前編
都立白鳥学園高校にて。
「ねぇ、知ってる?」
それは、どこにでもあるような都市伝説。
「学校近くの神社の隣、誰も通らないような小道を進むと、地下に続く階段があって」
今日も今日とて、まことしやかに囁かれる噂話。
「その階段を下って、少し行ったところに『どんな病気でも』治せる医者がいるんだって」
しかし、それがもしも真実だとしたら。
「じゃあ、確かめに行こうよ」
一人の少女が女生徒三人組へ視線を向けた。
「えー、ちょっと怖いよー」
「大丈夫だって! 所詮は噂なんだからさ!」
そして下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。三人組はじゃれ合いながら教室を出ていった。
「……ようこそ、こちら側へ。でもその扉を開けるのは、本当に助けを求めている『患者』だけよ」
彼女らの背を眺め、少女は笑う。誰も知らない裏の顔。昼は制服、しかし夜に彼女が纏うのは、少女には少々似つかわしくない、白衣だった。
※※※
真夜中の小道というものは自然と人々の恐怖を煽り、時に好奇心を刺激する。今宵も彼女の診療所には一人の患者が訪れた。
「……あの」
地下の扉が開かれ、控えめな問いが空間に反響する。それに呼応するかのように室内を眩い光が照らした。
「ようこそ、東雲診療所へ」
照明のスイッチに手を掛けて、一人の少女が立っている。オーバーサイズの白衣を身に纏い、腰まで伸ばされた長い黒髪。東雲香月は戸惑った様子の少女を奥の診察室へと誘導する。
「それで、症状は?」
「あの……その前に……もしかして、そこの高校の、二年二組の東雲さん、ですか?」
「……そうだけど」
「私、三組の、宇佐美です。宇佐美、梨子」
「……ごめんなさい、ちょっとわからないわ」
香月の素直な反応に梨子は困ったような顔をした。だがすぐに切り替える。
「すみません、そうですよね。あの、それで、今日は私の病気を、治してほしくて来たんです、けど」
「えぇ、そうね。それが私の仕事よ」
「でも、本当に、何でも治せるんですか?」
「治せる。私は奇病専門医だもの。あなたの病も、治しましょう」
奇病専門医。もちろん、そんな医者は表の世界ではどれだけ探しても見つからない。しかし奇病が存在する以上、奇病専門医が存在するのも当然である。
「私、私、最近、花を吐くようになってしまって……」
花を吐く。その症状のみで、香月は梨子の病名に思い至った。
「なるほど。花吐き病ね」
「花吐き、病?」
「恋煩いが原因で罹患する奇病よ。ちなみに、その吐いた花、どうしてる?」
「え? 気味が悪くて、ゴミ袋に入れて部屋に置いてありますけど……」
梨子は不思議そうに小首を傾げる。香月は何度か頷くとパソコンのキーボードを叩いた。
「それ、誰にも触らせないでね。花吐き病患者が吐いた花に触れると接触感染する可能性があるから」
「え……そう、なんですね。わかりました、後で処分します」
「そうして。で? その恋、叶いそうなの?」
「無理、ですよ……私じゃ……」
それも当然か。そもそも叶いそうな恋なら花吐き病など患っていないだろう。しかし恋が成就しなければこの病は治らない。奇病専門医として、香月にもプライドがあるのだ。
「お相手は?」
「えっと……三年生の、桐生先輩です」
「……ふーん」
梨子の話を聞く限り、香月は梨子と同じ高校らしいが、如何せん香月の診療所は深夜営業である。午後六時から明け方四時までの十時間、多い時は三人ほどの患者が訪れる香月の睡眠時間は、登校するまでの三時間と下校した後の一時間のみ。授業中は仮眠を取っているためクラスメイトの顔と名前も覚えていない。そんな香月に他クラスの生徒や上級生のことまで把握できているわけがなかった。
「その桐生とやら、どのクラス?」
「確か……三年一組です」
「……そう、わかった。今日はもう帰りなさい。その恋に進展があったら、また来て」
「え……? はい、わかりました。ありがとうございました」
梨子は戸惑いつつも丸椅子から立ち上がり頭を下げて去っていく。その後ろ姿を見送り、香月はパソコンに向き直った。
「さて、と……どうしたものか……まぁとりあえず、いつもの手でいってみますかね」




