第22話 連続失踪事件①
10月21日。
帰りのHRが終わった、そのすぐ後だった。
「上級以上の奴ら、ちょっと放課後に体育館集合な。維持局が来てる」
小値賀先生の一言に、教室が一瞬ざわつく。
「……ええ? まさか出動要請ちゃうやろな……」
祇園君が、見るからに嫌そうな声を漏らす。
「ガハハハ! 小遣い稼ぎのチャンスかもしれんぞ! 良かったな、祇園!」
「めっちゃ嫌やわ……。ワシなんか何の役にも立たへんちゅうねん」
ぶつぶつ言う祇園君を引き連れて、僕たちは体育館へ向かう。
中にはざっと四十人弱。
僕たち一年生は六人だけで、あとは上級生たちが床に適当に座っていた。
やがて、スーツ姿に丸刈りというちょっと怖い感じの若い男が壇上に現れる。
ざわついていた空気が、静まっていった。
「あー、どうも。放課後まで残ってもらってすまないね。国家安全維持局の氷室だ。とりあえず君たちの先輩になる」
眠たげな目つきのまま、氷室さんは淡々と話し始める。
「で、今日は、君たち上級以上の異能師たちに、ひとつお願いがあって来た」
その言葉に、祇園君がすかさずボソリと呟く。
「……ワシ、まだ見習いやけどな」
「それ言い出したら、ほとんどみんなそうだよ……」
氷室さんは、僕たち全体を見渡すと、言葉を続ける。
「まだ公表されていないんだけど、八月以降、連続で行方不明事件が起きてる。判明してるだけで七名。実際にはもっといるかもしれない」
一瞬で空気が凍る。
思ったよりも、ずっと深刻な話だった。
「で、今回のお願いは凶の討伐じゃない。狙われる可能性のある人たちの警護だ。……対象者が多くてね。我々だけでは人手が足りないんだ。君たちには、遠くから監視して、何かあれば即時連絡を入れて欲しい。こっちで対処するので」
続いて、任務の詳細説明が始まる。
基本は放課後から19時まで。授業には支障なし。
休日は朝と夜の二交代制。ペアで行動。期間は未定。
任務分は、卒業時のボーナスに加算されるとのことだ。
「良かったね、祇園君にもついにプール金ができるよ」
「どーせ雀の涙やろ……。ほんで休みまで潰されるとか最悪やん。ワシは遊びたいねん」
祇園君の愚痴は、その後もずっと続いた。
◆◆◆
宇都宮宗政。
一年生。上級異能師(見習い)。
国家戦略高専の入試のあの日。
まるで異世界から舞い降りたような、現実離れした美貌の少女がそこにいた。
その姿を見た瞬間、脳天に電撃が走る。
名前を知ったのは、入学してから。
——久遠寺御影。
整った顔立ちの宇都宮は、中学時代に告白された経験もあり、自分をそこそこモテる方だと思っていた。
女子と話すのも苦手ではない。
だが、御影の前に立つと——
頭が真っ白になり、謎の言語を発してしまう。
そんな日は決まって、布団に顔を埋めて雄叫びする羽目になる。羞恥と反省が交互に押し寄せる地獄タイムだ。
しかし、今日はまさかの僥倖。
潜在異能師の警護任務。
——御影とのペア行動。
昨日まで夢にも思わなかった展開。
もはやこれは任務ではない。実質デートである。
(今日こそ……まともに会話してみせる……!)
伊達眼鏡をくいっと持ち上げ、クールを装う。
「久遠寺さん。今日はよろしく」
心臓は爆発寸前。だが宇都宮はキメ顔でそう言った。
「ええ、よろしく。ターゲットは吉祥寺方面ね。早速行きましょう」
御影はさっさと歩き出す。
宇都宮の人生を賭けた決意など知る由もない。
「あ、待って! 危ないから、僕が前に立つよ!」
慌てて追いつき、追い越す。
実際は、上級の宇都宮より特級の御影の方が遥かに強い。
格闘術も然り。瑠璃の妹の名は伊達ではなく、異能なしでも学年最強クラスを誇っている。
……が、そんなことは関係ないのだ。
彼は「頼れる男として」リードしたいのである。アピールしたいのである。
そして——ふたりは電車へ乗り込む。
「あ、あそこ座れるよ!」
宇都宮は即座に席を奪取する。
奇跡的に一人分の空席を発見したのだ。
「久遠寺さん! ここ、どうぞ!」
前に立ちはだかり、席を死守。
御影はゆっくりと近づき……しかし、座らない。
「遠慮しないで。レディーファーストだから!」
「……ありがとう。でも、大丈夫。宇都宮君も座らないなら、場所を移りましょ? そこに立ってると、座りたい人が座れないわ」
「そ、そうだね……」
しょんぼりと退く宇都宮。
窓の外では、夕陽がゆっくりと沈みかけている。
その光を、御影はじっと見つめていた。
ただ立っているだけで、気品がにじみ出る。
宇都宮はまともに横顔すら見られず、そっと目を逸らす。
そして空気をごまかすように、話題を投下する。
「そ、それにしても、連続失踪事件が起きてるなんてね。びっくりだよ」
「ええ、私も。でも……電車の中で口にするのは控えた方がいいわ。まだ公にはなっていない話だし」
「あ、そうか……ごめん」
気まずい沈黙が落ちる。
御影は気にしていないが、宇都宮はパニックモードに突入した。
なんとか盛り上げようと、またもや余計なひと言が口をつく。
「祇園は不破で、出雲崎は紀。ペア組みも男女でうまくバランス取れてるよね!」
「……そうね」
御影の眉がピクリと動いた。
「出雲崎と紀は、案外いいコンビかも。さっきも並んで話してたし、なんか仲良くやってる感じだったよ」
「……仲良く?」
「この任務が終わる頃には、カップルになってたりしてね!」
「……カップル?」
その瞬間、御影から何かが走った。
小さく、しかし確かに鋭く。
——殺気?
……だが、宇都宮は気付かない。
「宇都宮君。今は任務中よ? もう少し、緊張感を持った方がいいわ」
「そ、そうだよね……ごめん、初めてだから、ちょっと浮かれちゃってて……」
すでに遅かった。
宇都宮の不用意な一言は、御影の脳内にある光景を生み出してしまった。
——透真と紀芹香が仲睦まじく並ぶ姿。
頭に浮かんだ光景を振り払おうと、御影は窓の外に目をやる。
沈みかけた夕陽が、空を赤く染めていた。
何もあるわけがないと分かっていても、胸の奥のざわつきは、そう簡単には消えてくれなかった。
世界の理が変わるまで──あと60日。




