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鋼と小麦  作者: 井ノ下功
step 2 少し遠出を
25/80

extra scene 邪魔するやつは俺が蹴る


「頼むぞ、バース」


 おいおい、ベル。何をそんなに不安げな顔してんだよ。


「カトラが乗っている間は大人しく走ってくれ」


 お前、俺を乗りこなす自信がないってのか? 女一人乗せたくらいでびびりやがって。大事なのは分かるけどな、違うだろ。ここはアピールのタイミングだ。


「走る気だなお前」


 当然だろ! せっかくなんだ、思いっきりかっこいいところを見せつけてやらねぇと!


「……せめて町中を抜けるまではやめてくれ。町を抜けたら、好きにしていいから」


 ……はぁ。ったく、仕方ねぇなぁ。俺の相棒は心配性で困るぜ。

 ベルはカトラを軽々と抱え上げて、俺の背に乗せた。うっわ、軽っ! ちょっと軽すぎやしねぇか? 本当に乗ったのか? 紙を乗せたんじゃないか? 大丈夫なのかこれ?


「高い……」


 ふ、と、カトラが俺のたてがみを撫でた。そよ風みてぇな、普段俺に触れる連中の手とは大違いの感触。うっわ、なんかそわそわする!

 ベル、早く乗れ! 重くなってくれねぇと、俺、走り出しちまう!


「しっかり掴まってろよ」

「うん」


 乗るぞ、という合図を腹で受け取った。よし来い、と俺が構えるのを見てから、ベルは(あぶみ)に足を掛けた。

 ずっしりとかかる体重。そうそう、こうでなくっちゃ。いいね、ようやく落ち着いた。


「気をつけて行ってきてくださいね」

「はい」


 はいよ、ヴァレンタイン。行ってくるぜ。

 ベルの合図でゆっくり歩き出す。気分は遊覧船だ。ま、こればっかりは仕方ねぇ。町の連中は俺の巨体にびびるからな。人間だけじゃなく馬までそうだ。すれ違う馬車馬連中は御者と揃ってぎょっとした顔で、そそくさと脇に避ける。俺のために道を開けてくれるのはたいへん気持ちがいい。最高だね。が、うかつに走り回りゃ、怪我人が出てもおかしくない。さすがの俺も事故るのは勘弁だからな。くだらん難癖をつけられたら、別に俺は困らねぇけど、ベルとヴァレンタインが困るし。

 今日はちょっとだけ周りの視線が違った。そりゃそうだ、こんな美人を乗っけてんだから。俺は上機嫌。カトラも機嫌よさそうだ。はしゃいだ声が時々聞こえる。はは、ベルのしかめっ面が目に浮かぶぜ。あの野郎、俺とそっくりなくせに正反対だからな。体格の良さは男らしさだ。怖いだなんて、言う奴が弱いのが悪い。堂々としてりゃいいものを。

 ――ところでベル、お前、町中を抜けたら好きにしていい、って言ったよな? 言ったよなぁ?


「……カトラ、バースが走りたがってる。できるかぎり抑えるが……鞍にしっかり掴まっていてくれ。それと、舌を噛まないように気をつけて」

「分かったわ」


 ベルが手綱を握り直した。よしよし、ようやくか。


「走りすぎるなよ、バース」


 分かってるよ相棒。お前の恋路を蹴飛ばすような真似、いくら俺でもしねぇって。しねぇからとっとと合図を寄越せ。たまにはお行儀のいい走りを見せてやる。

 走れ、の合図を受けたと同時、俺は普段よりずっと優しく地面を蹴った。

 町の東の草原に着くまでノンストップ。揺れに慣れたカトラが楽しそうに笑っている。ベルはちょっと意外そうだ。ふふん、見たか。俺だってこれぐらいのことはできるってわけよ。

 だだっ広い草原の真ん中辺り、ひときわ大きなオリーブのそばで俺を止めて、ベルは飛び降りた。


「上手く加減したな。偉いぞ、バース」


 そうだろう? もっと褒め称えてくれていいんだぜ。

 俺の鼻面を撫でてから、ベルはカトラを下ろした。


「加減してたの? あんなに速かったのに?」

「いつもと比べたらかなりゆっくりだったぞ」

「そうだったのね。それじゃ、満足できてないんじゃないかしら」


 お、鋭いな。その通り。


「いつもこの辺りを好きに走らせるんだ。こいつが満足するまでな。ほら、好きに走ってきていいぞ、バース」


 おいおいベル、どうせお前のことだ、二人きりになったってろくにアピールもできねぇくせに、粋がってんじゃねぇよ。

 鼻先でベルの背中を押す。おら、乗れよ。


「どうした、珍しいな」


 馬鹿だな、お前。気付いてなかったのか。さっき軍のグラウンドを走ってた俺たちを、じぃっと見てたカトラの視線。あれは完全に見惚れてたぞ。めったに、いや一度もくらったことのない熱だったからすぐ分かる。間違いないぜ。

 だからさ、もっと見せてやろうぜ、本気の走りってやつをよ。


「仕方ないな。悪い、カトラ、ちょっと待っててくれ」

「いいのよ、見てるのもすっごく楽しいんだから。行ってきて」


 カトラが晴れやかな笑顔で俺の首筋を撫でた。だぁぁ、やっぱりそわそわする! 早く乗れ、ベル! 行くぞ!

 乗り直したベルは、まずカトラから少し離れるように指示した。ちぇっ、仕方ない。確かにあんな至近距離から走り出すのはまずいな。俺は大人しく歩いてやる。

 それから、ようやく待ち望んだ合図が。


「行くぞ」


 おう!

 俺は思いきり地面を蹴った。

   fin.

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