第12話 山岳キャンプ②
宿舎に到着してから、のんびりする間もなく、僕たちは荷物を置くとすぐに講堂へと向かった。収容人数は50人以上はありそうで、普段の教室よりずっと広い。新鮮さはあるが、講義内容は異能基礎学の続きだった。先月からは凶に関する項目も加わっている。
登山で疲れたのか、祇園君は開始早々に居眠りを始めていた。
『異能の暴走は、主に高レベルの能力者に発生する。シグマコードの急速活性が――』
暴走。その言葉が耳に入った瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
頭が真っ白になり、それ以降の言葉は遠くでかすれていく。
「どうしたの? 大丈夫?」
隣に座る久遠寺さんの声で、ハッと我に返った。
「え? 何が?」
「顔、真っ青だよ。車酔いでもした?」
「いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「考え事? 私で力になれることある? 最近の透真君、何か思い詰めてる感じだから……」
心配そうに僕の顔を覗き込む久遠寺さん。
また暴走するのが怖い。繰り返せば心が蝕まれ、人間じゃなくなる。
不安をすべて吐き出したくなった。
――が。
「そうかな? ちょっと能力制御の修業で寝不足なのかも」
「……本当に? だったらいいけど」
久遠寺さんは納得しきれない様子だったが、それ以上は追及してこなかった。
◆◆◆
次の日は朝早くから模擬戦闘訓練が予定されている。今回のキャンプの目玉だ。
学校側が用意したシナリオに沿って、凶の模擬生体――ロボットのようなもの――を撃退していくらしい。メタ粒子を動力源とするとか、なかなか本格的だ。
「強さは凶度2よりも抑えてる。一体あたり数百万するらしいが、気にせず破壊しろ。ガハハハ!」
小値賀先生が豪快に笑うが、何体くらい配置されてるんだろ……。
さすが内閣管轄だけあって、かなりお金がかけられているようだ。
「メタ粒子の排出機の近くに配備してるから、空気の違いに敏感になれ。奴らとの戦いでは、ちょっとした油断が命取りになる。戦闘向きではない異能の場合は、まず生き延びることを最優先に考えろ。仲間のサポートはその次でいい。生き延びて、肉体を極限まで鍛える。そうすれば、少しずつ仲間の役に立てるようになる。――では、始めよう。準備が整った班から出発だ」
僕は祇園君と東雲君とで3人の班だ。
東雲君が指示書を広げ、シナリオを確認する。
「えっと、まずはリーダー決めとそれぞれの能力紹介だね」
「リーダーは東雲でええやろ。能力的には出雲崎やけど、ぶっちゃけ頼りない」
「う、うん。それは自覚してるから。僕も東雲君がいい。祇園君は考えるのが苦手そうだし」
「よう分かっとるやないか」
祇園君はニヤリと笑う。
「ほな頼むで、東雲。で、何やっけ? もう一つ」
「え? マジで俺がリーダーなのか? この中では俺が一番ランク低いし――」
「いや、お前しかおらんて。で?」
「……メンバーの能力をそれぞれ把握して、凶と遭遇した時の行動パターンをあらかじめ決めておく」
「出雲崎は過熱やんな。ワシは『物質吸着』やけど、まだあんまり使いこなせてへん。東雲は何やったっけ?」
「俺は『広域視野』。さっき先生が言ってた戦闘向きではない能力で申し訳ない」
「何を謝っとんねん。ワシかて同じようなもんや。で、行動パターンか。東雲が遠くから見つける。出雲崎が近づいて過熱して破壊する。それで終わりやん」
「それだと、祇園君の出番が無いよね」
「ワシのことは気にせんでええ。ちゃちゃっと終わらせて宿舎に戻ろうや」
「いや、さすがにそれはダメだろ。祇園の能力も活かせるようなシナリオを考えないと」
僕たちがあれこれ考えている間に、他の班は続々と出発していく。
「祇園の『物質吸着』を山の中で活かすって、なかなかハードルが高いな」
「せやろ? 街中じゃないと活躍出来ん気がすんねん」
「山小屋とかあるかもしれないから、見つけたら潜入ってとこかな」
「お、それでいこか!」
◆◆◆
仙崎詩織は昨晩、一睡もできなかった。
久遠寺御影の寝顔に興奮したからではない。
時雨那由によって布団にくくりつけられ、そのまま押し入れに放り込まれたのだ。
押し入れの中は湿気と熱がこもり蒸し暑い。風はまったく通らず、身動きもできない。
さすがにそのうち解放されるだろうと思ったが、結局そのまま朝を迎えた。
