ありがとう見知らぬ大伯父さま
親戚の葬式で家に呼び戻された。
故人は大伯父だそうで。
大伯父と言っても、母の父の姉の旦那さんなので、母とも血は繋がっていないし、私は面識もなかったのだが、私の父母は何やらとてもお世話になったらしい。
だから『絶対に帰って来い』と母は言った。
どんなお世話になったの? と尋ねると『アンタは知らなくて良い』と答えられたのでそれきりだ。
それでも度々、家で話題に上がる、名前だけは知っている親戚であった事は確かなので、そう言えばしばらく帰っていないし。と、新幹線で片道5時間の距離を久しぶりに帰省した。
もともと一人暮らしを始めてから、冠婚葬祭でしか帰省しなかったので、あまり何も考えてはいなかったが、前回の帰省から気づけば11年経っていた。
勝手知ったる寺ではあったが、久しぶりな事もあり、喪服姿の周りの弔問客には見覚えの無い人が多かった。
年寄りは昔から『どこそこのおばさんだ』と言われてもよくわからなかったが、特に子供や若い子は『いとこだ』『はとこだ』言われても、さっぱりわからなかった。
ウチは『本家』と言うだけあって、親戚が多い。とは思う。他を知らないからわからないけど。
私は『家族席』側の人間になるらしく、母の横に立ち、他の弔問客になんとなく挨拶をして、ぼんやりとやり過ごしていると、何か受付が騒がしい。
受付をしていた学生服の子供が、なにか間違って席を案内したらしく、客の1人が涙ぐみながら帰ろうとしているのを、故人の息子である喪主と、その母親、つまり亡くなった方の奥様が止めている。
「あんな学生ひとりに受付させる方がどうかしてるだろ」
「アンタ何言ってんのっ。こないだも電話で言ったでしょ、あの子が誠吾の嫁の連れ子よ」
亡くなった大伯父の家に同居する息子(喪主)の息子(誠吾)の嫁の連れ子。と言うことらしい。
母の従兄弟(喪主)の息子の嫁の子供とか、『いとこ』とか、『はとこ』とか、電話で話題に出ただけの何某とか、分かるわけがない。
母の言葉に、私が眉間にシワを寄せると、それを自分に同調した“嫌悪”と受け取ったのか、母はそれからその“嫁”の悪口を猛烈な勢いで喋り出したので、呆れて思わず口を返す。
「よくそんな接点ない人の悪口言えるね」
「悪口って、アンタはまたっ。ほんとのことよっこないだだって」
母の言葉は続いたが、要約すると『学生のうちに子供を産んで高校を中退した女が自分の身内になったのが気に入らない』そうだ。
子供が学生服を着ているんだから、その母親だって立派な大人だ。いつの話をしているんだよ。
アナタの従兄弟の息子がどんな嫁をもらおうと、アナタの世間での評価は1ミリも変わらないよ。と、思ったが、母の話が切れたタイミングで「へぇ」とだけ返事をしておいた。
そんなやりとりの中、たまたま目があった喪主と故人の奥さんは、私の事を知っているらしく「ちょっと一緒に受付をみていてくれないか」とお願いされ、まあ仕方ないな。と、引き受けた。
母は、喪主母にお礼を言われつつ、親しげに雑談をしながらながら一緒に『家族席』に入って行った。
この寺で喪主側にいるのは5回目だ。やる事などそう変わらないだろう。
昔の記憶を辿りつつ、弔問客に名前を書いてもらい、お悔やみの挨拶に頭を下げ、香典を受け取って、席を案内し、弔問客が離れてからリストにチェックをつける。
寺での葬式なので、席は家族と、それ以外だけだったので、本来揉める要因も無いのだが、このお寺の建物の構造上、その二択の位置の出入り口が正反対に違う。
間違った方向に進みかけた弔問客は故人の幼馴染の娘さんだったそうで、『そちらは家族の席ですので』と受付の女の子に言われて『家族のようにに過ごしていたのに』と思っていた自分が否定されたと感じ、泣き出してしまったようだ。
受付の女の子は、誰かにそう事前に指示でもされていただけだった。案内としては女の子が正しかったので、どう考えても泣き出した客の過剰反応だと思う。間違いなく他人だし。
とは言え、まあ、イベントとしては『お葬式』なのだ。ナイーブになっていて当然なのかも知れないけど、この子はどう見ても高校生か中学生のコドモだ。例え伝え方が悪かったとしても、大のオトナが責めるようなことじゃない。
