「バチが当たった」
母は、子供の頃の私に向かって「バチが当たった」と口癖のように言っていた。
転んだ。ぶつけた。具合が悪い。手を怪我した。とっておいたお菓子を兄に食べられた。
転校する時に、友人からもらったグラスを“間違って”割られた。
そんな理由で私が涙をこぼすと、そばにいる母は決まって「バチが当たった」と愉快そうに言う。
アンタがそんな思いをするのは、アンタの日頃の行いが悪いからだ。と。
働き盛りの父が病気で急死した時、人がたくさんいる病室で「これからどうやって生きていけばいいのっ!?」と取り乱していた母は、葬式が終わった後、家計の管理をしていた父が、私たちに対して何も残していなかった事を知る事になる。
何社かに分けて、かけていたはずの保険は軒並み解約されていて、大きな借金やローンが無い代わりに、貯金もほぼ0に等しかったそうだ。
「そんな人だからバチが当たったんだ」
と、母は、死んだ父を詰ったが、その後、父の仕事の都合でずっと転勤族だった家を持たない私達は、父方の親戚の家に居候する事になり、ずいぶん肩身の狭い思いをする。
私は泣いて反対したが、母は「兄と相談して決めた」と、とりつく島もなく、当時12歳だった私にはどうする事もできなかった。
そしてそれからも、私に何か嫌な事があるたびに「バチが当たった」と、以前にも増して言い募るようになった。
高校進学を機に、その家を出る企みは潰された。
仕方なく、家から一番近い事が理由で入った高校を卒業するまでは、粛々と母から出されるクエストをクリアして過ごし、進学先を早々に決めさっさと家を出た。
父方の祖父母の介護が始まり、何のクエストも課せられずに進学したくせに、ろくに就活もせずにただただ遊んで過ごして実家に帰ってきた兄の奴隷生活が苦しくなったのか、最近になって頻繁に電話をかけてくる母の愚痴を聞き流す。
「なにアンタ、また馬鹿にして」
「馬鹿になんかしてないよ。ただ建設的に話しているだけじゃん」
「アンタはいつもそうゆうものの言い方するけど、こっちではこっちの暮らしがあるのだから、アンタの言う様になんかできるわけない」
「じゃぁ何でそんな話を私にするんだよ? 答えを求めてないなら、先にただの愚痴だって言ってよって言ってるでしょ?」
いいえ。何を言って欲しいのかわかっていますとも。
この人はただ私に「うんうん大変だね」「そうだねお兄ちゃん酷いね」「そうかそうか、お母さんさすが頑張ってるね」って言わせたいだけなんだ。
でもうっかり肯定すると、自分じゃなくて、私がそう言っていたって話にすげ替えられてしまう。その後兄から「余計なことを言うな」と2度嫌な思いをするのだ。
そもそも共感したくも無い。
「何でそんな言い方するの!?」
さぁ始まった。
こうやってメソメソ泣き出して「もういいっアンタと話してるとお母さん頭おかしくなるっ」と怒らせ、やっと電話を切られるのだ。
「3時間かぁ」
「なに? 今度はどうしたって?」
「同じだよ。お兄ちゃんと喧嘩したんだって」
「もう着拒しちゃえばいいじゃん」
「そんなことしたら『娘と連絡がつかないっ』って騒いですぐ警察沙汰だよ。平気で嫌がらせするんだから」
そしてそれを私のせいだと平気で言うのが、もうみたことがある事の様にわかる。
三親等に警察関係者がいるので、意外と洒落にならない。
「3回に2回は『今忙しいから』って速攻で切り上げて、そのうちの1回も、空返事が気に入らないって言われたら、正論で煽って怒らせてるのに、未だに電話かけてくるの何なんでしょうね?」
「大変ですなぁ」
同居人の、半ば面白がっている様なイジリも毎度のことだ。
「ほどほどにしなさいよ。どうせもう先ないんだから」
「流石に最近は減ってきたけど、それでも毎回2時間以上だよ。付き合ってらんないよ」
こうやって、母親からの電話の回数が減る様に、うまいこと誘導しているつもりなのだけど、最近ではそれすらもめんどくさくなってきた。
それでも私は口に出して言わないのよ?
「バチが当たったのは私じゃ無いみたい」