視するように、二人の興味は完全に彼女に向かっていた。


「そんなモブ男ほっといて、遊び行こーぜ! マジで楽しませてあげるって!」


 だが、久遠寺さんは一切動じない。

 目を細め、冷えた声で問いかける。


「さっき、『カメラが使えない場所って都合がいい』って言ってましたよね。どういう意味ですか?」


 サングラスの男が肩をすくめて、笑いながら答えた。


「あー、最近話題じゃん? 異能者増えてるとか。それで俺もさ、目覚めちゃったってわけよ。で、俺の能力はね、温度と湿度をちょちょっといじれるわけ。だから、ほら。カメラ曇らせたり、霧を出したり」

「それで今まで何をしてきたんですか?」


 久遠寺さんの声は淡々としている。


「そんなの、聞かなくても分かるだろ? 言うこと聞かないやつボコるとか、君みたいな子を――無理やりってやつ? バレないからさ」


 男の口元が歪む。その笑みの奥に、はっきりと悪意が滲んでいた。


「透真君、これ……逮捕案件だよね?」

「う、うん、間違いなく……」


 僕が答えるより早く、久遠寺さんが深くため息をつき


「まだ喫茶店にも入ってないのに。お茶するはずだったのに……これからだったのに」


 ぼそっと呟いたあと、雰囲気が一変する。

 久遠寺さんの指先がわずかに動き、空間全体が軋むような音を立てた。


「許さない。——重力制御グラヴィティ・ウェル


 バン、と空気がひしゃげるような衝撃音が響いた。

 次の瞬間、空から見えない圧力が降り注ぎ、空間そのものが沈んだように感じられた。


「……ぐっ……う、動け……っ!」


 チャラ男の身体とアスファルトが微かに軋む。

 まるで地球そのものが意志を持って男を圧し潰しているかのようだった。


 慌てて駆け寄ったもう一人の男も、同じように地面にめり込んでいき、呻き声を漏らした。


「な、何だよこれ……重……い、ぐぅ……」


 久遠寺さん? 

 大丈夫だよね? 手加減してるよね?


 僕はそこで思い出し、すぐにスマホを耳に当てて学校へ連絡する。

 数秒後、耳元から小値賀先生の声が聞こえてきた。


「よし、よくやった! さすが久遠寺だな! ガハハハハ!!」


 どこか楽しそうで、そしてちょっとだけ嬉しそうな声だった。



 後日、聞いたところによると、5件の犯罪を自供したこの二人の肋骨は何本か折れていたらしい。

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