「え〜と、あの人知ってる?」
私が祭壇を挟んで上座側の『家族席』に座る母にを指差すと、受付の女の子はこくんと頷いた。
「私アレの娘。よろしくね。どうすれば良いかおしえて?」
簡単に挨拶して何をすれば良いのか聞くと、一通りの仕事の流れを簡潔に説明してくれた。
自分の父親と同じぐらいの歳の初対面の大人に、キチンと説明できている。
この子は、なんの問題もないことがわかった。
「了解〜」と応え、2人並んで、淡々と来客を捌きその後は恙無く葬式は始まった。
客足も途絶えたので、席に戻るのかと思い、隣の女の子に声をかける。
「私達もそろそろ行こうか?」
「いえ、私は今日は、ずっとここなんで・・・」
そうゆうものなのか? と、自分もそのまま椅子に座り、台帳などをめくって、やっぱり知らん人ばっかりだな。などと思っていると、扉の向こうでは読経が始まった。
しばらくすると、隣で女の子がポロポロと涙をこぼし始めた。
あ〜そうだ。故人は、私からするとよく知らん人ではあるが、この子にしてみりゃ一緒に暮らしていたおじいちゃん、いや、ひいじいちゃんか、そりゃ悲しいだろうよ。
女の子はハンカチを持っていないようで、手で鼻水と涙を拭い、声を殺すように泣いている。
「使って」
ハンカチを渡すと、フルフルと顔を横に振った。
「ティッシュは?」
それならとポケットティッシュを袋ごと渡すと、おずおずと受け取り、女の子はぺこりと頭を下げた。
「え、えぇ〜と、この度は・・・大変だったね。まだ学生なのにエライね。もうちょっとだけ頑張ろうね」
私はこの、葬式の「この度は〜・・・ごにょごにょ」が苦手なのだ。何度やっても慣れない。
このまま弔問客が来なければ、葬式の帰りに、来てくださった弔問客に、喪主と一緒に、会葬御礼品を手渡し、お礼を述べてお終いだ。
私がそこまでやる義理があるのかわからないが、それをやるのはたいてい一緒に暮らしてる直近の家族で、寺では葬儀場のスタッフがいるわけでも無いので、箱から出して喪主や施主に品物を渡したりする人は必要だろうから残っておく事にした。
その時は、この子も家族と一緒に挨拶するだろうし、私みたいな関係性の薄いのがひとりいたほうがなにかと便利だろう。
そう思って、女の子に改めてお葬式のお悔やみを述べる。
この子は元々今日はずっと受付の仕事だったらしいから、お客さんにずっと頭を下げているし、多分葬式なんて初めてだろうに。と思い、その仕事ぶりも褒めておいた。
すると、女の子はまたポロポロと涙をこぼしながら話してくれた。
「お父さんの時も、あっ前のお父さんの時もやったから大丈夫だと思ったけど、アパートでやるのとでは人数が違った。でも、ひいじいちゃんは本当によくしてくれたから、本当はお見舞いにも行きたかったんだけど、それもダメで、どうしても・・・せめて、お葬式には来たくて」
「え?」
「あっ、私、お母さんの、連れ子で、お父さんは、あっ、前のお父さんは、今のお父さんの親友で、お母さんと私が困ってたから、お母さんと結婚して、私たちの面倒を見てくれるってなったんだけど、私たちはとても感謝していて、でも、お母さんも、今日のお葬式には出れないって言われて、来れなくて、でも、でも、本当に私たちによくしてくれて、一緒に暮らすのもひいじいちゃんが、そうしろってみんなに言ってくれたからで、でも病院には行っちゃダメだって言われたから、私、私っ」
田舎ってクソだなぁぁぁ
私は女の子の話を聞いて頭を抱えた。
つまり、見舞いも断り死に目にも会えず、あげく、葬式にも同席させたくなかったので、受付の仕事をさせる事でお茶を濁したと。
いや、田舎に限ったことでは無いのだろうけど、なんでこうゆうことするんだろう。誰も得しないじゃ無いか。まったく馬鹿馬鹿しい。
「ひいじいちゃんとは仲良かったんだね」
「これもっ! ごれも高校合格祝いにって、一緒にお店に行って買ってくれたのぉぉ」
私が聞くと、女の子は堰を切ったように泣き出し、袖を捲って腕時計を見せてくれた。
SEIKOのクロスシーだ。良い時計だ。いやこれ絶対愛されてたわ。間違いないわ。
