“ 剣” と ”酒” と気まぐれ ”子猫”
まえがき
この小説に出てくるネコは特別なネコです
普通の猫に間違ってもこの剣聖のように食べ物を与えてはいけません
あとがきまでがお話ですので最後まで読んで頂けると嬉しいです
2回読むとより泣けます
………………………ニャン
剣と酒さえあればそれでいい。そう思っていた俺に
シトシトと降るあの雨の日に酒場の軒下でピシャリと背筋を伸ばした猫は
待っていたと言わんばかりにそう鳴いた
無視して帰ろうとした俺を見て
不満だと言わんばかりに脚に纏わりついてきた
街をでても猫はピッタリと俺についてきて
けれど何をするわけでもなくただ側にいるだけ
餌も自分でとってくるし
大抵のことはなんでもできる
いったい何故付いてくるのか
てんで俺にはわからない
まるで勇者のようだなとふと思う
昔、世界の危機から世界を救った勇者もこんな目をしていたな
猫が何を考えてるのかはわからないが
俗にいう懐かれたってやつなんだろう
たくさん歩いて疲れてきてるようなので
仕方なく肩に乗せてやる
嬉しそうに鳴くもんだからなんだか無性に懐かしくなって
わしゃわしゃと頭を撫でてやった
そしたら不満げに頬を引っ掻いきた
猫ってのはよくわからない
ある街に立ち寄った時、双子の魔族の襲撃があった
先程まで平和そのものであったこの街は
一瞬にして悲鳴と怒号、狂気が入り混じった阿鼻叫喚の渦の中
そんな場所でもまるで何事もないかのように魔族は殺戮を行う
「あ〜あ、もうみんな逃げちゃった。つまんないの」
「しょうがないよ〜。ニンゲンってのは弱い種族なんだから…ってあれ?まだ生きてたの?もぅ〜撃ち漏らしちゃってるじゃん〜」
「あれ?ごめんごめん…恐怖で動けないのかな?今楽にしてあげるからねぇ」
そういって放たれた光線を弾きちらっと魔族を一瞥し後ろの店主の方を向く
俺がここを離れれば店主は一瞬で死ぬだろう
絶望と僅かな希望の入り混じった瞳が店主から向けられる
勘違いしないで欲しいのだが
別に俺は正義の味方でも、全てを救う勇者でもなんでもない
罪のない子供の嘆きも理不尽に踏み潰される人々も
俺にとっちゃどうでもいい
…本当にそうだったか?
一瞬湧いた心に蓋をして街を出ようとすると
猫が不満げに爪をたてる
ハァ…と一つため息をつき仕方がないので剣を持つ
左手に持っていた酒を煽り、一歩一歩と足を進める
「まさかボクたちに挑んでくるつもり?やめときなよ〜。さっきは何故か当たらなかったみたいだけど、今度は苦しまずに殺してあげるからさ」
自らの強さを信じて疑わず、敗北なんてものをまるで考えていない
バカな奴らだ
一閃
バラバラと魔族の体が崩れ落ちる
「おやっさん、酒をくれ。あと、つまみも」
先ほどから恐怖で固まっていた酒場の店主に声をかける
「…お、おうよ。ありがとな!にいちゃん」
こくりと頷き酒を喉に流し込む
普通こんな光景を見れば食欲が失せるんじゃないだろうか
野良猫だからなのか
気にも留めず、猫は干し肉に齧り付いている
そんな猫に呆れつつ、つまみを少し口に運ぶ
うん。なかなか上手い…酒が進む
その様子を見て満足そうに頷いた猫はいつもの様にニャンと鳴き、
偉そうにおかわりを所望した
魔族が倒されてお祭り騒ぎのこの街で
英雄扱いされるのは好きじゃなくて
仕方がないからいそいそと街から逃げ出した
それでも猫はまたついてきて
またひとりと一匹の旅が始まる
何故か嬉しそうに肩に乗っかる猫を見て
ふぅ…と息を吐くとモゾモゾと動く猫がおかしくて
