第23話 連続失踪事件②
11月5日。
連続失踪事件の警護任務が始まって、二週間。
未だに行方不明者の発見には至らず、その元凶の正体すら掴めていない。
僕たち高専の生徒は今日もまた、二人一組で潜在異能師の警護につく。
後方からつかず離れず、密かに守る。そんな任務だ。
「さすがにこれだけ警戒されてりゃ、犯人も動けないだろ。凶にそんな知能があるかは怪しいけどな」
「そうですね……僕が対峙した凶度3は、多少言葉を話すくらいの知能でしたし」
今日の相棒は、糸月先輩。
高円寺の駅前は細い路地に店が密集していて、活気こそあるけど、尾行には向かない。
ターゲットとの距離感を保つのが難しいのだ。
「でも、なんかさ、嫌な感じがすんのよ」
「瘴気……ですか?」
「うーん、そんな気がする。ま、あたし実戦経験なんてほとんどないし、ただの勘かも。てかさ——」
バシンッ、と先輩が僕の肩を叩く。
「お前、凶度3を2体も倒してんだろ? その辺の勘、あたしより頼れるんじゃねーの?」
「い、いや、全然分からないです。すみません……」
「はっ! 『極級の僕には警戒など不要』ってか? くぅ〜、一度は言ってみてぇ、そんなセリフ」
「……僕、何も言ってませんが」
軽口を交わしながら歩いていると、糸月先輩がふと立ち止まる。
目の前には昔ながらの総菜屋さん。
揚げ物の香ばしい匂いが、鼻をくすぐってきた。
「なあ、お前も腹減ってんだろ? あたしはコロッケにするけどさ、お前は何にする? おごってやるよ」
「え? いや、まだ任務中ですし……て、あ!!」
「ん? どうした?」
「——見失っちゃいました」
「……」
僕たちは顔を見合わせて、すぐさま駆け出す。
だけど人混みに遮られて、思うようには進まない。
「ちっ、少しくらい自分が狙われてるって自覚、持っとけよな……」
「無理ですよ。知らされてないですし。てか、知ったらパニックになりますよ」
「そりゃそうか」
雑踏をかき分け、駅前に戻ってきたその時。
「これは……さすがに勘違いじゃねぇよな?」
「……はい。いますね、近くに」
体にまとわりつくような、重く、湿った空気。
じわじわと足元から這い上がってくるような違和感。
これが——おそらく、瘴気なのだろう。
僕にもそれが、はっきりと感じ取れていた。
僕たちの間に緊張感が走る。
糸月先輩も、先ほどまでのふざけた表情はすっかり消え、真剣そのものになっていた。
僕たちはゆっくりと、慎重に瘴気の濃い方へと歩を進めていく。
ガード下の飲食店街を少し外れた、薄暗く湿った空間。
さっきまでの喧騒が嘘のように消え、まるでこの一帯だけ、時間が止まったかのような静けさが広がっていた。
両脇には使いかけの建材が散らばり、空調の唸りすら聞こえない。
湿った空気がじっとりと肌を撫で、照明の切れかけた蛍光灯が、青白く瞬いている。
コンクリートの床がしっとりと濡れていて、靴の裏に重たい感触が残る。
そのまま奥へ進んでいくと——
灰色の粘土のような質感。
いびつな手足に、ねじれた関節。
節くれだった指は五本以上あり、動くたびにぱきぱきと音を立てていた。
全体は人の形を模しているようでいて、明らかにズレている。
目にあたる場所には黒い穴が空いており、その奥で何かが渦巻いているようにも見える。
凶だ。
「おめーか? 連続失踪事件の犯人は?」
糸月先輩はまったく怯む様子もなく、異形に問いかける。
「れんゾくしッソう。どウイういミダ」
口はない。だが、声は聞こえる。
脳の内側をざわざわと擦るような、ノイズ混じりの声だった。
「あー、こんなアホとは会話するだけ無駄か。おい、出雲崎、チャチャッと片付けて」
「え? 僕がですか?」
「おう。こんなの触ったら汚れそうだし。臭そうだし。キモいし」
ひどい言いようだった。
糸月先輩は巻き込まれないようにする為か、後ろへ下がる。
「おマエ、ウマそウダな? クッてもいイ?」
凶がじり、じりと間合いを詰めてくる。
僕は静かに、足元のコンクリートへ手を伸ばす。
「核熱爆散」
——異能発動。
コンクリートが一気に乾き、白く変色し始める。
細かなヒビが蜘蛛の巣のように走り、熱が集中する。
パキン、と乾いた音。
続いて——バンッ! 地面が内側から爆ぜた。
砕けた破片が凶の下肢を撃ち抜く。
一瞬、動きが止まる。
第二波。
地下の水分が蒸発し、熱膨張を起こす。
熱衝撃で床が隆起し、凶の体を下から突き上げた。
ボゥッと音を立て、凶の半身が赤く焼ける。
皮膚とも肉ともつかない粘土質の表面がひしゃげ、変形していく。
凶が何か叫ぶ。
口はないのに、音が空気を震わせた。
轟音。
コンクリートが爆ぜ、地面に焼けた穴が空いた。
そこに、凶が引きずり込まれるように沈む。
蒸気。灰。灼熱。
凶の体は崩れ、融け、やがてただの黒い残滓となった。
◆◆◆
その薄暗く湿った空間の、空きテナントの一室。
男は壁の隙間から様子を伺っていた。
長身で筋肉質。無骨なシルエット。
青白い蛍光灯の下、右の瞳がうっすらと赤く輝く。
微かに、笑っていた。
(まさかこいつが釣れるとはな。今日はツイてる)
足元には、厚手のパーカーを着込んだ30歳位の男が転がっている。
生きているのかどうか、確認する素振りもない。
(それにしても凄まじいな。さすがは『純正』の極級ってところか)
男の視線が動く。
出雲崎の隣に立っていた、女子生徒——糸月を見やる。
彼女は口元に苦笑を浮かべていた。
呆れたような、そんな表情。
だが、男は見逃さなかった。
その笑みがやがて消え、口元をギュッと結び、
悔しさを噛み殺すように視線を逸らす瞬間を。
「ほう……お嬢ちゃん。羨ましくて、悔しいのか? ……その気持ちは、よーく分かるよ。てことは、お前はひょっとしたら――あの頃の俺かもな」




