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 今日は私の四歳の誕生日。

 ヴィクトルがものすごい量のプレゼントと一緒に帰ってきたの。

 びっくりでしょ?


「これ、全部でちゅか?」

「どれがいいかわからなかったから結局店を買い取った」

 うわあ、さすが公爵様だよ一般人とは違うよ⋯⋯。


 お人形が二十体にぬいぐるみが三十個、おままごと道具もたくさんで、子供部屋に入りきれなくて廊下にもあふれいてるほどなの。

「ついでに服も買った」

 可愛いドレスがズラーッとハンガーに並んでいて、それぞれにお揃いの帽子や手袋、そして靴がついているの、すごいでしょ?

「まあ、なんて素晴らしいのでしょう! アリーシャ様、さあ、お兄様にハグをしてお礼を言いましょうね」

 いやいや、ハグはもういいよ。また無視されるだけだから。

 と思っていたらバネッサがまたしても私の背中をポンと押した。

 テチテチテチ——うわあ、またこの状況だよ。

 とりあえず両手を前に出すしかないよね。

「ありがとうでちゅ」

「うむ——」

 ヴィクトルが相変わらずテンション低めに呟いた。


 だけど、なんと——!

 ヴィクトルは私の前に膝をついたの!?

 そして両手を大きく広げ、たくましい胸の中に私を抱き入れたんですけど??


「よかったですね、アリーシャ様!」

 バネッサが感動している。

 執事さんはハンカチで涙を拭っている。

「だんな様、ご兄妹きょうだいの仲がよろしいのは、ほんとうに素晴らしいことでございます⋯⋯」

「泣くほどのことか?」

 ヴィクトルが苦笑した。


 私はヴィクトルの腕の中で固まっていた。

 うわぁ、ハグされちゃってるんですけど⋯⋯?

 だけどあんまり嫌じゃなかった。

 家族のハグってすごく温かくて安心できるって初めて知ったよ。

「誕生日、おめでとうございます、アリーシャ様!」

 私の幸せな暮らしは残り十二年になった。


*****


 この四歳の誕生日から私とヴィクトルの関係がちょっと変わったような気がするの。

 騎士団の陣営から屋敷に帰ってきたら、ヴィクトルは私に話しかけてくれるようになったから。

 そしてある日、ダンスの練習も見に来てくれたの。


 公爵家のご令嬢ともなれば四歳からダンスのレッスンが始まるんだけどね、両手と両足を複雑に動かすダンス——私、これ、すっごく苦手。


下手へただな——」

 ピンクのとっても可愛いドレスを着た私がダンスの先生にステップを教えてもらっていたら、ヴィクトルが壁に背中をつけて腕組みをして、いつものようにテンション低めにぼそっとそう呟いた。

 ヴィクトルは白いシャツ姿でボタンを三つも外しているからたくましい胸の筋肉が丸見え。

 ダンスの先生は若い女の人なんだけどヴィクトルを見つめてうっとりしている。


「だって、難しいでちゅ⋯⋯」

 私が言うと、

「俺が教えてやる」

 ヴィクトルが近づいてきた。


 え?

 あなたが教えてくれるんですか?

 もしかしてスパルタ? できなかったら叩くつもり?

 そう思って怯えたけど違った。

 ヴィクトルは私をひょいと持ち上げると自分の足の上に乗せたの。

 びっくりだよ、何をするつもりなの?


「おおまかな動きだけ覚えたらいい。あとは男性のリード次第だ」

「は⋯⋯、はいでちゅ⋯⋯」


 いち、に、さん——。

 いち、に、さん——。


 ヴィクトルが右足を出すと、ヴィクトルの上に乗っている私の左足が後ろに下がる。


 いち、に、さん——。

 いち、に、さん——。


 ヴィクトルが左足を下げると、ヴィクトルの上に乗っている私の右足が前に出る。


 おお!

 いいね、これ、わかりやすいね!!

 あんなに難しかったステップがどんどん頭に入ってくるよすごいねヴィクトル!


「できるようになったじゃないか」

「はいでちゅ!」

 リズムに合わせて体を動かすのってものすごく楽しい。

 思わずニコニコになっちゃうよ。


「楽しいか?」

「はい! えへへ⋯⋯」

 するとヴィクトルは私をふわっと持ち上げて、くるっとターンをさせてくれた。

 ピンクのドレスがひらりと大きく広がってすっごくきれい。

 うわぁ、私、ワルツを踊っているよ!


「お兄ちゃま、ダンス、楽しいでちゅ」

「——よかったな」

 ヴィクトルがほんのちょっとだけニコッとした。

 ダンスの先生が、「仲の良いお兄様と妹様ですね」と微笑む。

 お兄様と妹——かあ⋯⋯。

 たとえ今だけでも私のお兄様になってくれてありがとう⋯⋯。

 この時私は素直にそう思ったの。


 だけど楽しい時間ほどあっという間に過ぎていくのよねえ。

 五歳の誕生日にヴィクトルはまたたくさんのプレゼントをくれて、六歳の時にはもっともっとたくさんくれた。

 そして私は、十歳になった⋯⋯。


*****


 今日は私の十歳の誕生日——。

 誕生日の朝はものすごくいい知らせからスタートしたの。

 バネッサが慌てて寝室に入ってきて暗い顔をしてこう言ったから。

「アリーシャ様、叔父上様のことですが⋯⋯」

「トムおじさんのこと?」

「はい。永久投獄が決まったそうでございます」

「まあ⋯⋯」

 枕に顔を伏せて私はショックを受けているふりをしたけどほんとうはすごく嬉しい。

 やったー、って両手をバタバタしたいぐらい嬉しい。


 だって、トム・バルタリンおじさんは私を偽者の妹にした張本人で、今では私の叔父であるという地位を利用して公爵家の財産を横領している悪人。

 じつはね、半年ほど前に公爵家の農地管理人をしているトムおじさんが横領しているという怪文書が公爵家に届いたの。

 もちろん、書いたのは私。

 三歳から頑張って勉強してきたから、それぐらい書けるようになったのよ。

 トムおじさんは取り調べを受けた。そして今日裁判の判決が出たの。

 ああ、実刑が出てよかった!

