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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第一章 異能は目覚め、物語は始まる

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第21話 内閣府国家安全維持局

「すみません、遅くなりました!」


 糸月が息を切らして入ってきたのは、高専に隣接する研究所の一室。

 あまり見慣れない装置が所狭しと並び、床にも配線が這っている。


「ああ、気にしないで。私も色々片付けてたところだから、ちょうど良かったよ」


 柔らかな声でそう応じたのは主任研究員の粟国あぐに

 細いフレームの眼鏡越しに、穏やかな笑みを浮かべていた。


「では、さっそく始めようか」


 机の上には薄型のセンサーパッチが並べられている。

 糸月は慣れた手つきで、こめかみ、肩、手首に次々と貼りつけていく。

 パッチには微量のメタ粒子が仕込まれており、装着と同時に反応を始めていた。

 身体の変化を拾い、発動時のデータを記録するのが目的だ。


「特級の協力者は貴重だからね。本当に助かるよ」

「……あたしが役に立てるのなんて、データ提供くらいっすから」


 苦笑まじりの言葉に、粟国の手がふと止まる。


「……おや、どうしたんだい? 随分と自虐的じゃないか。君らしくない」

「今日、初めて極級の力を体感したんすけど……超えられない壁ってやつを思い知りました」


 吹っ切れたような表情だった。

 それが悔しさから来るものなのか、粟国には読みきれない。


「出雲崎君か。そろそろ力を制御できるようになってきたみたいだね」

「はい。ずっと一番を目指して頑張ってきたけど……努力だけじゃどうしようもないものもあるんすね」


 ぽつりとこぼれたその言葉に、粟国は少し目を伏せた。


「……何年か前にも、君みたいな学生がいたよ。極級の壁にぶつかって、挫折しかけた特級の子がね」

「挫折しかけた……え? 結局、吹っ切れたとか?」


 糸月は背筋を正すようにして尋ねる。


「白神君というんだけど、当時は吹っ切れたのかな? 我々からしたら特級というだけで凄いのに、嵯峨野君が同期だったからね。どうしても上を見てしまうんだろうね」

「白神……? 特級以上の人は全員把握してるつもりっすけど、聞いたことないっすね」

「もう維持局は辞めてしまったからね」


 粟国はそう言って、軽く息を吐いた。


「で、その人、辞めてどうしてるんすか?」

「極級に到達して、ふらふらしてるよ」

「は……?」


 耳を疑ったように、糸月の目が見開かれる。


「いやいや、階級の壁って、生まれつき決まってるもので、努力で超えられるもんじゃないでしょ!?」

「まあ、普通はね。だから乗り越えるには、普通じゃない方法を取るしかない」

「え? 本当に……本当に超えられるんすか?」

「……ちょっと、おしゃべりが過ぎちゃったかな。研究所でも、ごく一部の人間しか知らない話だから、誰にも言わないでね」


 柔らかい口調のまま、粟国の眼差しだけが静かに鋭さを増す。


「い、言わないっす! だから、教えてください! どうやったのか!!」


 勢いのまま前のめりになる糸月を、粟国は静かに見つめた。


「……君には、まだ早いかな。これまで以上に精進を続けなさい。そうすれば、きっと君も辿り着ける」


 ◆◆◆


 内閣府国家安全維持局は、霞が関の内閣府本庁舎内に拠点を構えている。

 所属する職員たちの多くは国家戦略高専の卒業生である。

 省庁の枠組みに収まりきらない特殊任務を担っており、その実態は公には明かされていない。

 世間では「霞が関でも別格の超エリート集団」とされ、将来的には閣僚を輩出する組織になると噂されている。


 その国家安全維持局の会議室にて。


「また一人、潜在異能者の行方不明が出た。丸山貴久、二十九歳」


 口を開いたのは警察庁・刑事局捜査第一課長、小山。

 潜在異能者――それは国家戦略高専が設立される以前に社会へ出てしまった、「無自覚の異能保持者」を指す。

 一般人よりも強い生命エネルギーを持つ彼らは、くぐりにとって格好の標的だった。


「これで、八月から合わせて九名になる。特別捜査体制ならびに厳戒態勢の開始を要請する」


 小山の声音には焦りがにじんでいたが、その要請に返したのは気の抜けたような声だった。


「そうは言っても、こちらの人員にも余裕はないからね。不眠不休で働けとでも?」


 制圧第二部隊隊長、氷室慶真(よしまさ)

