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悲鳴をあげたところまでは覚えているけどそのあとはぜんぜんわからない。
気がついた時にはベッドに寝ていて、そばにヴィクトルがいた。
「アリーシャ、気がついたか?」
ヴィクトルの顔は真っ青だった。私が目を開けるとすぐにギュッと抱きしめてきた。
うわぁ⋯⋯、いつものハグよりもめちゃくちゃ激しいんですけど⋯⋯?
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「三日も眠っていた。何があったか覚えていないのか?」
眠っていた? え? 意識不明だったってこと?
「⋯⋯思い出した、キャンディから落ちたんだよね。約束を破ってごめんなさい」
「謝らなくていい。目が覚めてほんとうによかった」
私を抱きしめたままヴィクトルは大きく息を吐いた。まるでずっと息をしていなかったみたいに深く。
あとから執事さんやバネッサに聞いたんだけど、ヴィクトルは一睡もしないで私のそばにいて、ずっと話しかけていたんですって。
数日したら私はすっかり元気になったんだけど、ヴィクトルは、
「ふたりだけの家族だと言ったのはおまえだぞ⋯⋯。二度とこんなに心配させるんじゃない。まだ歩くな、連れて行ってやる」
と言って、私を歩かせてくれなくなっちゃった。
「私、もう十歳だよ?」
「まだ十歳だ——」
「過保護だって笑われるよ?」
「笑う奴は首にしてやる」
「お兄ちゃま⋯⋯」
どこに行くにも抱っこしてくれるのは楽ちんだけど、ちょっと恥ずかしい⋯⋯。
お屋敷のみんなも私のことを心配してくれたみたい。執事さんはずっと教会で祈ってくれたんだって。
バネッサは何歳も歳をとったみたいにげっそりしていた。
そして他の侍女さんたちも従者さんたちも苺農園で働く農夫さんたちも、みーんな私が元気になったことをものすごく喜んでくれた。
みんな、ごめんね。そしてありがとう⋯⋯。
あーあ、時間が止まってくれないかなあ。
そうしたらみんなとずっと一緒に暮らせるのになあ。
だけどそんなことができるわけはなくて、私はとうとう十五歳になった。