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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第一章 異能は目覚め、物語は始まる

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第18話 二人目の師匠

 9月16日。


 普通の高校と比べて長い夏休みも終わり、国家戦略高専の後期が始まる。

 僕が実家に帰ったのは9月に入ってからだったので、ゆっくりできたのは10日ほど。

 嵯峨野さんから出された課題は、何とか終わらせることができた。


 時々学校にも顔を出してくれた嵯峨野さんは、色々とアドバイスをくれた。

 おかげで異能のコントロールには、それなりに自信が持てるようになった。


 ……もっとも、嵯峨野さん曰く——


「俺は一年の五月が終わる前には、それくらいは出来てたけどな」


 ——だそうだ。


 授業自体は久しぶりだが、祇園君や東雲君とは既に寮で再会している。

 祇園君は別人のように真っ黒に日焼けして帰ってきていた。遊んでいたわけではなく、ずっと屋外でのバイトをしていたそうだ。


 久遠寺さんとは、僕が実家に戻っている間に何度か会った。


「もう少し早く戻ってこれたら花火大会にも行けたのにね」と、少し残念そうだったけれど——


 きっと一緒に行ったところで、久遠寺さんは挨拶回りで忙しくて、僕と並んで花火を眺めることはできなかっただろう。


「はぁぁ……やっと……」


 仙崎さんの、独り言のような声が聞こえた。


「また……お会いできた……御影さまぁ……」


 視線をそっと久遠寺さんに向け、ぶつぶつと呟いている。


「夏休みの間ずっとお慕いしてましたぁ……またその麗しきお姿を拝めるなんて……うぅ……尊い……尊すぎて、もはや罪……ッ!! はぁぁ、もう天使? いや天女? えっ、存在が尊すぎて概念?? こんなにも儚く美しい存在が、この次元に存在していいんですか!?!?!」


 相変わらずの崇拝ぶりに、思わず視線をそらした。


「おし、全員揃ってるか?」


 野太い声が響く。

 顔を上げると、小値賀おぢか先生が教壇に立っていた。

 久しぶりに見るその姿に、教室はふっと引き締まる空気に包まれる。


「いよいよ今日から後期が始まる。前期の授業は軽いお試しみたいなもんだ。試験も無いしな。だが、今日からは違う。」


 冗談ひとつない、張り詰めた口調だった。


「実戦演習も戦闘技術訓練も、上の学年の連中と一緒にやっていくこともある。手加減なんてしてくれないぞ。キャンプで起きたことは、アトラクションでも何でもない。常にそこにある危機だ。命に関わる事態に遭遇することも、これから出てくるだろう。」


 先生の目は鋭く、まっすぐに僕たちを見据えていた。

 一言一言が、胸に突き刺さる。


「本気で気を引き締めていけよ。」


 いつにも増して真剣なその言葉に、教室の空気が変わった。

 夏休みボケのような、どこか気の抜けた空気感がふっと消えていくのを感じた。


「というわけで、今日からの戦闘技術訓練についてだが――」


 ◆◆◆


 校舎の外れにある第三訓練場。

 僕はまたしてもここにいた。

 そして、目の前にはギャルが胡坐をかいて座っている。

 明るめの茶髪をポニーテールにまとめ、ピンク色のジャージ。

 まるで僕の存在なんて眼中にないかのように、スマホ画面とにらめっこしていた。


「……あの」


 僕の声に気づいたのか、ギャルはひょいっと立ち上がる。


「ごめんごめん! で、君がえっと……出雲峠いずもとうげ君だっけ?」

出雲崎いずもざきです」

「そうだ、出雲崎君♪ うちは久遠寺瑠璃。瑠璃先輩って呼んで♪」

「は、はあ……」


 てか、今、久遠寺って言った?

 もしかして――


「あの、ひょっとして、一年の久遠寺御影さんのお姉さんですか?」

「そうだよー♪」


 あっさり肯定。


 え? ちょっと待って。

 僕の戦闘技術訓練の相手って……体術最強の人って聞いてたんだけど?

 僕の困惑を見透かしたように、瑠璃先輩はにっと笑い、軽く拳を構える。


「なーに? うちに君の相手が務まるか信じられない感じ~?」

「い、いや、そういうわけでは……ただ、ちょっと驚いたと言いますか」

「君は極級なんだって? うちは上級だし、異能じゃ確かに相手にならないよね~♪」


 異能とか以前に、なんか……脱力してしまうんですけど。


「じゃ、行くよ~♪」


 いきなり。


 ヒュッ。

 風を切る音だけが耳に残り――その姿が、消えた。

 光の軌跡のような残像が一瞬だけ視界を横切り――


 ピシッ!


