第13話 山岳キャンプ③
木漏れ日が差し込む登山道を進むと、湿った土と若葉の匂いが鼻をくすぐる。
遠くで鳥がさえずり、風が枝葉を揺らしていた。
時折立ち止まっては、東雲君が『広域視野』を発動する。
視界の範囲を、通常の二〜三倍に拡張できるらしい。
三十分ほど歩き回っているが、模擬生体の姿はまだ見えない。
「ほんまに配備されとるんやろな……。そろそろ飽きてきたで」
「夕方まで訓練が続くんだから、そんなに早く飽きてどうするんだよ」
祇園君のぼやきに、東雲君が肩をすくめて返す。
「でも、俺が見つけないことには始まらないしな」
そう言って、再び『広域視野』であたりを見回す。
空は少しずつ明るさを増し、昼が近づいてきた頃——
「――あ、あれがひょっとして!?」
東雲君が森の奥を指さす。
僕たちは彼の後ろにつき、草木をかき分けて進んでいく。
そこにいたのは、金属製のボディを持つ、子猫ほどの大きさのロボット。
木々の間を器用にすり抜けながら、僕らに向かって突進してきた。
「いたっ!」
祇園君が左足を押さえてうずくまる。
どうやら、もろに体当たりを食らったらしい。
ロボットはそのまま僕にも突っ込んできたが、正面から受け止めて捕まえる。
小さいくせに、意外と力が強い。不意打ちなら確かに厄介だ。
「よっしゃ、よう止めた! そのまま燃やしてまえ!」
祇園君が地面に座ったまま叫ぶ。
僕は深く息を吸い、静かに能力を発動した。
「核熱爆散」
模擬生体の外殻が赤熱し、金属とは思えぬ軋みを上げて歪み始める。
しばらくすると、溶けた外装が銀色の雫となって地面に滴り落ちた。
「うわ……改めて見ると、ほんまにエグいな……お前の能力」
「そんな高熱出してんのに、自分の手は熱くないんだよね?」
「うん、まったく熱くない」
「どうなってんねん、お前の体……」
祇園君と東雲君が驚いた顔をして問いかけてくる。
でも、僕の意識はどこか遠くにあった。
暴走しなかったことに、ただほっとしていた。
◆◆◆
夕方になり、訓練を終えた生徒たちが宿舎前に集まる。
九つの班、それぞれの班長が前に出て、模擬生体の討伐数を報告していった。
僕たちのチームは――四体。
結局、山小屋のような場所は見つからず、祇園君の活躍の場はなかった。
けれど最初のロボットは、祇園君の足にぶつかって勢いが落ちたおかげで、僕が捕まえられた。
そのことを理由に、二人で「祇園君のおかげだから」と慰めておいた。
「え〜、それでは結果を発表する!」
小値賀先生の声が、夕暮れの山に響き渡る。
「優勝は――久遠寺チーム! 合計、八体!」
「えっ、八体!?」
場がざわめく中、僕も思わず感嘆の声を漏らす。
やっぱりすごいな、久遠寺さん……。
「優勝チームには、今年度の成績に特別ポイントが加算されるぞ。特別ポイントは卒業後の初任給にも関わってくるからな。他のチームも、次はもっと気合いを入れろ」
「え!? そんなん聞いてへんで!? 最初から言うてや……!」
祇園君が叫ぶ。
「なんだ祇園。貴様、本気で訓練に参加してなかったとでもいうのか?」
「……い、いや、そんなこと言うてへんがな」
「ふむ。体力はまだ余ってそうだな。よし、お前は今から宿舎の周りを二十周走ってこい」
「えっ!? 嘘やろ!?」
「東雲。こいつが数ごまかさないよう見張っておけ」
「……え!?」
東雲君がとばっちりを受けていた。
面倒ごとに巻き込まれる前に帰ろう。
僕はそっと、その場から離れようと歩き出した。
「透真君!」
背後から呼び止める声。
振り返ると、久遠寺さんが手を振っていた。
「あ、久遠寺さん。優勝、おめでとう」
「ありがとう。透真君たちも四体討伐でしょ? どうだった?」
「うん……最初は暴走しないか不安だったけど、最後の方はそんなこと気にならないくらい集中できた」
「ほんとに? よかった!」
「この程度なら、大丈夫っていう自信は何とか持てたかな。あとは……今後ヤバい凶に遭遇した時に――」
「今は、今日うまくいったことだけを噛みしめてればいいよ!」
久遠寺さんが笑って遮る。
「起こってもいないことを想像しても、しょうがないじゃない」
「……そうだね。ありがとう」
確かに久遠寺さんの言うとおりだ。
何でもネガティブに考えるのは僕の悪い癖だ。
◆◆◆
翌日。キャンプ最終日。
夏の朝、蝉の声が鳴き始める中、僕たちは宿舎裏の木陰に集められた。
近くの寺から来た僧侶が、涼しげな法衣を揺らしながら座禅の作法を教えてくれる。
地面に並べられた座布に足を組み、背筋を伸ばす。
蝉しぐれと風鈴の音が交じり合うなか、静かに心を整えていく。
三十分後。
僧侶が合掌し、穏やかな声で言った。
「これで、座禅は終わりです」
僕たちはゆっくり立ち上がり、しびれた足をほぐしながら深呼吸する。
「よっしゃ! 終わりや!! 昼まで自由時間や!!」
祇園君が嬉しそうに僕の肩をバシッと叩いてくる。
「川まで魚釣りに行くか? 物置に釣り竿あったやろ?」
「あったけど、三本くらいしかなかったような」
「早いもん勝ちや! 行くで!」
そう叫ぶなり、祇園君は一目散に宿舎へと駆けていく。
僕も後を追おうと足を踏み出した、――その時。
「おい、出雲崎。どこへ行く」
低く静かな声に、背筋がひやりとする。
振り返ると、周囲から少し距離を置いた存在感。どこか影をまとった長身のお兄さん――嵯峨野さんが立っていた。
「出発前に言っただろう。お前に自由時間などない」
「……え?」
「これから最終試験だ」
ええ……。
祇園 龍馬
・国家戦略高専一年
・上級異能師(見習い)
・能力名『物質吸着』
手に触れた物体の表面に自らを吸着させ、滑ることなく固定できる。
壁や天井を移動することが可能。ただし、吸着できる時間は短い。
機動力向上に特化した能力。戦闘には向かないが、潜入や高所移動に優れる。
東雲 晴斗
・国家戦略高専一年
・中級異能師(見習い)
・能力名『広域視野』
視界の範囲を通常の2~3倍に拡張できる。
戦闘では索敵や奇襲対策、日常では監視や警備に有用。
焦点が合いづらかったり、情報過多による負担もある。




