extra scene 昼下がり
台所には君がいる。
長い三つ編みがふらりと揺れる。
皿を洗う小さな音に、合わせるように右に左に、長い三つ編みが揺れる。
君の三つ編みは柔らかくしなって、猫の尻尾のように振れる。
時計の振り子とは違って、もっと自由気ままなんだ。
毛先はふわりと反っている。
きっと癖毛なのだろう。
そっと後ろから近寄って、パッと両手で捕まえてみたくなる。
それか、こっそり、尻尾の形の守り手と呼ぶにはあまりにも頼りないあのリボンを、ひっぱってほどいてみたくなる。
あるいは、あのふわふわの毛先を、口に含んでみたいと思う。
――いや、さすがにそれは。
――いや、案外君は。
笑いながら、
「これは食べ物じゃないのよ」
って、叱ってくれるのではないか。
ようやく人の形を手に入れ始めた甥っ子が、手にした物何でも口に入れていたのを思い出す。
理解する、ということの、最も原始的な、もしくは、最終的な姿は、味わう、ということなのかもしれない。
だとしたら――。
俺は赤ん坊だった。
人の形の守り手と呼ぶにはあまりにも脆すぎる蓋で、原始のままの衝動をかろうじて抑え込んでいるだけ。
母親の指先にあやされて、ご機嫌で眠りにつく赤ん坊。
憂いも、恐れも、それと知らされないで――。
俺はどうにか、人の形になったばかりだった。
fin.