 丸刈りの頭を無精にかきながら、気怠げに言い放つ。


くぐりが絡んでいるなら、こちらでは何も出来ない。君たちが我々の何倍も給料をもらってるのはこういう事態に対処する為だろ?」

「……まあ、それを言われちゃうと、返す言葉もないけど」

「とにかく宜しく頼む。被害者の救出と潜在異能者の警備だ。対象は都内に集中している。出張組も、できるだけ戻してほしい」

「でもさ、潜在異能者って実際何人いるわけ? さすがに全員守るのは無理っしょ。優先順位くらい決めてくれないと」

「リストは作成してある。」


 そう言って、小山は分厚い書類束を机に置く。


「……え? こんなにいるの? こりゃ、本気で高専にも手伝ってもらわねぇと……はあ、あんまり子供たちを危険な目には遭わせたくないんだけどな」

「危険を引き受けるのは君たちの役目だろ。学生たちは、安全な所から見張ってもらえればいい」


 当たり前のようにそう言った小山の言葉に、氷室の動きが止まる。

 わずかに視線を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「おい、おっさん。凶を舐めてんじゃねぇぞ」


 その声は低く、鋭い。


「凶に関わる任務に、安全なんて言葉はねえんだよ」


 一瞬で変わる空気。

 先ほどまでの気だるげな態度は消え、氷室の眼差しは獣のように鋭く光っている。


「わ、悪かった……。今のは失言だ。訂正しよう」


 背筋を強張らせたまま、小山が謝罪の言葉を返す。

 その背中を一筋の汗がつたった。氷室の本気が、言葉の温度を一変させていた。


「と、ところで高専と言えば、新たな極級が入学したそうじゃないか」


 小山が気まずさを払拭するように、話題の矛先を変える。


「ああ、嵯峨野が面倒見てた。で、どうなんだ、実際?」


 氷室の視線が向いた先、会議室の隅で静かに座っている男がひとり。

 嵯峨野雪舟。

 冷たい空気を纏い、そこにいるのに影のようだった。


「大分、マシにはなってきたようです。そろそろ実戦に投入しても良い頃合いかと」

「そうか。じゃ、今回はちょうど良かったのかもな。……って、お前ら特務も手伝ってくれるんだろ?」


 嵯峨野が所属する特務部隊は、通常は凶度3以上の案件にしか動かない。

 つまり、本当に危険なときだけ姿を現す局内最終兵器のような存在だ。


「どうなんですかね。局長に聞いてみて下さい」


 さらりと受け流す嵯峨野に、氷室がわずかに眉をひそめる。


「めんどくせえな……。今、緊急の案件とか無いんだろ? お前から伝えといてくれよ。これ、絶対に凶度3以上だから。言われなくても分かってるだろうに」

「……分かりました。言っときますよ」


 ——凶度3以上。


 その言葉に、嵯峨野はほんの一瞬だけ、まぶたを伏せた。

 脳裏をよぎるのは、かつて遭遇した、ただ一度の凶度4案件。

 これまでに確認された発生例は、その一度きりだ。


 そしてあの時——彼をもってしても、為す術がなかった。


 嵯峨野の表情の奥に、かすかな影が差した。

 忘れようとしても消えない痛みが、胸の奥でじんわりと広がっていく。

 そのわずかな変化に、気づいた者は一人もいなかった。

 異能師の特権 ※仮免中は任務に必要な時のみ


 ・政府施設等への立ち入り

 ・提携先ホテルの宿泊料やレストランの食事無料(特級以上だとスイートルームも)

 ・交通機関無料(特級以上だと飛行機のファーストクラスも)

 ・国家指定病院での無償治療

 ・年金・基本報酬(特級以上だと月額100万~、事案解決ごとにボーナスあり)


 法的特権

 ・特級以上は警察・軍・裁判所の管轄を超えて独自の判断で行動可能。

 ・軽犯罪(建造物侵入・軽度の器物損壊など)の免責特権。

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