途中、何度も大声を出そうかと思ったが――御影がぐっすり寝ているかもしれないと思うと、睡眠の邪魔はできなかった。
「それにしても、模擬戦闘訓練の班まで御影さまと一緒になれるとは――。今日のご活躍もしっかりこの目に焼きつけます!」
寝不足で充血した目は、それでもどこまでも力強い。
「仙崎さんも頑張ってもらわないと。私たちはチームなんだから」
仙崎の異常な崇拝も、久遠寺はまったく気にした素振りを見せない。
彼女の言動はすべて冗談だとでも思っているのかもしれない。
「ま、ワタシたちは初級だからな。いかに久遠寺をフォローできるか考えていこう」
「時雨さん。頑張るのはいいけど、くれぐれも御影さまの邪魔だけはしないように。私は影からこっそり御影さまの応援をするから!」
「いや、オメーも少しは役に立てよ」
御影は指示書に目を落とす。
「まずはリーダーを決めないといけないみたい。僭越ながら私で良いかしら?」
「もちろんでございますとも!! どこまでもついていきますぅ!!」
仙崎は食い気味に叫び、瞳をうっとりと輝かせる。
時雨は何も言わず、静かに頷いた。
「次に能力の把握なんだけど、仙崎さんは『触媒感知』、時雨さんは『音響共鳴』で良かったわよね?」
「私めの能力まで記憶して頂けるなんて、脳の容量の無駄遣いにも程が――」
仙崎が恍惚とした表情でしゃべり出した瞬間、時雨は素早くその口を塞いだ。
これ以上話が進まなくなると判断したのだろう。
「さすがだな~。ひょっとして一年全員の能力を把握してたりすんの?」
「ええ、概要くらいは。細かい所まではまだまだだけど」
「ふむ。で、ワタシたちの能力は今回、使えそう?」
「そうね。時雨さんの『音響共鳴』は特定の音に共鳴し、増幅できるのよね? 恐らく今回の模擬生体も何らかの音を発しているはずだから、それを私たちにも識別できるようにお願い」
「なるほど、オッケー。まずは異音探しからだな」
「仙崎さんも模擬生体によるメタ粒子の化学変化をいち早く察知できるでしょうから、何か気づいたらすぐに教えて」
「もちろんでございます!!」
仙崎は力強く拳を握りしめ、勢いよく頷いた。
地図を片手に、三人は朝靄がうっすらと漂う森の中を進む。
木の根に足を取られそうになりながら、周囲を慎重に探る。
そして、二十分ほど歩いたあたりで――
「あれ? 少しメタ粒子っぽい空気が漂ってきたかも?」
仙崎が微妙な空気の違いを感じ取ったようだ。
「マジで? どっちから?」
「ちょっとそこまでは……」
「了解。ちょっと静かにしてて」
そう言うと時雨は、両手を耳に沿え目を瞑る。
少しずつ立ち位置を変えながら、何かを探るように集中する。
「これだ……! 『音響共鳴』!!」
時雨の異能が発動する。
機械音的なノイズが共鳴し、じわじわと音量が増していく。
やがて二人の耳にもはっきりと伝わった。
「あっちね」
御影が指差す方を見て、二人はうなずく。
「行きましょう。凶度2よりは弱いみたいだけど、小型の野生動物くらいの攻撃力はあると思う。油断しないで」
子犬にもビビってしまう仙崎に、ほんのり緊張が走る。
彼女は二人の背中に隠れるように、慎重に歩を進めた。
「いた」
そこにいたのは、小型犬ほどの四足歩行の黒いロボット。
熱感知センサーでも搭載されているのか、すぐに三人を捕捉したようだ。
そのまま、ゴキブリのような素早さで一直線に迫ってくる。
「ひっ!!」
仙崎の情けない悲鳴が響くと同時に――
「重力制御」
御影が異能を発動。
前方の空気が歪み、重圧が一瞬でロボットを押し潰す。
バキバキッという嫌な音と共に、ロボットはペシャンコに変形。
わずかに残っていた動作音も、ピタリと消えた。
「きもすぎでしょ……何あの動き……」
時雨が顔をしかめて、うえーっとした表情で呟く。
「さ、まずは一体ね。次を探しましょう」
御影は満足そうに微笑む。
「え~、もう後は適当に時間潰そうぜ~」
「ダメよ。透真君に負けたくないもの」
きっぱりとそう言うと、御影はスタスタと元来た道へと引き返し始めた。
仙崎 詩織
・国家戦略高専一年
・初級異能師(見習い)
・能力名『触媒感知』
物質の微細な化学変化を察知できるが、広範囲の物質には適用できない。
食品の腐敗や金属の酸化を察知できるが、戦闘にはまったく向かない。
時雨 那由
・国家戦略高専一年
・初級異能師(見習い)
・能力名『音響共鳴』
特定の音に共鳴し、少しだけ増幅できるが、大音量にはならない。
演説や歌には多少役立つが、戦闘にはほぼ使えない。