私は席を立って、家族席の出入り口から中を伺うと、ご焼香が始まっていた。
ご焼香の後、花を受け取って棺に1人ずつ入れている。アレなら最後にお顔を見れるだろう。
「ご焼香始まった。行こう」
私が誘うと、女の子は「でも・・・」と視線を揺らした。空気を読んで遠慮しているのだろう。なんて良い子なんだ。
「私、ご焼香の仕方わかんないなぁ。教えて下さい。お願いします」
頭を下げ、強引に手を引くと、やっと女の子はついてきてくれた。
しれっとした顔で列の最後尾に並び、2人並んでお香を焚べる。私は女の子を見様見真似て。
女の子は、受け取った花を私に渡したので、私はその花を返してその背を押した。
女の子の視線にウンウンと頷くように振ったアゴを棺桶に向ける。
よく知らん私に花をたむけられるより、仲良く一緒に暮らしていたひ孫からもらったほうが、ひいじいさんだって絶対嬉しいはずだもの。
「ひぃじぃちゃぁぁん・・・」
女の子は、小さくつぶやいて花を棺に入れると、グシュグシュと泣きながら戻ってきた。
見ると誠吾と呼ばれていたやつも、嗚咽をあげて泣いている。コイツはここで普通に泣くんかい! それなら嫁も連れてこいや! とは思ったが、言えるわけもなく、私たち2人はそっと受付の椅子に戻った。
「あっ、あっ、ありがとうぅ、おねいさんっ」
あらやだ、ほんと良い子。若い女の子におねいさん言われちゃった。
イヤイヤ、本来田舎の寺での葬式なんぞ、誰が来ても良かったはずだ。
昔は、その辺をふらっと通りがかって知った、普段着の弔問客もたくさんいたもんだ。
良いんだよ。大丈夫。お葬式は生きてる人間にためにするもんだ。アナタに弔いの気持ちがある限りなんの問題もないんだ。
葬式が終わり、弔問客のお迎えを打ち切ると、香典を束にまとめて特定の袋に入れ、お寺の金庫に保管していてもらう。
予想していた通り会葬御礼品を、喪主の男性に箱から出して手渡す作業を手伝って、そのあとはずっと、母から離れてひ孫の女の子と一緒にいた。
一緒に火葬場まで行き、納棺でお見送りもして、骨まで拾った。
私には違和感しかなかったが、『家族席』の全員がいたし、当然そこには私の母もいたので、席が隣に用意されていた私がいても問題なかったのだと思う。
私は、自分の全然知らん人の葬式に出ている異物の分際で、誰もこの女の子のことを気にかけず、所在無く過ごす女の子が不憫で、周りの配慮のなさに猛烈に腹を立てていた。
各家庭ごとに都合があるだろう。家の中の者ではない者には理解できない事情がそれぞれあるだろう。
だがこの扱いはあんまりじゃないか。と、図々しくも他人のお葬式で不謹慎であることは重々承知の上で、周りの大人みんな死んでしまえ。と、呪いの言葉を唱えるほどにはムカついていた。
あくまで胸の内でだが。
決して顔には出ていなかったと思うが、納骨に戻った寺で、ご本尊である仏像と目があった。
私は顎を上げ、堂々と墓石前までついて行って、そこにいて当然のように振る舞い、誰かに何か咎められることもなく、式はとうとうおひらきとなった。
「いろいろ教えてくれてありがとうね」
最後に女の子にお礼を言って別れた。
誠吾に背中をさすられる件の女の子と共に、父娘そろって何度も頭を下げられた。
喪主と喪主の母に「謝礼です」と、渡された茶封筒を固辞したが「ここはもらっておくのが礼儀だ」と母に言われ、受け取ってお互いに頭を下げあった。
改めて女の子に向かって、バイバイと小さく手振って振り返ると、母は不機嫌を隠すことなく「アンタっていっつもそうよねぇ」と嫌味ったらしく言ってきたので、軽口を返しておいた。
「知ってた? あの子ひ孫だってよ。私なんかより全然家族じゃん」
「アンタねぇ〜」
「むしろ、最後までいた私らの方が不思議なんだけど。故人とどんな関係なの?」
「アンタには関係ない!」
「んじゃもう次から私の知らん人の葬儀は出なくて良いよね。東京から来るのにいくらかかると思ってんの?」
母は、口答えする私をギッと睨むと、さっさと送迎バスに乗り込んでしまった。
私はおそらく『本家』の長子として出席したのだろう。
