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「おやつの前にお着替えをしましょうね」

 豪華でとっても素敵な部屋に連れて行かれた。

 たぶんここは子供部屋。

 壁は上品な桃色。窓にはレースのカーテンがかかっていて柔らかい風にふわりと揺れている。

 大きな白いソファもあって、ピンクや水色のパステルカラーのクッションがいっぱい並んでいる。

 うわぁ、隅から隅まで完璧なお金持ちのご令嬢のお部屋だぁ⋯⋯。


「おぐしを整えましょうね。ほんとうにアリーシャ様は可愛いですね」

「⋯⋯可愛いでちゅ」

 思わず呟いてしまったのは鏡の中の私がとても可愛かったから。

 背中まで届く長くて美しいハニーブロンド。前髪は眉オン。大きな目。そして瞳は春の青空のように明るいブルーだ。ふっくらほっぺはまん丸だ。

 うん、ほんとうに可愛いなぁ。

 孤児だったときはガリガリに痩せて灰色の顔をしていたのにねえ⋯⋯。


「こちらのドレスはいかがですか?」

「それ、好きでちゅ」

 着替えたのはピンクのドレス。可憐な小花の刺繍がいっぱいでこれもとっても可愛い——って、うっとりしかけてハッと思い出した。

 だめだめ逃げなきゃ!

 あいつに殺されちゃう!!


「あのお⋯⋯」

「はい、なんですかアリーシャ様?」

「お兄ちゃまはいつ帰るんでちゅか?」

「やっぱりお寂しいのですね。もう一年近くもお帰りじゃありませんものね」

 え? 一年? そんなに留守なの? 

 もしかしてヴィクトルは留守がちってこと?

 気持ちが一気に明るくなった。


「おやつはスコーンでよろしいですか?」

「はいでちゅ!」

 湯気の立つ焼きたてのスコーンとたっぷりのミルクティがテーブルに並ぶと甘い香りが部屋に広がる。

 スコーンの上にはクリームとツヤツヤ光る宝石のような苺ジャムがたっぷり乗っている。

 スコーンも苺ジャムも名前だけは知っていたけど食べたことはなかった。どんな味がすんだろう?


「ストロベリー・クリームもご用意いたしましたよ」

 ストロベリー・クリーム?

 それってなんだろうと思ったら、キラキラ光るガラスの器に真っ赤な苺が並んでいてその上にたっぷりの生クリームが乗ったデザートが出てきた。


「さあ、アリーシャ様、アーン」

「アーン⋯⋯」

 生クリーム、とっても甘ーい!

 甘酸っぱい苺と一緒に食べるとものすごく美味しい!!

 ああ、なんて幸せなんだろう⋯⋯。

「帰ってこないならしばらくは心配ないでちゅね」

「え?」

「なんでもないでちゅ。もう一つ食べるでちゅ」


 とりあえず今はこの時間をたっぷりと楽しもうと思いながら、自分が置かれた状況を考えた。

 『すり替えられた令嬢』はとても人気があるお芝居だ。

 主人公はルイーザという女の子。

 本当は公爵家の娘だけど悪人の悪巧みのせいで孤児になった。

 孤児になったルイーザは貧乏で苦労しながらもみんなに愛されて育つ。

 そしてある日、偶然公爵家を訪れた。


 自分が公爵令嬢と知らぬまま、兄のヴィクトルと、偽の妹のアリーシャと出会った。

 偽の妹のアリーシャ(この子が今の私)は自分が偽者だとバレるのを恐れてルイーザをなん度も殺そうとする。

 だけどアリーシャの十六歳の誕生日の舞踏会で、ルイーザこそが本当の妹だという事実が明らかになるのだ。

 兄のヴィクトルは悪の限りを尽くした偽者のアリーシャを剣で刺し殺し、本当の妹のルイーザを抱きしめる。

 ⋯⋯というのが、『すり替えられた令嬢』のあらすじだ。


 だからつまり、私が偽の妹のアリーシャになったということは、十六歳になったら兄のヴィクトル・フォン・アントワ公爵に殺されるということなの。


「怖い未来でちゅね⋯⋯」

「え?」

「なんでもないでちゅ、もう一個スコーンを食べるでちゅ」

 だけどまあ、とりあえず、今はこれでいいんじゃない?

 公爵が留守がちならしばらくの間は心配しないでいいってことだから。

「アリーシャ様、ミルクティーもお飲みくださいね」

「はいでちゅ!」

 小さな両手でカップを握りしめて、甘くて温かいミルクティーをたっぷり飲んだ。


 ああ、美味しい⋯⋯と、幸せなため息をついた時、急に部屋の外が騒がしくなった。

 なんだろう?

「公爵様がお帰りになりましたよ、さあ、みんなお迎えの用意をして!」

 執事のおじいさんの緊張した声が聞こえてくる。

 公爵?

 ってつまり兄のヴィクトルのことだよね?

 私を殺す兄が帰ってきちゃったの? 留守がちって言ってんじゃないの?


「アリーシャ様、お兄様がお帰りですよ、よかったですね」

「う、うん⋯⋯」

『すり替えられた令嬢』の中のヴィクトルは、赤ちゃんの頃から知っているアリーシャを容赦なく切り殺した。

 いくら偽者だったからってちょっとひどいよね。

 そんなことができるってことはきっとものすごーく冷酷な人間ってことだよね。

 ああ、どうしよう、会うのが怖い。

 やっと幸せになれたと思ったらもう殺されてしまうなんて⋯⋯。


「三歳になったお姿を公爵様にお見せしましょう、きっと『大きくなった』と褒めてくださいますよ」

「⋯⋯え? 三歳?」

 私ったらうっかりさんだよ大事なことを忘れていた。

 アリーシャが殺されるのは十六歳の誕生日。だから十三年後なんだよね。

 ふうぅ⋯⋯、よかったぁ⋯⋯。


「さあ、行きましょう」

「はいでちゅ⋯⋯」

 だけど十三年後に私を殺す相手だということに変わりはないし、そんな男に会うと思うとものすごくドキドキする。


「どうなさいました、アリーシャ様?」

「お手々を繋ぐでちゅ」

「はい、ご一緒にいきましょうね」

 バネッサがにっこり笑って手を握ってくれた。

 私はバネッサの手をぎゅっとつかんで部屋をでた。

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