extra scene 雑貨屋の驚異
からんからん、と軽やかに扉が開いて、女性が軽やかに入ってきました。
「こんにちは」
あらとってもいいご挨拶。笑顔も素敵なお人ですね。くすんだ金髪が珍しい、って、三つ編み、長っ! びっくりしました。いったい何年間伸ばしていればこんなに長くなるんでしょうね?
彼女は店内をくるりと見回して、ボタンのコーナーに目を留めると、精一杯我慢したような歓声を上げました。
「可愛いのがたくさんあるわ! ちょうど良かった、欲しかったの。ねぇ――」
と、扉のほうを振り向いたけれど、そこには誰もいません。誰もいない空間に話しかけるとは……あれ、もしかしてこのお人、ちょっと危ない……? なんて失礼なことを思った私を尻目に、ぷっくりと頬を膨らませた彼女は再び扉を開けて、外に顔を出しました。
「ベル! 外で待ってるなら待ってるって言ってくれる?」
ああなるほど、お相手がいらっしゃったのですね! ほうほうなるほど、彼女のような可愛らしい方のお相手となれば、それはもうかっこいい、すらっとした理想的な男性であるに違いありません。
その男性は彼女に手を引かれて入ってきました――
「ほら、入って。あなたの意見を聞きたいのよ」
「君が好きなのを選べばいいだろ……」
「駄目よ。ベルの服なんだから」
――ずぅん、のっしのっしのっし……。いつか聞いた幻聴が耳の裏に蘇りました。その瞬間、私は彼女に対して失礼な想像をしたことを心の底からお詫び申し上げました。ごめんなさいすみません許してください! どうか、どうかお許しを!
……あれ? ということは、と私の思考は過去に吹っ飛びました。あの時あの方がお買い上げになったスノードームは、こちらの女性の元にいった、ということ? いやいや、まさか! こんな、正しく“美女と魔獣”みたいなカップルがこの世に存在するわけが!
「ほら、こんなにあるのよ。どれがいい?」
「俺には違いがよく分からないよ」
「じゃあ……これかこれだったら、どっちがいい?」
「……こっち」
「これか――これなら?」
「……これかな」
「こういうのはどう?」
「嫌いじゃないね」
「そうよね、良かったわ」
やりとりを見るに、どうやら存在するようです。はぁ、なんてことでしょう。この世は驚異に満ちている。
女性はぱっぱとボタンを選ぶと、私のところまで持ってきました。三種類、七個ずつ。思ったよりずっと決断が早いですね。
「それだけでいいのか?」
「ええ、いいのよ」
「君の分は」
「あたしの分は――そうね、そういえば、そろそろ髪留めのリボンを新調したかったの。選んでくれる?」
「言わなきゃよかった」
しかめ面の男性に構うことなく、女性は軽やかに「ほら、髪留めはこの辺りよ」と示しました。
やがて、その太い指が指したのは、居並ぶ中でも一等地味な――嘘です、シンプルで清楚な、紺色のリボンでした。よくよく見ると凝ったレースになっていたり、小さな金色のビーズがついていたりして、とっても素敵なのですが、そこまで見ての選択とは思えません。おそらく、今日の彼女の服装につられたのでしょう。上品なオフホワイトのロングコート、その裾から紺色のスカートのひだが覗いています。
「それね」
女性は弾んだ声と足取りでそのリボンを取って、ボタンの横に並べました。
「それじゃ、これだけください」
「はっ、はい、かしこまりました」
私がそれらを紙袋に包んで、お金を貰っている最中、男性はずっと扉の前に仁王立ちをして腕を組んでいました。不機嫌? いやあれ絶対に不機嫌ですよね?
「ベルはね」
「はいっ?」
私がちらちらと彼のことを気にしていたからでしょうか、彼女がふいに言いました。
彼女はにっこりと笑っていました。
「商品を壊しちゃったら困るから、って、いっつもああなのよ。そんな簡単に壊れたりしないわって、あたし何度も言ってるのに」
「は……はぁ、そうなんですか……」
「そうなのよ」
彼女は紙袋を受け取ると、「ありがとう、また来るわ」と颯爽と踵を返しました。男性が扉を開けて、二人連れ立って出ていきます。
誰もいなくなった店内で私はぺたんと椅子に座り込みました。
「……彼女さんも大概……」
それ以上は言葉になりませんでした。だって、ああ、あんなに可愛い見た目をして、あの笑顔のときの目の奥! まったく笑っていませんでした!
「似たもの同士、ってわけですか」
人は見かけによらないものですね。世の中、本当に驚異ばっかり!
fin.




