表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼と小麦  作者: 井ノ下功
step 1 最初のお誘い
14/80

extra scene 注文をしたい料理店

 おや、珍しい、ずいぶんとお綺麗な方をお連れになって。

 と、口がきけたならそう言っていたかもしれません。危ないところでした。

 口のきけない店主の店ならひやかされまい、と考えてここに? などという邪推はいたしませんよ。彼はそういう方ではないのでね。純粋に、よく味を知る店として、ここを選んでくださったのでしょう。光栄なことです。

 彼は二年ほど前から度々足を運んでくださいます。怖い顔に反して優しいお方で、性格の悪い私とは正反対。ここの料理が故郷の味に似ているのだ、とおっしゃっていましたから、北のほうのご出身なのでしょう。軍警にお勤めであることは、制服でいらっしゃることもありますので、とうに存じております。私の手話を読めるのは、声を持たない友人に教わったのだと、いつだったか教えてくださいました。使うほうはてんで駄目だが、と申し訳なさそうにしていらっしゃいましたが、耳は丈夫な私です、気になさらずとも結構だとお伝えしました。

 彼はいつも通りの注文をなさいました。女性が少しだけ目を丸くしたのは、きっとその量に驚いたのでしょう。けれど、すぐ納得したように微笑みながら、ひとつ、ふたつ頷いて、それから、オススメは何かしら、と私に向かっておっしゃいました。彼女は中央のご出身のように、少なくとも北ではないように見受けられましたので、私はあまり癖の強くない料理のひとつ、ふたつを指差しました。


「それじゃあこれで」

「それだけでいいのか」

「あなたと違って、そんなにたくさん食べられないもの」

「そうか。まぁ、確かに」


 それきり、彼は黙ってしまいました。

 私は厨房へ引っ込みながら、歯がゆくてたまりません。ああ、私に口がきけたなら、教えて差し上げるのに!

 今のは「それじゃあ、少しずつ何度も来よう」っておっしゃる場面ですよ、と!

 ……危ないところでした。過ぎた口は災いを呼ぶ。それが原因で声を取られたというのに、学びがないのは私の悪癖ですね。いえ、ですが、こればかりは、仕方ない、と言えましょう。いくらねじ曲がった性格の私でも――ちらりとテーブルのほうを覗くと、お二人は出会ってまだ日が浅いようで、ぎこちなさをはらみつつも、楽しそうにお話ししていらっしゃる――独りのときには決してつくれない柔らかな微笑が、曇らないことを祈るぐらいはするのです。しかし、なにはともあれ、余計な口出しはしないでおきましょう。前途は不透明なほうが楽しいものですからね。当事者でなければ、というお話ですが。

 さて、まずはここの料理が、彼女のお口に合いますように!

   fin.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