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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第一章 異能は目覚め、物語は始まる

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第11話 山岳キャンプ①

 一限目の授業に、出雲崎透真の姿は無かった。

 彼が学校を休むなんて初めてのことだ。


 体調でも崩したのだろうか?

 御影は少し心配になり、授業中にも関わらずスマホで透真に連絡を入れる。

 だが、授業が終わっても返信は無い。


「ねえ、祇園君。今日、透真君どうしたのかしら? 休むって連絡あった?」

「いや、何も聞いてへんで。寮の部屋にもおらんみたいやった」

「え? そうなの?」

「う~ん、第三訓練場にまだおったりしてな。めっちゃスパルタで鍛えるみたいやし」


 その言葉を聞いた瞬間、御影は立ち上がった。

 教室を飛び出し、一直線に第三訓練場へ向かう。


 ドアを開けると――


 クーラーボックスの横に座り込む透真の姿があった。


「透真くん……! 何してるの?」


 振り向いた透真の顔はひどいクマ。徹夜していたのが一目で分かった。


「あ、久遠寺さん、おはよう……」

「……寝てなさそうだけど、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。まだ課題が終わらなくて」

「課題?」

「この氷、全部溶かさないといけないんだ……」


 クーラーボックスの中には、たくさんの小さな氷。

 隣のバケツには、水が溜まっている。


「多少は出来るようになってきたんだ。五回に一回くらいは瞬間蒸発までできてる」

「何の課題なの、これ?」

「熱エネルギーコントロールだって。氷なら、仮に爆発させても被害が無いし」

「え? でも、一晩中かけてやるほどのものじゃないでしょ?」

「いや、これ全部溶かすまで、ここから出るなって……」

「そんなの冗談に決まってるじゃない!」

「……いや、絶対に冗談じゃないと思う」


 ガラガラガラ――


 二人は入口に目を向けた。

 そこに立っていたのは、長身で細身の男。

 御影は初めて見る顔だった。


「終わったか?」

「い、いえ、まだです。半分くらいはいけましたが」

「そうか。飯を買ってきたから少し休憩しろ」

「あ、ありがとうございます」


 男はコンビニの袋を差し出す。

 中には「トリプルマヨ爆弾おにぎり」「超ジャンキー! 脂祭り弁当」――

 体に悪そうなものばかり。


「こういうカロリーの高いもんは、若いうちしか食えないからな。今のうちに食っとけ」

「ちょっと!! 透真君に変なもの食べさせないでください!!!」


 御影は勢いよく二人の間に割って入る。


「女にはこの手の弁当の良さが分からないだろうな。てか、誰だお前?」

「わ、私は透真君の同級生の久遠寺御影です! あなたこそ一体?」

「俺は嵯峨野雪舟。こいつの臨時チューター。で、何? お前はこいつの彼女なのか?」

「か――か……!?」


 御影の思考が停止する。

 じわじわと顔が熱くなっていく。


「いやそういうものすごくセンシティブなことをずけずけとしょたいめんできかれるのはものすごくふかいで――」


 仙崎並みの早口でまくしたてる御影。


「とにかく! 徹夜でこんなことをやらせるなんて指導者としてどうかと思います! もっと生徒の体のことを考えてください!」


 ようやく落ち着きを取り戻し、言いたいことをぶつける。


「そうは言ってもな。一ヶ月しか無いんだ。この課題を片付けてもらわないと、次に進めないし」

「睡眠不足と疲労でボロボロの状態で続けても、効率が悪くなるだけです!」


 嵯峨野と御影が言い合っていると、透真が口を開いた。


「いいんだ、久遠寺さん。嵯峨野さんの言う通り、この程度のことさえ出来ない僕が悪い。今のままじゃまたすぐに暴走させちゃう」