 これでトムおじさんは牢獄行きで私の前から消えた。

 私がおじさんの悪事に巻き込まれて悪いことをする恐れも無くなった。


「アリーシャ様、元気を出してくださいね。今日のお誕生日パーティには、アルベルト様の甥御さんのアラン様もいらっしゃるそうですよ。とってもハンサムな王子様のような少年らしいですから、楽しみですね」

 アルベルト・モルト伯爵の甥っ子のアラン?

 なんだか聞き覚えがあるような⋯⋯。

 あ、そうだ!

 このアランって、ヴィクトルの本当の妹のルイーザを屋敷に連れてくる男の子だ。

 たしか、旅行先でヴィクトルによく似た孤児の女の子に出会って、一目惚れするんだよね⋯⋯。

 物語りのラストでアランとルイーザはヴィクトルたちに祝福されながら結婚する——つまり、アランは男主人公なんだよね!?


「アリーシャ様、今日はお誕生日ですから、お兄様からプレゼントして頂いた真っ白なドレスはいかがですか?」

「う⋯⋯、うん⋯⋯」

 急にどよ〜んと気分が落ち込んじゃった。

 ほんわか気分だったけど、今日が十歳の誕生日ということは、私が偽者だってわかるまであと六年になっちゃったんだよねえ⋯⋯。

 しかもルイーザを発見するアランまで来るなんて⋯⋯。


「さあ、お着替えしましょうね」

 ヴィクトルからプレゼントされた白いドレスはシフォンの飾りがたくさんついていてとっても可愛い。

「なんてお可愛いんでしょう。アリーシャ様はなんでもよくお似合いですね」

「ありがとう、バネッサ」

 六年後のことは考えたって仕方がない。今日は私の誕生日、楽しもう!

 気分を切り替えて居間に向かった。


 居間に行くと、暖炉の前はプレゼントの山ができていた。文字通り『山』で天井に箱が付きそうだ。

 ヴィクトルは誕生日ごとにものすごくたくさんのプレゼントをくれる。

 ドレスはもちろん、お人形にぬいぐるみ、大きくなってからは高価な宝石がついたティアラや首飾りも。

 あまりにもたくさんのプレゼントをくれるから、お屋敷の三階の二つの部屋は私専用になったぐらいだ。


「すっごく嬉しいよ、お兄ちゃま!」

 私は駆け寄ってヴィクトルにぎゅーっとハグをした。

 ヴィクトルもギュッと抱きしめてくれる。

 幸せと安心がシャワーみたいに降ってくる——ヴィクトルのハグってそんな気持ちになるから大好き。


 居間にはアルベルト・モルト伯爵と見知らぬ男の子もいた。

「甥のアランです」

 伯爵がにっこりと笑みを浮かべて紹介してくれたのは、伯爵と同じ栗色の髪の可愛い男の子。バネッサが言ったとおり王子様みたいに品がある。

「こんにちは」

 と私が言うと、

「こ、こんにちは⋯⋯。アラン・モルトです」

 アランはもじもじと下を向いた。

 あら、可愛い。恥ずかしがり屋さんなのね。

 この子に恨みはないけどちょっと複雑な気持ちになるな。

 この子がルイーザに一目惚れしなかったらルイーザが屋敷に来ることはなかったのになあ⋯⋯。

「アリーシャ様があまりに可愛らしいのでアランは照れているようです」

 モルト伯爵がからかうとアランは真っ赤になった。


「どうでしょう、ヴィクトル様。アリーシャ様とアランは似合いのカップルになりそうではありませんか?」

 え?

 それって私とこの恥ずかしがり屋くんをくっつけようとしているの?

 するとヴィクトルが不機嫌な顔をして、

「馬鹿なことを言うな、結婚など百年早い」

「百年ですか?」

 伯爵が驚く。

 百年?

 私もびっくりしちゃった、百年ってありえないよね。


「嫉妬ですね、ヴィクトル様?」

 伯爵がケラケラと笑い出した。モルト伯爵はすぐに笑い出しちゃうとっても楽しい人だ。

「ふざけるな——。アリーシャ、こんな奴は放っておいて庭に行こう。プレゼントがあるぞ」

「庭に? どんなプレゼントなの?」

 ワクワクしながら中庭へ出ると、そこにいたのは白いポニーだった。

「わぁー! ポニーだ!!」

 十歳の女の子にぴったりの大きさのとっても可愛いポニーだ。

 私は駆け寄ってポニーの首にギュッと抱きついた。

「名前はキャンディでございます」

 執事のおじいさんが教えてくれる。

「キャンディ? すっごく可愛いね。お兄ちゃま、乗ってもいい?」

「いいが、ひとりの時に乗ってはだめだ。誰かが手綱を持っている時だけだ。わかったな——」

「はい!」

 私はヴィクトルと約束した。

 だけど、守らなかったの。

 夕食の後でこっそり厩舎きゅうしゃに行って、キャンディに乗ってしまったの。

 きっとキャンディは機嫌が悪かったのね、急に前足を高く上げて暴れ出して、私は地面に叩きつけられた——。


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