 鋭い音が頭上に響く。


「いて」


 デコピン。

 じんわりと痛みが広がってくる。


 ……見えなかった。全く。


「ふふん、掛かってきなさい♪ 本気で攻撃してきてね♪」

「い、行きます!」


 僕は気合いを入れて間合いを詰める。

 距離を一気に詰めて、右ストレート!


 が――空振り。


「おっそーい♪」


 ピシッ!


 左こめかみ。今度は真横から。


「ぐっ……!」


 くそっ……! 次はフェイントだ。わざと右に踏み込んでからの回し蹴り――


「よゆー♪」


 ピシッ!


 頭頂部に炸裂。髪がふわっと舞う。


「っつ……!」


 もう一度突っ込む。今度こそ捉える……!


 だが――

 動いたと思った時にはすでに攻撃を終えて、別の場所で微笑んでいる。

 まるで、空間そのものを跳び越えたような残像のスライドショー。

 視認できる限界速度を、完全に超えていた。


 ピシッ! ピシッ! ピシィィッ!!


「うわっ、あだっ!」


 鼻、耳、顎……あらゆる急所にピンポイントで届く指先の音。


「うちの能力は『電光神経ライトニング・レフレックス』って言ってね。神経伝達速度が向上するんだ♪ 君の動きなどスローモーションにしか見えないのだよ」


 その後も何度か攻撃を試みたけど、結果は同じ。

 かすりもしない。

 デコピンばかりが増えていき、息だけが上がっていく。


「はあ……はあ……っ」


 やっと止まった時には、顔のあちこちがじんじんしていた。


「うん、君の実力はよく分かった♪ 基礎中の基礎から鍛えていこう。まずは体の正しい使い方から覚えていかないとね♪」

「はあ……。でも今までの授業で多少は学んできたはずなんですが……」

小値賀おぢかちゃんが担当でしょ? あんな脳筋ゴリマッチョは、うちらのような華奢なタイプの指導には向いていないのよ~♪」


 ……言われてみるとそんな気もする。


「でも、ある程度の筋肉は必要だからね~♪ とりあえず今日のところは腕立て伏せ50回頑張ってみよう♪」

「え……じゅ、10回くらいしかできない気がするんですけど……」


 しかし、瑠璃先輩はもう聞いてない。

「じゃ、よろしく~♪」とだけ言い残し、ポニーテールをふわっと揺らして、再びスマホに手を伸ばす。


 その指先は器用に画面を滑り、まるでゲームか何かに没頭しているようだ。

 こちらの様子なんて見てもいないのに、ちゃんとさぼってないかは把握してる……気がする。


「さぼったらダメだよ~。ちゃんと見てるからね~♪」


 いや、絶対見てないでしょ……。

 僕はため息をつきながら、床に手をつく。


 ――地獄の始まりだった。


 ◆◆◆


 第三訓練場の外。

 窓から中を覗き込む、二つの影があった。


 一足早く課題をこなし、急いで様子を確認しに来た久遠寺御影。

 姉が透真に余計なことを言ったりしないか、訓練中から気が気でなかった。


 そして、もう一人——。


 黒髪は肩より少し長く、切れ長の瞳が鋭く光る。

 三年生の糸月小夜。


「……糸月先輩、わざわざどうしたんですか?」


 御影がそっと問いかける。


「ん? お前こそどうしたんだ?」


 糸月は視線を外さぬまま、ぼそりと返す。


「わ、私は……姉が透真君に変なことしないか、ちょっと不安で……」


 御影は少し口ごもりながら答えた。

 糸月はふっと小さく笑う。


「お前にとって、瑠璃さんはどんだけ信用無いんだよ……」


 皮肉めいた口調だが、どこか優しげだった。

 糸月は再び訓練場に目を向けると、淡々と告げる。


「あたしはただの観察だ。出雲崎が異能を多少使いこなせるようになってきたと聞いたからな。」


 しかし、つまらなそうに肩をすくめる。


「で、体術はどんなもんかと思ってさ。ま、全然大したことなさそうだ。」


 冷めた口調。

 だが、その瞳はじっと透真を追っていた。


 御影は、ふと尋ねる。


「糸月先輩は、透真君のこと……すごく気にしてますよね?」

「ん……? ああ、安心しろ。そういうんじゃないから。」

「あ、安心って……何ですか? わ、私は別に何も——」


 瞬間。

 耳まで赤くなったことを、御影は自覚する。

 しかし、糸月はそんな様子には気づきもせず、淡々と呟いた。


「勝手にライバル視してるだけだ。あたしは一番になりてぇから。」



 静かに、終わりは始まっている。

 世界の理が変わるまで──あと95日。

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