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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第一章 異能は目覚め、物語は始まる

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第28話 裏能祭③

 12月20日。


 第七回裏能祭、開催。


 もとは国家戦略高専の内部行事――訓練の成果を互いに披露し合う、控えめな発表会にすぎなかった。

 だが今では卒業生も加わり、現役生の前で能力を披露する「模範の舞台」へと進化している。

 三年前からは序列という名の遊び心が加わり、能力を競う祭典として定着した。

 参加資格は「特級」以上。ほんのひと握りの異能師しか立つことを許されない。報酬も賞金もない。あるのは名誉だけ。

 文化祭も体育祭も存在しない高専生にとっては、観る側として心躍る年に一度の一大イベント。

 推しの異能師を応援する空気は、まるでアイドルのライブのように熱を帯びている。


 ◆◆◆


 ――会場は都内近郊、立ち入り禁止区域の奥に佇む巨大建造物。

 外観は無機質なコンクリート造りで、官公庁の研究施設と見紛うが、人の気配はまるでない。敷地は高いフェンスと警告表示で囲まれ、近づく者には理由もなく圧迫感がのしかかる。


 内部は広大な吹き抜け構造となっており、異能による影響を安全に収める特殊な空間処理が施されている。

 約300の観客席が、中央に設けられた能力披露の舞台を取り囲む。

 その椅子に座ることを許されるのは、高専・維持局の関係者、内閣閣僚、そして特別な招待客のみ。


 観客席のざわめきが、静かに、しかし確実に広がっていく。

 ざっ、と足音が響いたその瞬間、会場の視線が一斉に中央へと集まった。


 舞台へと軽やかに現れたのは、一人の男性。

 スーツの襟元を整えながら、マイク片手に余裕の笑み。

 どこか慣れた足取りと、少し芝居がかった所作が、場の空気を一気に引き締める。


「え〜、皆さん――! 本日はお忙しい中、ようこそお越しくださいました!」


 響き渡る声に応えるように、ざわめきがすっと引き、会場全体が何かが始まる気配に染まっていく。


「さあ、年に一度のお楽しみ、第七回・裏能祭の幕が、いよいよ上がります。ここに立つのは、異能師の頂を極めた者たち――選ばれし『特級』以上の猛者のみ! 名誉と誇り、そしてほんのちょっぴりの見栄をかけた、熱き披露の祭典!」


 再び、観客席はざわめき始める。


「今年はどんな異能が飛び出すのか、どんな成長が待っているのか――最後まで、目を逸らさずにご覧あれ!」


 司会の声が響いた瞬間、空気が一段階締まった気がした。

 いよいよ始まる――そんな期待と緊張が、会場全体に伝染していく。


「まずはトップバッター、いきなり序列4位の登場です! 制圧第二部隊隊長、氷室慶真!!」


 派手な入場音楽が流れ、照明が舞台の中央を照らす。


 そこに現れたのは、見覚えのある男の人だった。


 氷室慶真(よしまさ)

 連続失踪事件のとき、高専に来て僕たちに協力を仰いだ、あの人。

 相変わらずの丸刈り頭に、眠たそうな目つき。無表情で、どこを見てるのかよく分からない。


「氷室さぁぁぁん!!!」

「きゃーっ! 氷室様〜〜〜〜!!」

「最高っ! 今日も尊いっ!!」


 女子生徒たちの歓声があちこちから飛び、前の席は完全にライブ会場と化していた。

 氷室さんは面倒くさそうに手をひらひら振ってるけど……やっぱり全然やる気はなさそうだ。


 ……それでも、序列4位ってことは一乗谷先輩より上ってことか。


 歓声がしばらく続いたあと、不思議なくらいの静けさが戻る。

 まるで会場全体が、氷室さんの一挙手一投足を見逃すまいと息をひそめているみたいに。

 氷室さんは観客席を一瞥したあと、ゆっくりと正面を向いた。

 舞台の先、数十メートル先には、山のように積まれた瓦礫。鉄骨、ブロック、コンクリ片――それらが雑多に積み上げられている。


 氷室さんは両手をポケットに突っ込んだまま、ほんのわずかに顎を上げて、ぼそりと呟いた。


「――念力制御テレキネシス


 空気が変わった。

 音も風もないのに、全身が一気に圧されるような感覚。

 見えない何かが、会場全体に一斉に広がっていく。舞台の床がうっすらと軋む音が聞こえた気がした。


 そして。


 ドンッッ――!