継ぐものも無いのに、家を継いだ弟が、当主のくせにどうしても仕事を休めなかった。と、母はブチブチ言っていたので、それかな。と思った程度だが、それも正直どんな関係があるのかわからない。
だって件の大伯父の家は『分家』にも当たらないわけだし・・・。
葬儀の夜、布団の中で色々考えてたらめんどくさくなった。
祖父が亡くなり、弟がこの家を継ぐ際、“財産分与の一切の放棄”に、なんの説明もなく署名させられた身としては、もう何もかも関係ない。と、割り切って良かったのだ。
翌朝、居心地の悪い仏間で目を覚ました私は、さっさと東京に帰りたかったが、車を出してくれないと最寄り駅まで行けないので、母の手が空くのをバカみたいにただ待っている。
以前に一度、勝手にタクシーで帰ったら、それはそれは人様に聞かれたくないような罵りの電話が入ったのだ。
微塵も理解できないが『特別な理由も無く相手を待たせる』こんなことが気分が良いのだろう。母の気が済むまで、私は諦めて何もせずに待つしかないのだ。
田舎の駅なので、始発と最終でもない限り、新幹線の予約の切符は取りやすいのが救いだが、遅くなると品川から最寄駅までの電車が混むので憂鬱だ。
台所のダイニングテーブルでは、母とどこそこのおばさんが、会葬御礼品の和菓子の箱を開き文句を言い合っていた。
「まぁ! 何某屋の折詰をこのサイズで・・・驕ったね」
「やっと当主になったもんだから」
「普通はこれのもうひまわり小さいサイズよね。あったわよね」
「この大きいの一個、余分よね。見栄張ったわねぇ」
そんな会話をしているもんだから、そのお菓子ここでは相当良いモノなのだろう。と期待した私は、母とどこそこのおばさんの分もお茶をいれて、いそいそと同じテーブルに座った。
「母さんも食べる?」
「いらなぁい」
ですよね。知ってる。アナタ、和菓子嫌いだもんね。
オバサンも要らないらしい。じゃ、1人で頂いちゃおう。と、皿にとりわけ、フォークで一口大に切り、口に入れるが、なんの事はない普通の練り切りだった。
「別に、普通だね」
まあ田舎だしこんな物かと、少々がっかりしてもそもそと食べていると「なに? 美味しくないの?」と、母が聞いてきた。
「いや、美味しいよ。普通の練り切り。甘さ控えめで」
「じゃぁなんなのよ」
「いや、そんな風にいうなら、どんだけ美味しいのかなってちょっと期待しただけ」
「なんですって!?」
「人の葬式にはね、こうやって文句つけるもんなのよ」
声を荒げる母と、苦笑いで取り繕うように弁明するおばさまに、そんな話聞いた事ねぇや。と思ったが、言ってもしょうがないので、代わりに母親が知らん情報を与えておく。
「へぇ、そうなんだ。あぁ、そうだあの子の親、死別らしいよ。ウチと一緒じゃん」
「全然一緒じゃないわよ!」
続けて何か喚いていたが、全て無視した。
ほとほと愛想が尽きた。
どうせここにはもう、用がなければ来るつもりはないし、その用事も、この知らん人の悪口を垂れ流している目の前の女の葬式だろう。
それすら許されるのなら無視したいのだが、それはその時考えれば良いか。
私のスマホの番号も知らないだろう弟から、連絡が来るかどうかもわからないし。
私は、機嫌を損ねた母が、快く私を駅まで送ってくれるとは思えなかったので、さっさとタクシーを呼んで、さっさと東京に帰る事に決め、さっさとスマホのアプリを起動させた。
框に座り煙草を吸いながら待っていると、タクシーは速やかに家の前に着き、私は玄関で「んじゃ帰るね」と一声かけたが、返事は無いので後ろ手に扉を閉める。
もしかしたら、これが最後の別れになるかも知れないけど。そう決めて終えば、怖れていたほど特段何の感慨もわかなかった。
むしろ、タクシーが実家から離れてゆくにつれ、清々した気持ちで満たされてゆく。
窓の外、背後に流れて行くご褒美のような景色を眺め見る。
私は、今回のお葬式に出席できた事に、心から感謝した。
「これは、少なからずお役に立てたと言うことかしら・・・」
見知らぬ大伯父さま。この度はこのような機会をいただき、本当にありがとうございました。そしてどうかこれからは安らかに。