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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第一章 異能は目覚め、物語は始まる

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第19話 ダラけきった先輩

 10月11日。


 残暑の名残を残しながらも、校舎を吹き抜ける風はどこか乾いていた。

 昼下がりの図書室は静寂に包まれ、生徒の姿はまばらだ。


 何故、僕が図書室に来ているのかというと、文字通り授業についていけなくなってきたからだ。放課後は異能の制御訓練に追われ、夜は疲れて勉強する気も起きない。だから、昼休みを使って少しでも遅れを取り戻そうというわけだ。


 とはいえ、文系脳の僕には異能理論学のような理系分野は難しすぎて、まるで頭に入ってこない。

 後期には筆記試験も控えているらしいし、頑張らないと。


 メタ粒子関連の棚から一冊を手に取り、空いていそうな机を探す。

 奥の方に誰も座っていない席を見つけて近づくと、椅子の下に何かが見えた。

 白いTシャツの袖と、スニーカーのつま先。

 立ち止まってしゃがみ込むと、そこには仰向けに寝転がる男子生徒がいた。


「……電気、眩しいんだよね」

「え、あの……何して……?」

「昼寝……。静かで、人こないから丁度いいんだよ。あと床が意外と冷たくて気持ちいい……」

「でも、汚れませんか?」


 そんな会話の最中、聞き覚えのある声が響いた。


「宙矢いるーー??」


 ドアの方を向くと、瑠璃先輩が立っていた。

 訓練中ではないので、いつものポニーテールではなく、ゆるく巻かれた茶髪がふわりと揺れている。


「いないって言って……」


 足元から小声で懇願される。

 いやいや、そんなこと言ったら逆に怪しまれるのでは……?


 瑠璃先輩はキョロキョロと視線を泳がせながら、僕の方へ近づいてきた。


「いずもっち、宙矢見なかった?」

「えっと……誰ですか?」

宵宮宙矢よいみやちゅうや。知らない? 五年の、寝ぐせボサボサで、やる気なさそうな奴。そこそこ有名な奴だと思うけど」


 つい足元を見てしまう僕。

 その視線につられて、瑠璃先輩も下を覗き込む。


「おい、いるじゃん!!」


 机の下に潜り込み、瑠璃先輩は宙矢先輩の襟首をガシッと掴む。

 容赦なく引きずり出しながら、語気を強める。


「宙矢、先生が呼んでるよ! あんたが来ないとうちまで怒られるんだから!」

「いたたたた! わかったから! ちょ、マジ痛いって!」


 ヨロヨロと立ち上がる宙矢先輩は、瑠璃先輩に引き連れられ、悲しそうに図書室を後にした。


 ◆◆◆


『速報です。本日午前11時半ごろ、東京都内の商業ビルで原因不明のガス中毒とみられる事故が発生しました。現場では突然、大勢の人が激しく咳き込み、次々と倒れていきました。パニック状態となった中、救急隊と国家安全維持局が出動。これまでに11人が搬送されていますが、すでに心肺停止となっている方もいる模様です。なお、現場ではメタ粒子の濃度が異常に高くなっており、黒いガス状の何かを見たという目撃情報も寄せられています。状況は依然として混乱が続いています』



