12
私はすぐにその女の子がルイーザだってわかった。
だって、ヴィクトルと同じ宝石のように美しいシルバーブロンドの髪をしていて、瞳はやっぱりヴィクトルと同じ神秘的な紫色だったから。
人形のように整った美しい顔もヴィクトルによく似ている。
間違いなく、この女の子はルイーザだ⋯⋯。
やっぱり現れちゃったんだ、その時が来ちゃったんだ。
私は胸がドキドキしてきた。
ドキドキ、ドキドキ、心臓が壊れてしまいそうだよ。
ルイーザが向こうから真っ直ぐに私とヴィクトルの方に歩いてくる。
距離がどんどん近くなっていく。
きっとヴィクトルはルイーザにすぐに気がつく。
そして私とルイーザを見比べて、「アリーシャ、おまえは偽者だったのか!」って驚く。
だってヴィクトルは若くして騎士団長になるほど頭脳明晰なんだもの、すべての事情があっというまに理解できるはず。
ああ、どうしよう!
私は両手をギュッと握りしめた。
だけど——、
「顔色が悪いぞ、どうした?」
ヴィクトルはルイーザが視線に入ったはずなのに興味を引かれない。
「あの⋯⋯、えっと⋯⋯」
「気分が悪いのか?」
「か⋯⋯風邪かも⋯⋯」
「帰ろう——」
私はものすごーくほっとした。
この瞬間が絶対にいつか来ることは覚悟していたのに、いざその時になると身体中が震えるぐらい怖かった。
屋敷に戻ってもまだ震えていた。私はすぐにベッドに潜り込んだ。
ヴィクトルは「風邪だろう」と言って医者を呼んでくれて、バネッサは甘くて温かいジンジャーハニードリンクを作ってくれる。
「アリーシャ様、ご気分はいかがですか?」
「大丈夫、ありがとう⋯⋯」
バネッサとヴィクトルに心配されながら私は思った。
——やっぱりルイーザは現れたのね、私がここから出て行く日がとうとうやってきたんだ。
『虐げられた令嬢』ではルイーザは伯爵の甥っ子のアランと一緒に屋敷に来る。
明日来るのかな? 明後日かな?
のろのろと時間が過ぎていき、三日後、私が苺畑にひとりでいる時に、ルイーザもまたひとりでやってきた。
「あのお、アントワ公爵家はこちらでしょうか?」
「え?」
不意をつかれるってこういうことを言うのかな。
つやつやとした葉っぱに水をかけながら、色々なことを考え過ぎて頭がぼーっとしている時に、後ろから声がした。
振り向くと、シルバーブロンドの女の子が緊張した顔で立っている。
ルイーザだ。
アランと一緒じゃなくてひとりで来たんだね⋯⋯。
私が黙っていると、もう一度ルイーザは、
「こちらはアントワ公爵家でしょうか?」
と聞いた。
うん、ここがあなたのほんとうのお家だよ⋯⋯。
「はい、そうです⋯⋯」
「わあ、よかった。とっても広いんですね、迷ってしまいました」
にっこりと笑う笑顔がお人形さんみたいにきれい。
「何かご用ですか?」
聞いた私の声、ちょっと震えてる。
「じつは、あの⋯⋯。子供の頃から持っている指輪があるのですが、その指輪の模様が、こちらの公爵家の紋章と同じだと言わたんです。それであの⋯⋯、私は孤児で身寄りがないので、もしかしたら私のことをご存知の方がこのお屋敷にいらっしゃるかもと思って、聞きにきました」
「指輪⋯⋯?」
「はい、これです」
それは見事なエメラルドの指輪だった。アントワ公爵家の紋章が入っている。
そういえばヴィクトルが、『代々伝わる指輪がなくなった。父が馬車の事故に会った時に行方がわからなくなった』と言っていたけど、きっとこの指輪がそれなのね。
誰かが盗んだんじゃなくてルイーザが持っていたのね。
この瞬間、私の頭の中に、悪い考えがいっぱい浮かんできた。
このまま指輪を受け取って隠してしまえば証拠がなくなる——とか。
このままルイーザをどこかへ連れてって遠くへ行く船に乗せてしまえ——とか。
そんなことが浮かんできたの。
うわあ、怖っ⋯⋯。
「あのお⋯⋯、お屋敷にどなたか指輪のことがお分かりになる方はいらっしゃいますか?」
どうしよう⋯⋯。
どうしたらいい?
だけど結局、私はこう答えた。
「ええ、いますよ。今日はこちらの領主のヴィクトル・フォン・アントワ公爵がご在宅です。このまま真っ直ぐ進んでお屋敷に行ってください」
「ありがとうございます!」
元気に答えてルイーザは歩き出した。
途中で苺の苗をぐしゃぐしゃっに踏みながら⋯⋯。
ルイーザはあんまり農作物に興味がないみたいだね。
ああ、とうとう終わっちゃった。
泣きそうになったけどやらなきゃいけないことがいっぱいあるの。
急いで屋敷に戻って、自分の部屋のデスクの奥に隠していた金貨の小さな袋を取り出す。
ヴィクトルへの手紙はそっとデスクに置いた。
苺畑にもう一度戻って、苺の生育をチェックする。うん、大丈夫。今年も豊作間違いないね。
それからくるっと振り返って屋敷を見つめた。
「執事のおじいさん、腰が悪いんだからあんまり無理をしないでね。私がポニーから落ちて怪我をした時は徹夜でお祈りしてくれてありがとう、すっごく嬉しかったよ」
涙が出そうになってきたけどだめだめ泣いちゃだめ。あっさりと出て行くって三歳の時に決めたんだから。
「バネッサ、いつも優しくしてくれてありがとう。可愛い赤ちゃんを産んでね。きっといいママになれるよ。だってバネッサが私のママだったらよかったのにって、ずっと思っていたから⋯⋯」
どうしよう涙を止められないみたい⋯⋯。
「お兄ちゃま⋯⋯」
お屋敷の景色をしっかり見ておきたいのに涙で曇って見えなくなっていく。
「ほんとうに大好きだよ⋯⋯」
公爵家の令嬢として最後の挨拶。
「さようなら⋯⋯」
私は、お姫様みたいに優雅に膝を折って、お別れを言った。