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「公爵様、失礼致します。アリーシャ様をお連れいたしました」
公爵家にふさわしい豪華な居間だった。
猫足のソファにテーブル、壁には公爵家のご先祖の絵がいっぱいだ。
庭が見える大きな窓があって外はテラスになっている。窓の手前にふたりの若い男性が立っていた。
ひとりはプラチナブロンドで、もうひとりは栗色の髪。
ヴィクトルはプラチナブロンドだから、たぶんこっちがヴィクトル・フォン・アントワ公爵ね。
兄と妹は十八歳差、だからえっと⋯⋯。
私は両手を広げて小さな指を折り曲げながら数えた。
わかった、ヴィクトルは二十一歳だ!
「さあ、アリーシャ様、お兄さまにハグをなさってくださいね」
え?
ハグ?
この人にハグ?
いやいやいや、それちょっと困るんですけど。
窓辺に立っていたヴィクトルは私をチラッと見ただけで黙っている。どう考えても妹に会えて嬉しいって態度じゃない。
「さあ、アリーシャ様!」
バネッサが私の背中をポンと押した。
「あっ!」
トコトコトコ——って前に出ちゃったんですけど、どうすればいいの!?
「お⋯⋯、お兄ちゃま⋯⋯」
とりあえず両手を上げてみよう。
すると——。
私はヴィクトルに完璧に無視された。
だけどね、妹に冷たい兄だけど、ほんとうに美しい人だなぁ——とは思ったの。
プラチナブロンドの髪は宝石みたいに輝いているし、瞳はうっとりするほどきれいな紫色をしている。
動いたり喋ったりしなかったらお人形さんだって信じちゃうほど完璧な顔をしている。
服は黒い騎士服で、たしか今のヴィクトルは騎士団の副司令官だったはず。十三年後には最高司令官になるんだよね。
私は怖さを忘れてぼーっとヴィクトルに見惚れてしまった。
「アリーシャ様、大きくなられましたね」
ヴィクトルの隣にいる男性がニコッと笑って私を優しく抱き上げた。
この人、誰だろう?
「わたくしを覚えていらっしゃいますか? アルベルトですよ」
アルベルト?
ああ、思い出した。この人はヴィクトルの右腕のアルベルト・モルト伯爵だ。
「伯爵ちゃま?」
「ええ、そうです。アリーシャ様はお利口さんですね」
頭をなでなでしてくれる。
「ヴィクトル様、アリーシャ様はこんなに大きくなられましたよ。一年前にお会いした時はまだオムツをしていらっしゃったのにもうおパンツを履いていらっしゃいますよ」
おパンツ⋯⋯?
「オムツからおパンツですよ? すごい成長だとお思いになりませんか?」
おパンツの話題はちょっと恥ずかしい⋯⋯。
「それにしても今日はお天気がいいですね」
おパンツの話題が終わってホッとしたら、アルベルト・モルト伯爵は私を抱いたまま両開きの大きな窓から庭が見えるテラスに出た。
可愛らしい丸いテーブルと椅子。お茶の用意がされている。
伯爵は私を優しく椅子に座らせてくれた。
テーブルには生クリームがたっぷりかかったストロベリー・クリームもある。
「この苺はアリーシャ様がお育てになりました。アリーシャ様は『金の手』をお持ちだと評判でございます」
侍女のバネッサが説明すると、ヴィクトルが私をジロリと見た。ものすごく冷たい視線だ。思わずドキッとしておパンツにお漏らししちゃいそうになったよ⋯⋯。
「アリーシャが金の手だと?」
「はい。アリーシャ様は毎日のように苺畑に行かれてお手伝いをされています。アリーシャ様が世話をされた苺はとても成長がいいのです」
「ほお——」
ほお、とか言いながらも興味なさげでテンションも低い。
「ヴィクトル様、ではわたくしは馬たちの様子を見てきます。長時間走らせましたからね」
「ご案内いたします」
「兄と妹、水入らずがいいでしょう」
「はい」
え?
バネッサと伯爵は行っちゃうの?
ふたりだけにしないでよ、何を話したらいいのかわからないよ。
お天気の話でいいのかな? いやいや三歳児がお天気じゃ変だよね、どうしよう⋯⋯。
考えているとヴィクトルが人形みたいに整った顔を少しだけ顰めた。
「おまえが俺の妹とは思えない⋯⋯」
えええええっ!?
もしかしてアリーシャが偽者だってもう知ってるの?
お芝居の中では十三年後に知るんだよね?
アリーシャが十六歳になった時に偽者だってわかるんだけど、ここでは違うの!?
うわぁ、どうしよう? どうしたらいい?
私はここで殺されるってこと?
早く逃げなきゃ! でもどこに? どうやって?!
頭の中が真っ白になったとき、ヴィクトルが優雅な仕草で紅茶を飲みながら話を続けた。
「アントワ公爵家にはシルバーブロンドの髪しか生まれないというわけでもないらしい」
「え?」
髪色の話なの?
私がハニーブロンドだから『妹だとは思えない』って言っただけなの?
偽者だってバレたわけじゃないのね、ああ、よかったぁ⋯⋯。
ホッとしたらものすごく疲れて三歳児とは思えないぐらい大きなため息をついちゃった。
「どうした——?」
「⋯⋯な、なんでもないでちゅ」
「食べないのか?」
そんな怖い顔でじーっと見られたら食欲もなくなるんですけど⋯⋯。
だけどそうは言えないから私は頑張ってニコッと笑った。
「た⋯⋯、食べまちゅ!」
ストロベリー・クリームのグラスに手を伸ばす。
だけどその時——。
「あっ⋯⋯?」
三歳児の頭は重くてバランスが悪くって、ぐらっと体がかたむいてそのまま椅子から落ちた。
い⋯⋯、痛い⋯⋯。頭を打っちゃったよ⋯⋯。
「痛いでちゅ⋯⋯」
ヴィクトルは「大丈夫か」とも言わなかった。
黙って紅茶を飲んでいる。
三歳児が椅子から落ちて頭をゴッツンしてるんですけど?
「だ⋯⋯、だ⋯⋯、大丈夫でちゅ」
いいもんね、ひとりで椅子にのぼるもんね、できるもんね!!
私は必死に頑張って椅子によじ登った。
そして三歳児に似つかわしくないほど大きなため息をまたついた。