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熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました  作者: 堅物スライム
第一章 異能は目覚め、物語は始まる

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第10話 スーパーノヴァ

 6月26日。


 放課後。

 校舎の外れにある第三訓練場。

 メタ粒子の濃度を意図的に高めたこの部屋は、狭すぎず、広すぎず。軽い運動には十分な空間だ。


 僕は今日、小値賀おぢか先生にここで待機するように言われていた。

 暫くすると——ガラガラガラ、と扉が開く音。


 現れたのは、長身で細身の男。

 肌は白く、血の気が薄い印象を与えるが、病的というほどではない。

 それよりも——どこか空気から浮いているような、独特の存在感を持つ人だった。


 知らない人の登場に、僕はフリーズする。

 人見知りは、相変わらず直らない。


「ええっと、お前が出雲崎透真……ってことでいいか?」

「は、はい、そうです」

「俺は嵯峨野雪舟(せっしゅう)。この学校の卒業生だ。ま、お前の先輩ってことだな」

「は、はあ」


 なぜここに呼ばれたのか、僕は聞かされていない。

 とりあえず言われるまま来ただけだ。


「で、能力を暴走させたって? 大爆発を起こしたとか。街中だったら大惨事だったな」


 昨晩もうなされた悪夢が脳裏を過ぎる。


「というわけで、今日から俺がお前を指導することになった。よろしくな」

「指導……ですか?」

「ああ。極級の感覚は極級にしか理解できない。力が大きくなるほど、制御は難しくなる。デカいタイヤは動かすのも、転がり始めたら止めるのも大変だろ?」


 てことは、この人も極級異能師、ということか。


「小さいタイヤほど制御は簡単だ。だから、俺たちの苦労なんて知る由もない」

「嵯峨野さんも、暴走したことが?」

「最初のうちに何度かな。ま、お前もそのうち使いこなせるようになるさ」


 そう言って、右手に持っていたコーラの缶を僕に放る。

 反射的にキャッチすると、軽い。空き缶だった。


「それを手のひらに立てろ」


 言われるままに缶を乗せる。


 ——次の瞬間。


 音も無く、スパッと。


 缶は、真っ二つになっていた。


「これくらいなら、ノーモーションでできる程度にはな」


 嵯峨野さんは表情を変えずに続ける。 


「で、お前の能力名は何だ?」


 唐突な問いに、一瞬思考が止まる。


「能力名……? いや、特に何も決めてないですけど……」

「……まだ、その段階か。なるほど、こりゃ思ったより大変そうだ」

「え? どういうことですか?」

「他の奴が能力発動するとこはもう見てんだろ?」


 僕は記憶を遡る。

 そういえば、研究所で久遠寺さんがくぐりを圧し潰す際に、「重力制御グラヴィティ・ウェル」と口にしていたっけ。


「あ……はい、見ました」

「あれは、暗示というか自己催眠みたいなもんだ。それを口にすることで能力起動のスイッチとなる。コツがいるからすぐには出来ない奴もいるがな」

「そ、そうだったんですね……」

「じゃ、今日はお前の能力名を考えるか。爆発ってのは聞いてるが、具体的にはどんな現象が発生する? 自分の力を改めて見直してみろ」


 暴走したときの光景が脳裏をよぎる。


 ——朽ちた床材やカーペットが燃える。

 赤から青へ。そして青白い火花が弾ける。

 空気が歪み、光を帯びる。床材は形を保ったまま宙に漂い、やがて崩壊し、微細な粒子となる。

 粒子は渦を巻きながら収束し、やがて光り輝くプラズマに変わった。

 そして——膨張するエネルギーが弾け、超新星のごとく爆発。


 その記憶をたどたどしく説明すると、嵯峨野さんは腕を組み、何か考え込むように押し黙る。


 そして——


「なるほど……。『核熱爆散』ってところか。読み方はそのまま超新星、スーパーノヴァにしとこう」

「はい?」

「核熱爆散と書いてスーパーノヴァと読む。文句あるか?」

「い、いえ全く!」


 漢字四文字は必須なのだろうか、という疑問が浮かんだが、一旦無視する。


「よし、決まりだ。これからは能力を発動する際に、必ず口にしろ。パブロフの犬みたいな条件反射を目指せ」

「わ、分かりました。……ちなみに嵯峨野さんの能力名を聞いても?」

「俺のは『空間断裂ヴォイド・カッター』だ」


 空間……断裂……。


 え? サラっと言ってるけど、もの凄くヤバそうじゃない?


「ところで、お前はユリアノスについての説明はもう受けたか?」


 嵯峨野さんはいきなり話題を変えた。


「……? いえ、初めて聞きました」

「そうか。俺たちはユリアノスだ」

「……そ、そうなんですか? というか何ですか、それ?」


 唐突な説明に戸惑う僕をよそに、嵯峨野さんは淡々と続ける。


「30年近く前、『異界の門』が開いた海中の真上に俺たちの父親か母親、もしくは両方ともいた。」


 ん? 親同士が知り合いってこと?