「で、でも……」


 御影はなおも食い下がろうとしたが――

 透真の、いつもと違う思いつめた表情を前に、それ以上言葉が出なかった。


 ◆◆◆


 7月28日。


 嵯峨野さんの指導が始まって、ちょうど一カ月が経った。

 睡眠時間は半分に減り、肉体も精神も疲労困憊だ。

 それでも、悪夢にうなされることはほとんどなくなった。


 一歩進んで二歩下がる。

 そんな状態を繰り返しながらも、異能の制御は確実に進んでいた。


 そして、今日から夏休み。


 ……のはずなのに、僕たち一年生は全員、大きなリュックを抱えて校門の前でバスを待っていた。


「そろそろ迎えが来るぞ! 全員揃ってるな?」


 小値賀おぢか先生の大声が響く。


「はい、全員揃ってます!」


 東雲君が顔を見渡し、確認する。

 僕たちはこれから、二泊三日の山岳訓練キャンプを実施することになっていた。

 環境を変えて、心身を鍛えることが目的の、一年生夏休み恒例の行事だそうだ。


景信山かげのぶやま。久しぶりだな」


 隣で、嵯峨野さんがぼそりと呟く。

 ……なんで、嵯峨野さんまでいるのだろうか。


「嵯峨野さん、見送りに来てくれたんですか?」

「ん? まだ俺の指導は終わってないぞ? 契約は今月末までだ」

「え?」

「本来なら、お前ひとり残して学校でやっても良かったんだが、さすがにそれは可哀そうなんでな」


 確かにそれは嫌だ。


「ま、キャンプの終わりにでも最終試験をやらせてもらうさ」


 ◆◆◆


 景信山には国家戦略高専の専用施設がある。

 普段の座学に加え、座禅による精神修養。そして、山中での実地訓練。


 嵯峨野さんの指導を受けてから、多少は制御できるようになってきた。

 それでも、山という環境は不安だ。周囲は木々に囲まれている。

 こんな場所で能力が暴走したら——。


 ダメだ。今からそんな弱気でどうする。


 バスは一時間ほどかけて景信山の麓へ到着した。

 ここから先は徒歩。大きな荷物を抱えての登山も、体力訓練の一環なのだろう。


「先生、どれくらいで到着する予定なんですか?」


 東雲君が小値賀先生に尋ねる。


「どれくらいだったかな? 俺も久しぶりだから覚えとらん。ガハハハ!」

「ガハハハちゃうやろ!? 何言うてん、このおっさん!? いつまで掛かるか分からんとか地獄やろ!」


 祇園君が全力で突っ込む。


「おっさん? 祇園、貴様誰に対しておっさんと言ってる? 俺はまだ25だぞ」

「ワシから見たら充分おっさんやねん。しかも先生老けとるし」

「……!? 老けてる!?」


 小値賀先生は本気でショックを受けていた。


 やがて、目の前に訓練施設が現れる。

 白いコンクリートの外壁に大きな窓が並ぶ、無駄のない機能的な造り。


「右の建物が男子、左が女子だ。部屋は大部屋を使うぞ! 寮は個室だからな。たまには大勢で寝泊まりするのもいいだろう」


 先生の言葉に、真っ先に反応したのは仙崎さんだった。


「ってことは!? 御影さまと同じ部屋!? えっ、えっ、つまり!? 夜、布団に入った御影さまをこの目で拝めるってこと!? やばいやばいやばい、これはもう歴史的瞬間では!? 寝息! 寝返り! 寝言!! すべてリアルタイムで記録できるのでは!? でも、私が興奮しすぎて寝られなかったらどうしよう!? いや、むしろ寝なくていい! 一晩中、御影さまの安眠を見守るべきなのでは!? はぁ~~っ!! やばい、心の準備を……うわああああ、どうしようどうしようどうしよう!!」


 祇園君は隣に立つ、長い黒髪のポニーテール女子をちらりと見た。


「おい、時雨。お前があのアホの暴走止めなあかんで。久遠寺の貞操はお前が守るんや」


 時雨さんの眉がピクリと動く。

 そして、使命感に燃えた瞳で、力強くうなずいた。


「ええ、任せてちょうだい」


 僕からも本当にお願いしたい。

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