 轟音と共に、瓦礫の山が弾け飛んだ。

 まるで巨大な爆発に吹き飛ばされたかのように、鉄骨が宙を舞い、ブロックが砕けて空中で散っていく。


 鳥肌が立った。

 声を上げるのも忘れて、僕はただ見つめていた。


 爆発のように吹き飛ばされた瓦礫が、ゆっくりと、しかし確実に重力に引かれて落ちていく。

 鉄骨がきりきりと回転しながら空を裂き、砕けたブロックがカラカラと音を立てて舞い落ちる。

 まるで映像をスロー再生しているみたいだった。時間が一瞬だけ、引き延ばされたような錯覚。


 そして、その静寂を破るように――


「出ましたッ!! これぞ氷室慶真、序列4位の異能!!」


 舞台袖から響いたのは、さっきの司会者のテンション高めな声だった。


「派手さはゼロ! やる気もゼロ! でも実力は、文句なしにトップクラス! これが第二制圧部隊隊長の実力……皆さん、目撃しましたよね? 念力だけで、あの瓦礫をッ! 一撃・粉砕!!」


 一瞬の静寂のあと、拍手と歓声が一気に爆発する。


「キャーーーッ!! 氷室さーん!!」

「かっこよすぎる!! 何あれ! 震えた!!」

「無表情なのに強いとか反則!!」

「推せるッ!!!」


 女子生徒たちの黄色い歓声が再び飛び交い、客席の一角が揺れるほどの熱気に包まれる。

 氷室さんは相変わらず無表情で、眠たそうな目のまま、軽く手を振りながらステージを後にした。


 氷室さんが去ったあと、すぐにスタッフたちが舞台へ上がり、飛び散った瓦礫の残骸を手際よく片付けていく。

 一つひとつが異能による破壊の痕跡。それを無表情で運ぶスタッフの動きすら、どこか訓練された静けさを感じさせた。


 その後も、数人の異能師たちが次々と舞台に現れ、それぞれの力を披露していった。一人ひとりの異能披露に拍手が起こり、そしてまた静寂へ――その繰り返しの中、空気が突然ガラッと変わった。


「さあ、お待たせしました! 次に登場するのは――序列第2位! 第一制圧部隊隊長にして、実質、最強との呼び声も高い異能師です! だって……ねえ、1位はあれですから、あれはもう『別枠』ってことで! 現実世界で最強! 磁場の女王――諏訪璃音すわ りのん!!」


 どよめきが起こる。

 それは熱気というよりも、待ちに待った推しの登場を前にしたファンの確信のようなもの。


 高らかに響く音楽と共に、舞台に現れたのは、一際華やかな女性だった。


 艶やかな巻き髪が揺れ、派手めなピアスが照明を反射してきらめく。

 鋭さを含んだ笑みを浮かべたまま、軽やかな足取りで舞台の中央へと進む姿は、まるでショーの主役のようだった。

 余裕すら感じさせる身のこなし――立っているだけで視線をさらっていく、そんな存在感。


「璃音ちゃああああああん!!!」

「結婚してくれええええええ!!!」

「磁場に引き寄せられたい!!!」

「ワシの鉄分、全部持ってってくれぇぇぇ!!」


 男性ファンたちの野太い声援が飛び交い、女子とはまた違った盛り上がり方で会場が揺れる。祇園君までその中にいた。


 諏訪さんはくるりと一度だけターンしてから、ピタリと足を止めた。

 そして、口元に笑みを浮かべたまま、能力を発動する。


「――磁界制圧マグドミナンス


 空気がびりっと震えた。

 目に見えない力が舞台全体を包み込む。

 観客席の一部がざわついたのは、椅子の金属が微かに振動したからかもしれない。


 彼女の周囲――半径10メートル位の範囲内に置かれた鉄骨やパイプ、鋼材が、一斉に音を立てて浮かび上がる。

 重力に逆らって、まるで意志を持った蛇のように宙を舞い、彼女を中心に回転し始めた。


 次の瞬間、それらが凄まじい速度で互いに激突し、ねじれ、絡まり、歪んだ。

 鉄骨が折れ、パイプがひしゃげ、厚い鋼板すらも曲線を描いて崩れていく。

 舞台の床下の構造材にまで干渉が及び、ステージが軋む音がした。


 磁力による暴風――その中心で、諏訪さんは微動だにしない。

 ピアスが揺れ、巻き髪が風に舞い上がる中、その表情は終始、挑発的な笑みを湛えたままだった。


 凄い。

 氷室さんもだけど、これが隊長の実力か。

 ……申し訳ないけど一乗谷先輩の能力は見劣りしてしまうなぁ。

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