 新宿ノワールスクエア従業員出入り口前。

 黄色い立ち入り禁止テープが無造作に張り巡らされ、ビルを囲むように見物客が群がっている。野次馬たちはスマホを構え、不安げな表情で現場を見つめていた。


「おう、来たか」


 二十代後半くらいの屈強な男が、雑踏をかき分けてやってきたジャージ姿の少年に声をかける。


「……おつかれさまっす……」


 気の抜けた声。口調も覇気がない。


「今回の班長の久保だ。すまんな、うちの特級どもが別件に駆り出されててな」


 久保は片眉をわずかに上げると、手を差し出す。


「一乗谷が暇そうにしてたんすけどね……」

「アイツの能力だと、ビルを壊しかねんからな」

「いや、俺も似たようなもんかと……」


 少年――宵宮は無造作に髪をかきあげると、面倒くさそうに肩をすくめた。

 久保はわずかに苦笑いを浮かべながら、宵宮にガスマスクを手渡す。


「とりあえず、これ着けとけ」


 久保は隊員たちに視線を向けると、短く指示を飛ばす。


「では、作戦を開始する! 菊池と塚野は俺と一緒に上から下へ、福井は宵宮と一緒に下からだ! 被害状況から凶度3は確実だ。気を引き締めていけ!」


 鋭い号令とともに、隊員たちはきびきびとした動きでビルへと踏み込む。宵宮は、その後ろをだるそうにノロノロとついていく。


 ビルの内部は薄暗く、異様な静けさが漂っていた。

 湿った空気に黒い瘴気がじわりと混ざっている。奥から微かに「ジジ……ジジジ……」と、電流の走るような音が響いていた。


 エレベータまで来ると久保ら三人はそれに乗り込み、二手に分かれる。


「よし、俺が索敵するから君はついてきてくれ。聴覚強化を持ってる」


 福井が気合いの入った声で宵宮に呼びかける。


「いや、大丈夫っす……」

「え?」


 宵宮は面倒くさそうに天井を指さした。


「見つけました。この上っすね……」

「本当か!? 何故分かる?」


 思わず声が上ずる。


「何でっすかね……瘴気に敏感なんすよ」

「そ、そうか……じゃあ行こう!」


 前に出ようとする福井だったが、宵宮は軽く首を振った。


「あー、俺一人で大丈夫っす」

「し、しかし――」

「近くに人がいたら巻き添え気にしちゃって、力の加減とか考えるのだるいんで」


 そう言い残し、宵宮は振り返りもせずに階段へ向かう。コンビニにでも向かうかのような歩き方だった。


「お、おい! 凶度3だぞ!? 舐めた真似は――」


 制止の声も聞かず、宵宮は階段を昇っていく。

 その背中はすぐに闇に溶けて見えなくなった。


 取り残された福井は、迷うように足を踏み出しかけるが、思い直してその場に留まる。何かあったときに即座に動けるよう、身構えたまま待機した。


 一分後。


 バチバチバチッ!!


 派手な放電音が炸裂し、ビル全体が一瞬、青白い閃光に包まれた。


 福井の全身に緊張が走る。

 足音が上の階段から近づいてくる。

 額にじわりと汗が滲む。


 階段の影から姿を現したのは――。


「……終わりました。確認お願いします……」


 宵宮はるゆるとマスクを外しながら、面倒くさそうに言った。


「へ?」


 拍子抜けするような、間の抜けた声が福井の口から漏れた。


 ◆◆◆


 僕は夕飯を食べながら、何となくテレビを眺めていた。

 画面ではバラエティ番組が流れていたが、やがてニュース番組へと切り替わる。


『新宿で発生したガス中毒事件で、新たに一名の死亡が確認され――』


 淡々としたアナウンサーの声が、食卓に重く響く。

 画面には事件が起きたビルの様子が映し出されていた。

 立ち入り禁止テープが張られた入り口から、国家安全維持局の異能師と思われる一団が姿を現す。


 カメラが隊員たちをアップで映した瞬間――。


「……あれ? あの人……」


 箸が止まる。

 画面に映っているのは、昼休みに瑠璃先輩に図書室から連れ出されていった先輩だった。

 ジャージ姿で、だるそうに歩いている。

 だけどガスマスクを片手に、ビルから静かに出てくる姿は妙に様になっていた。


「現場に駆り出されてたのかな……? 結構ヤバそうな事件じゃない、これ……」


 屈強な異能師たちの中、先輩だけが異質な存在のように、どこか浮いている。


「……ひょっとして、強いのかな……あの先輩。全然やる気無さそうだったけど」

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