「黎明号っていう日本の豪華客船だ。それに乗ってた人達は、未知のエネルギーをもろに浴びたらしくてな。メタ粒子とも違うらしい。で、浴びた本人たちはDNAに何らかの損傷を与えられ、次世代に——つまり、俺たちにDNA変異『シグマコード』が伝達された」

「え? ということはこの学校の生徒たちはみんなその――」


 僕が言いかけたところで、嵯峨野さんはピシャリと遮る。


「違う。黎明号に関係なく、異能は発現するようになった。ただし、俺たちのような極級、正確に言うなら特級以上はその乗客か船員の子供に限定されている」


 ということは——

 久遠寺さんや一乗谷先輩の親も、その客船に関係してたってことか。


「特級以上の異能師がほぼ日本にしかいないのはそれが理由だ。で、くぐりってのは俺たちのような強い生命体に引き寄せられる。世界の中で凶被害が日本に集中してるのは、ある意味で俺たちが原因ってわけだ」

「異能を持っているだけで、災厄を呼び寄せてしまう……ということですか?」 「ああ。だから俺たちは、奴らよりも強くあり続けなきゃならない」


 そう言いながら、嵯峨野さんは僕の肩に手を置いた。


「覚悟しておけ。この一ヶ月で死ぬほど鍛えてやる」


 ◆◆◆


 次の日から早速、嵯峨野さんの個別指導が始まった。

 座学以外の全ての授業を、第三訓練場の中で——。

 廊下で他の生徒たちが談笑している中、僕はひとり訓練場へと足を運ぶ。


「確認してみたが、入学してからお前の能力発動は二回。バットの爆発と廃団地の爆発。間違いないか?」

「は、はい。間違いないです」

「で、昨日の話によると爆発の前には何段階か踏むことになるが、途中で止められないんだったな?」

「……そうなります」

「よし、じゃまずは止める練習から始める。イキそうになっても我慢しろ」


 ……ん? 

 何か、いやらしい意味に聞こえるぞ……?

 戸惑う僕を横目に、嵯峨野さんは小さな氷がぎっしり詰まったクーラーボックスを持ってきた。


「この氷を一つずつ手に取って、全部溶かせ」

「え? 全部ですか? 一つずつ?」

「そうだ。手のひらの熱だけで溶かしてくと時間が掛かるぞ」


 嘘でしょ!? 

 これ全部って、500個以上ありそうなんだけど……。


 僕は一つ取り出し、握りしめる。


「おい」

「はい?」

「能力名はどうした?」

「す、すみません、『核熱爆散スーパーノヴァ』」


 何も変化が起きない。


 20分後――


 氷は溶けた。体温だけで。


「……完全に頭の中でブレーキをかけちまってるな……」

「す、すみません……」

「そんな氷が爆発したとこで、大した事ないだろ」

「そ、そうなんですが」

「ま、お前みたいに自分の力を恐れている奴の方がまだマシなのかもな」


 ん? どういう意味だろう。  

 だが今はそれを尋ねる余裕もない。僕は黙ってクーラーボックスから次の氷を取り出した。


 さらに2時間後――


 5個溶かした。

 氷を握る手は冷たくなり、指の感覚が鈍る。

 溶ける速度はどんどん遅くなっていく。

 嵯峨野さんはコーラを飲みながら、スマホをいじっていた。


 気付けば、僕はため息ばかりついていた。

 苛立ちが抑えられなくなり、思わず次の氷を乱暴に掴む。


「……焦らなくていい」

「はい……でも、嵯峨野さんの時間まで無駄にしてしまってるようで」


 嵯峨野さんはスマホから顔を上げると、ふっと憂いを帯びた視線を僕に投げる。


「焦ってもロクなことにならない。時間はたっぷりある」



 さらに2時間経過――


 あれから3個しか溶かせていない。

 窓の外には夕焼けが広がっていた。


「――俺の同期に、白神しらかみって奴がいてな。特級だったんだが、糞ほど真面目な奴だった」


 嵯峨野さんは夕暮れに目を向けたまま、ぽつりと語る。


「向上心の塊のような奴で、どんどん強くなっていったよ。何を焦ってたのか、ひたすら最速・最短ルートで強さを求めていった」

「……はあ、で、その人が何か?」

「強さを追い求め、人間を辞めた」

「え?」

「お前はそうなるなよ。暴走を繰り返すと、心まで蝕まれていく」


 そう言い残し、嵯峨野さんは立ち上がると扉の方へ向かう。


「俺はもう帰るが、お前はそれ全部溶かすまで帰るなよ。何日かかっても全部溶かせ。飯は買ってきてやる」

「……」


 嘘でしょ?


 ――いや、それよりも暴走を繰り返すと、心が蝕まれ、人間じゃなくなる……?

 力を制御できなければ、僕もいずれその人のように……?

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