後編
結論から言えば、桐生は香月との約束を守った。
「東雲さん! 私、桐生先輩に告白されたんです!」
放課後の診療所を訪れた梨子は喜色満面の笑みで香月の手を握る。香月はその手を極めて優しく振りほどくと、ぎこちない笑みを浮かべた。スキンシップの激しい人間は苦手である。
「そう、よかったわね。おめでとう」
「でも、一体どんな手を……」
まさか金で釣って告白してもらったなどと言うわけにはいかない。香月は人差し指を唇に当て「企業秘密よ」と呟いた。
「そうですか……でも本当にすごいです! それであの、これを吐いてから症状が収まったんですけど……」
梨子はポチ袋に入れていた白銀の百合を取り出すと香月に見せる。香月はその花を一瞥すると何度か頷いた。
「花吐き病は白銀の百合を吐いて完治する。その花が吐けたならもう大丈夫。完治したと言っていいでしょう」
「本当ですかッ?」
「えぇ、それで今回の依頼料なんだけど」
香月は電卓を叩くと梨子に差し出す。それを覗き込んだ梨子は笑顔をひきつらせて固まった。
「え……12万、ですか?」
「そうよ。何か問題が?」
「えっと……内訳とかって……」
「初診料5万、診察費、手数料もろもろ含めて5万、必要経費2万、合わせて12万」
必要経費は桐生に渡した2万円である。本来なら1万で済ませるつもりだったのだが交渉で釣り上げられてしまった。その分はしっかり回収させてもらわなければ。
「もうちょっと安くなりませんか……?」
「無理ね。これでも細かい雑費は省いてあげたのよ? お金、ないのかしら」
「えっと……貯金を切り崩せばどうにかなる、んですけど……」
「じゃ、よろしく。一週間以内に払ってね」
「わかり、ました。ありがとうございました……」
梨子は香月に頭を下げて診療所から去っていく。その後ろ姿が見えなくなると香月はため息をついた。
「はぁ……これだからガキは。学生相手じゃ儲からないのよね」
誰にも治せない奇病を治してやったのだから12万なんて安いものだろう。だが一週間後に起こるであろう修羅場を想定して香月は今から憂鬱な気分になった。
「やっぱり私に客商売は向いてない……」
どんな病でも治す奇病専門医。しかしその手段を問わないやり方で、香月は何度も患者から詰られてきた。今回も、きっとそうなる。
「ま、私は医者だし。治すのが仕事なのであってその後の人生なんて知ったこっちゃないか」
それから二日後。梨子は約束通り香月に12万の治療費を払った。
「とりあえず回収はできた。これで一安心ね」
あとは桐生が心変わりでもしてくれれば完璧なのだが。さすがにそれは無理だろう。残り五日で、彼女の恋は終わる。香月に人の心までコントロールすることは、できないのだ。
そして、その日は遂に訪れた。
「どうして、なんでですかッ? 東雲さん、私を騙したんですかッ?」
泣きじゃくる梨子に白衣を掴まれた体勢のまま、香月は顔を背ける。
「私は医者よ。患者を治すのが私の仕事。あなたは治ったじゃない」
「でも! こんな、やり方で……先輩から聞きました。自分はフードを被った女に金で雇われただけだって。それって、東雲さんですよね?」
「そうよ。私があなたに告白するよう、桐生へ要請した。その対価として金も払った」
「最低、です……人の恋心をなんだと思ってるんですかッ?」
梨子の言うことはもっともだ。それでも花吐き病を完治させるにはこれしかなかった。それもまた、事実である。香月は白衣に忍ばせていたカプセルを取り出し素早く梨子の口に押し込んだ。
「んッ?」
「飲みなさい。私のことも、奇病のことも、この診療所のことも、すべてを忘れてもらうわ」
「んんっ……!」
梨子はしばらくの間抵抗を続けていたが、やがて息ができなくなったのかカプセルを飲み込む。それを確認して香月は梨子から離れた。
「どう、して……?」
「あなたは私に近すぎる。そういう存在はね、厄介なのよ。大丈夫、身体に害はないわ。あの扉をくぐって外に出ればあなたは普通の女子高生。今まで通り、生きればいい」
梨子は何か言いたげだったが、結局何も言わずに診療所から去っていく。香月は白衣を直すとパソコンのカルテを開いた。同時刻、梨子は神社横の小道で立ち尽くす。そして。
「あれ? 私、こんなところで何してたんだっけ」
すべての記憶を失った梨子は再び平穏な日常を手に入れた。残ったのは失恋の痛みのみ。そこに至るまでの経緯も、無論香月の関与も梨子は覚えていない。二度と思い出されることもない真実は、奇病専門医たる彼女だけが知っている。
※※※
患者名:宇佐美梨子
病名 :花吐き病
備考 :治療の後、完治




