第35話 候補生たち
二月一日。
全国で実施された選抜試験。試験官の目をくぐり抜けた約三百名が、寒風吹きすさぶ国家戦略高専のグラウンドに集められていた。
年齢も性別もバラバラ。
凶から人々を守りたいという使命感に燃える者もいれば、報酬目当ての現実派もいる。
彼らはこれから一カ月間、異能の制御を突貫で叩き込まれる予定だ。
簡易的に組まれた台の上に、一人の男が姿を現す。
浅黒い肌、白髪混じりの髪、鋭い視線。無言の威圧が風を切る。
「皆さん、おはようございます。国家安全維持局局長の濱中です」
低く響く声が、グラウンドに静かに落ちる。
「今回、選抜試験に挑んだ数多くの中から、君たちは見事に合格した。それは君たちが持つ異能が本物だと証明されたことを意味する」
厳格な表情のまま、濱中はゆっくりと視線を巡らせる。
「だが、その力は正しく使わねば、周囲を巻き込むただの厄介な爆弾だ。日本は今、未曽有の危機に瀕している。その力で国を救ってくれることを、心から期待している」
そう言うと、ゆっくり台を降りる。
代わりにひらりと舞うように台に上がったのは、全く印象の違う若い女性だった。
艶やかな巻き髪、ド派手なピアス、そして、軽やかな動き。
その身のこなし一つで、彼女が只者ではないことが分かる。
「え~、皆さん、初めましてっ。制圧第一部隊隊長の諏訪璃音です。今日から君たちの上司になるので、よろしくね~!」
声は明るく軽やか。だが、その目は笑っていなかった。
「本来ならじっくり時間をかけて訓練するところを、君たちは一カ月である程度まで叩き込まれます。出来なきゃクビ。ごめん、センスない人は無理だから」
挑発的な笑みのまま、諏訪は続ける。
「でも、ちゃんと出来れば――外資のコンサル以上の給料は保証するから、頑張って」
ざわり、と空気が揺れた。
「あとね、君たちの先生をしてくれるのは、国家戦略高専の五年生たち。本当なら卒業前にのんびりしてるはずだったのに、可哀想でしょ? だから、ちゃんと言うこと聞いてあげて。じゃ、よろしくっ!」
◆◆◆
「今の女の人、可愛かったな~」
「彼女になら、厳しく指導されたとしてもご褒美なんだけどな~」
グラウンドに残された異能師候補生たちは、緊張感が解けたのか軽口を叩き始めていた。
その雰囲気のまま、しばらくして数名の学生たちがジャージ姿で現れる。
「ん? こいつらが俺らの指導係?」
「まあ、分かっちゃいたけど、こんなガキどもにあれこれ言われるのは、ちょっとな……」
がやがやした声は一向に収まらない。
だが、その中で一人の少女――久遠寺瑠璃が前に出て、拡声器を手ににこやかに挨拶を始める。
「みなさーん、ちょっと静かにしてもらえますか~? 今日から一カ月間、うちらが皆さんの教官となりまーす♪ よろしくお願いしまーす♪」
ギャルっぽい見た目と、やる気のなさそうな口調。
その力の抜けた登場に、場の空気はますます緩む。
「おう、ねーちゃんも可愛いな~。逆に俺らが色々教えてやるよ! 大人の世界ってやつをな! ガハハハ!」
「彼氏いるの? いないなら俺、立候補しちゃおうかな~?」
見るからにガラの悪い候補生たちが、面白がってヤジを飛ばす。
だが――
「ごめ~ん♪ うち、強い男にしか興味なくって~♪ 君たちみたいな雑魚はお話にならないかな~♪」
一瞬で、空気が凍りつく。
「……は?」
「あ? なんだとてめぇ」
「調子乗ってっと攫うぞ、こら……!」
ギラついた目で威嚇を始めるヤンキーたち。
だが瑠璃は、まったく意に介さない笑顔のままだ。
「せめて、これくらい出来るようになってからうちを口説いてくれるかな~♪ ね、宙矢~? 見せたげて~♪」
隣でぼーっとしていた男が突然の指名に困惑する。
「……え? なんで俺?」
「いいからいいから♪ 本気でお願いね♪ こういうのは最初が肝心だからさ~♪」
宵宮宙矢は肩をすくめ、一つ深く息を吐くと、前に出て右手を掲げた。
そして、ひとこと。
「雷撃制御」
その瞬間、空気が一変する。
バチッ……! バチバチバチバチッ!!!
光が弾け、空が裂けるような音が轟く。
続いて――
ドォォォォォンッッッッッ!!!
空から轟く閃光が炸裂する。
青白い稲妻が地面を抉り、巨大な衝撃波が周囲を巻き込む。
爆音に鼓膜が揺れ、候補生たちは反射的に顔を覆った。
視界が真っ白になり、直後には、地面に大きく焼け焦げた痕と、煙がもくもくと立ちのぼる。
「な……な、何だ今の……」
「足が……勝手に……う、動かねぇ……」
「バケモンかよ……っ……!」
先ほどまでイキっていたヤンキー風の候補生たちは、顔面蒼白のまま腰を抜かし、情けなく地面にへたりこんでいた。
歯の根が合わず、全身がガタガタと震えている。
そして――瑠璃はにっこり微笑む。
「じゃ、始めよっか♪」
もはや誰もが軽口を叩く余裕などなくなり、そこにいた全員が無言で、こくりと静かに頷いた。
そこらへんの凶などとは比較にならないエリート異能師の恐ろしさを思い知ったのであった。




