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「おまえみたいな女が俺の妹をかたっていたとは虫唾むしずが走る!」

 ヴィクトル・フォン・アントワ公爵はアリーシャの胸に剣を突き刺した。

「お兄さ⋯⋯ま⋯⋯」

 悪の限りをつくしたアリーシャは、死んだ。


 〜舞台『すり替えられた令嬢』より〜




 このシーンになると、芝居を観にきた観客たちが「ざまぁみろ!」と叫んでものすごく喜ぶの。

 みんなこのシーンが大好きなのね。


 だけど私は苦手なの。


 アリーシャはずっとお兄様が大好きで、だけど愛してもらえなくて悲しくて、そのせいで悪い事をいっぱいしたんでしょ?

 もしもお兄様がアリーシャに優しくしてあげていたら、アリーシャだって悪いことをしなかったかもしれないじゃない?

 違うかな⋯⋯?


「おいノロマ! ぼーっとしてないで掃除しろ!」

「は、はい!」


 芝居を観ていた私は座長ざちょうに思いっきり殴られた。

 ここは芝居小屋で私の仕事は床掃除。

 床に這いつくばってナッツやタバコやお菓子を掃除するの。


 名前は⋯⋯恥ずかしいけど、ないの。

 だって私は孤児だから。

 みんなが私を呼ぶときは「おまえ」とか「おい」とか「ノロマ」とか、そんな感じ。


 たぶん十五、六だと思うの。誕生日がわからないからはっきりしないのよねぇ。


 人生は全て舞台——とは、芝居の台本を書くおじさんが言っていた言葉。


 もしそうなら、

「私、別の舞台に行ってお金持ちのお嬢様になりたいなぁ⋯⋯」

 そう呟いたのが最後だった。


 痩せ細って骨だけの手からホウキをポトッと落として、私はゴミだらけの地面に倒れた。


 私の人生はあっさり終わったの。でもなんの未練もないの。ずっとひとりぼっちの寂しくて辛い人生だったから⋯⋯。


*****


「まあ! 苺摘みが上手にできるようになられたのですね、アリーシャ様!」

「え?」


 目を開けると苺畑が見えた。

 緑の葉の間に真っ赤で可憐な苺が並ぶ、ものすごく広い苺畑だ。


 芝居小屋の汚い床に倒れて人生を終えたはずだったのに、ここはどこ?

 なんだかお尻の下ががふわふわしてるし⋯⋯っと思ったら、苺畑の中に座ってる黒髪の優しそうな侍女さんのお膝の上に、私は抱っこされている。


 抱っこ⋯⋯?


 びっくりだ。めちゃくちゃ子供の姿になってる三歳ぐらいかな?

 ちっちゃな手がぎゅっと苺を握りしめてるよ?


 驚いてポカーンと口を開けていると、

「苺をお食べになりたいのですか、アリーシャ様? はい、どうぞ、アーン」

 口の中に苺が入ってきたモグモグモグすっごく甘い⋯⋯。


 甘い苺を味わいながら考えた。

 これってどこか別の世界に転生したってことかな?

 しかもめちゃくちゃお金持ち?

 まずは服を確認これ大事。シルクだ、よかった、お金持ちだ!!

 しかもひらひらのレース飾りがいっぱいついたとっても可愛い水色のドレス。

 やったー! これでもう寒さに震えて眠らないでいいんだね、きっと美味しいものをいっぱい食べられるね!


「アリーシャ様は『金の手』をお持ちなんですね。アリーシャ様が触れた苺はとても甘くなると皆が言っていますよ」


 金の手?

 それって、天才的に植物を上手に育てる人のことだよね?

 ふうん⋯⋯。私ってお嬢様なだけじゃなくてそんな才能まであるんだ。


「アリーシャ様、ニコニコですね。そんなに嬉しいんですか? もっと苺を摘みますか?」

「はい、でちゅ!」


 うわぁ、可愛い⋯⋯。

 三歳児ってちゃんとおしゃべりできないのね『でちゅ』って言っちゃたでちゅわ。


「摘むでちゅ」


 侍女さんのお膝から立ち上がって苺を摘んだ。真っ赤でちっちゃくてとっても可愛い苺だ。


「まあすごいですわ、アリーシャ様! 上手にできるなんて天才ですね!」


 なんて幸せなんだろう。

 苺を三つぶ摘んだだけでこんなに褒めてもらえるなんて最高の人生が始まったんだね。


 ところでこの侍女さんのお名前はなんだろう、と思ったら、背の高い白髪のおじいさんが現れた。

「バネッサ、そろそろ屋敷に入らないと、アリーシャ様が風邪をひいたら大変だぞ」

「はい、執事さん。さあ、アリーシャ様、戻りましょうね」

 侍女さんの名前はバネッサね。

 そしてこのおじいさんは執事さんね。


「アリーシャ様、公爵様がお帰りになったらこの苺をお見せしましょう」

 執事のおじいさんがにっこり笑う。

 公爵様?

 もしかして私の父親のことかな?


 私は孤児だったから父の顔も母の顔も知らない。それどころか血のつながりのある人に会ったこともない。

 初めて家族に会えるなんてすごく嬉しいな。

「はい! おとうちゃまに見せるでちゅ!」

「おとうちゃま? アリーシャ様、それを言うなら『お兄様』ですよ。ヴィクトルお兄様です」

「間違えまちた⋯⋯」


 そうか、私にはお兄様がいるのか——と思ったその時、

 ——ヴィクトルお兄様?

 心がざわっとした。


 ものすごく嫌な予感がする⋯⋯。


 私の名前はアリーシャ?

 兄の名前はヴィクトル?


「もちかちてこれって⋯⋯」

 『すり替えられた令嬢』の登場人物の名前じゃない!?

 私が生まれ変わったのはあのお芝居の『すり替えられた令嬢』の中ってことなの?


「この国の名前はなんでちゅか?」

「フラーグン王国ですけど⋯⋯?」

「王様のお名前は?」

「トーマス・クレシア国王ですよ」


 ああ、やっぱりここはあの舞台の中だ!

「しかもあたちはアリーシャ⋯⋯」

 アリーシャは兄のヴィクトルに殺される悪役令嬢じゃないか!

 どうしよう、バッドエンドの令嬢に生まれ変わっちゃった。


 お芝居の中のヴィクトルのののしり声がまざまざとよみがえる。

『おまえみたいな女が俺の妹をかたっていたなど虫唾が走る!』

 そして胸に突き刺さる剣⋯⋯。

 あっ、痛い⋯⋯なんだか胸が痛いような気がしてきた。

 自分の未来を想像しただけでめちゃくちゃ怖いんですけど。


「アリーシャさま、どうなさったのですか? 急にしょんぼりなさって⋯⋯?」

「逃げなきゃでちゅの!」

「え? 逃げる?」

「逃げまちゅ!」

 私は全速力で走った。

 走ったが——。

「遅いでちゅ!」

 三歳児の全速力はめちゃくちゃ遅いテチテチテチ⋯⋯。


「危ないです、アリーシャ様」

 すぐにバネッサに捕まって抱っこされてしまった。

「嫌でちゅ!」

 足をバタバタさせたけど逃げられない。

 どうしよう⋯⋯。


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