自然と笑みが溢れでる
雨が上がったばかりの曇り空の隙間から零れ落ちる光を眺め
まぁ猫がついてくる間くらいは面倒見てやっても構わない
なんてことを思いながらまた一歩、足を進めた
王都へ辿り着いた
7年ぶりだろうか
あの日からしばらく見ていなかった王都は一層栄えていた
街の様子もすっかり変わり、噂では王が代替わりしたらしい
あの王太子が王様なんぞ考えるだけでも笑えてくる
カウンターで酒を飲んでいると
久しぶりに勇者に出会った
少し背が伸びただろうか。前よりもガッチリした姿を見て
がしがしと頭を撫でたら不満げな表情で抗議してきた
猫と違って引っ掻いてはこないがな
今も尚、笑顔で魔王の残党から人々を守るその姿は相変わらず輝いている
しかし何やら急いでいる様で
ではまた…といって駆け出していきそうだったので話を聞いてみると
どうやら今は人探しをしているらしい
この国の王女様が勝手に城を抜け出して市井に護衛も付けずに出て行ってしまったらしい
そうか…
あの王太子は子供まで作りやがったのか
時の流れは早いもんだ
話を聞いていると急に猫が肩から飛び降りて俺の脚を引っ張る
いつも興味がなさそうにしているのに珍しい
見つけたら教えると勇者に伝え猫の後をついていく
面倒ごとの予感がしたが別の方向へ行こうとすると猫が鳴きわめくので
仕方なくついていく
すると裏路地の方に入って行って
案の定その先には高貴な身分であることがダダ漏れの王女が人攫いに抱えられている
王女を見つけたので後は任せようと勇者に連絡するための魔法陣を形成すると
また猫が引っ掻いてきて
暫く睨み合った後、諦めて人攫いを制圧し王女を小脇に抱える
何やら喚き散らかしているが俺の知ったことではない
今度こそ勇者に連絡を送り
合流した俺は勇者に王女を受け渡す
すると勇者はサネカズラをお礼にくれた
身を翻し、勇者に別れを告げる
引き止めようとしてくる勇者に
「今度会うときは、賢者の墓参りに行くのも悪くないかもな」
と一言伝え、振り返らずに歩き出す
見ていなかったのでわからないが
それを聞いた勇者は少し嬉しそうにしている気がした
王女を見つけ出した猫には
ご褒美に屋台の串焼きを買ってやった
王都を出た後もやっぱり猫はついてきて
暫くすると肩で心地良さそうに居眠りを始めやがった
そんな猫に呆れながらも落ちない様に腕の中に収めてやる
今まで、剣と酒が俺の人生の全てだと思っていた
いつのまにか俺の心の中に入ってきた猫に
どうやらだいぶ絆されてしまっていたらしい
剣と酒とそれから子猫
それが俺には
ちょうどいい
すやすやと眠る猫を撫で、ぐいっと一口酒を仰ぐ
エンジェライトの様な瞳で
俺を引っ張る愛らしい猫と秋麗
まぁ…こういうのも
悪くない
あとがき(物語の補足)
妻を殺され、復讐心から魔王討伐を目指した剣聖の
荒んだ心を収めてくれたのが他ならぬ仲間の存在で
多大な犠牲を出しながらも復讐を成し遂げ、放浪の旅に出た彼は
妻やかつての仲間を懐かしく思いながらも
何処かぽっかりと穴の空いた心に気が付かないフリをして
ひとり、旅をしていた
そんな彼が出会った一匹の子猫
その子猫と共に歩む放浪生活はとても穏やかで
子猫は剣聖の心の穴を少しづつ埋めて行った
生きる意味を失っていた剣聖には
行き当たりばったりな子猫の姿が
とても羨ましく見えていて
こんな子猫となら共に歩んでいけるかもしれない
心からそう思えた剣聖は
カラッと晴れた空を見上げて
ようやく一歩踏み出せた
ー完ー