プロローグ
2003年9月15日 深夜0時
平田哲夫(35) 営業に勤務する男性
痩せこけていて、髪も薄くなりどこか疲れた顔をしている
「ありがとうございます!」
「ふぅ…」
今日も営業が終わり、車で帰宅している所
日はすっかり落ち、路地に置かれた街灯が地面に寂しく灯を照らしていたーー
自宅駐車場に車を止め、静かに降りる哲夫
「ただいまぁ」
「おかえり、あなた」
家に着くと年増で少し痩せこけているものの
顔立ちは整った綺麗な女性が出迎えてくれた
「(彼女は家内の清美
我が平田家のマドンナだ、今日も相変わらず綺麗だな)」
荷物を持つ家内、家に上がる哲夫
「遅くなった、美咲は?」
「もう寝たわ」
「そうかぁ…」
「ずっと帰り待ってたわよ」
「今日は早く帰るって言ったのにな、怒ってるかな?」
「ふふ、来て」
そう言われて寝室に案内されると
そこにはぐっすりと眠る娘の姿が
「よく寝てるな、新しく入った幼稚園はもう馴染んだか?」
「友達が三人できたみたいよ、楽しんでるわ」
「そうかぁ、良かった…」
衣服を脱いでパジャマに着替えながら
哲夫は清美に今日の出来事を話していた
「明日も忙しくなりそうだ、スケジュールがビッシリ溜まってて」
「ふふ、わかってます、家事の事は私に任せて」
「それと、これ」
「あら、、これは?」
「美咲が欲しがってたやつだ、偶然見かけてね
今日の約束を守れなかった罪滅ぼしというわけではないんだが」
清美にクマのぬいぐるみを手渡す哲夫
「ふふ、ありがとう
あの子もきっと喜ぶわ」
娘を挟んで寝転がる二人、小さな声で謝る哲夫とそれを優しく受け止める清美
「遅くなって本当にすまない…」
「平気よ、私もこの子もあなたが忙しいって事ちゃんと理解してるわ。パパは忙しいから私もがんばんなきゃってこの子も張り切ってる。
私たちの事、もっと信頼していいのよ?」
「信頼してるさ、疑った事はない
いつも助かってる、ありがとう」
「(手が空いたら旅行に行きたい、今はそれが一番の夢だ)」
「パパぁ〜…」と寝言を言って微笑む我が子
「あらあら、ふふ」
微笑む父と母
「おやすみ、あなた」
「あぁ、おやすみ」
互いに声を掛け合った後
そのまま眠りにつく二人
「(私は幸せ者だ、辛いこともあるが彼女達がいる限り何度だって頑張れる、一番の心の支えだ。
この体が壊れてしまってもいい、どんなになろうと私は守りたい
一生をかけて働いて彼女達を養ってやりたいと、
本気でそう思えるのだ)」
哲夫は幸せを噛み締めながら就寝し、やがて夜が明けたーーー
ーーー
スーツにヘルメットを装着し工場長と面会する哲夫
「本日もよろしくお願いします」
現場で挨拶を済ませ、工場内を歩きながら
打ち合わせの話をする
周囲ではせっせと作業をこなす従業員の姿や
重機などの機械音が鳴り響いてる
ーーーー
事務所に移動し、ホワイトボードを背に
人員の配置や商品価格の設定など
細かなやりとりを工場長と交わす哲夫
「だいたいこういう感じにしようと思いーー」
「ほうほう……」
合間に休憩を挟み
工場長と世間話などをしたりして気を軽くする
「ーー奥さんは元気?」
「ははは」
会話ははずみ、企画は和やかに進んだ
ーー
「ジャーっ」と水が流れる音がして個室から出て来る哲夫
「ふぅ……今回も上手くいきそうだ」
手洗いをしているとズボンのポケットから電話が鳴り、慌てて取り出し、通話ボタンを押す
「はい、こちら平田…あ、社長」
それは哲夫が務める会社の社長からの電話だった
哲夫は肩に電話を預けて手を洗う
「今回の件?はい、はい、順調です!
あともう少しで、はい!」
「そうですねーーあとーー」
ハンカチで手を拭いながら社長とのやりとりを交わしたあと、電話を切る哲夫
「ふぅ……あと案件いくつだ?」
ふと携帯の待受を眺めてつぶやく
「すまんな、まだパパ帰れそうにない」
そこには家族が映った写真があった
ーーー
会議も終わりに差し掛かり
工場長と、挨拶を交わすところだった
「それでは本日もありがとうございました」
そう切り出す哲夫に対し工場長は嬉しそうに返した
「期待してますよ、あんたの腕は相当なものだ
何でもスムーズに進めてしまう!」
「ははは、そんな…」
「本当です、あんたはうちの救世主だ!ボロボロだったここを立て直してくれたんだから!」
「いやぁ、そう言われると私も嬉しい限りです!」
笑顔を絶やさない哲夫に上機嫌になる工場長
「ーー初めて会った時は、不安もあったが
何のことはない!あんた優秀な営業マンだ!
あの時疑った自分が本当に恥ずかしい
昇給し続けるのも頷けますな!」
「いやぁ、滅相もないです…(特別な才能などない……家内が、あの子がいたからここまで頑張ってこれたのだ……彼女達のためなら私は何にだってなろう……)」
哲夫は家内と娘の顔を思い出していた
「どうです?また今度飲みにでも」
「ははは、いいですね!またぜひ」
ーーー
哲夫は工場長と話を一通り済ませたあと
その場を去ろうと背中を向けた、その時ーー
「危ないッッ!!」
突然上から従業員のけたたましい声が響く
「ん?」
その声に反応してふと哲夫が上を見上げると
そこには無数の鉄板が目の前へ降りかかってくるところだったーーー
「ガシャアアン」
ーーそれはほんの一瞬の出来事
工場内に激しい激突音が鳴り響き
周囲がざわめき出した
「大丈夫ですか!?」
「すみませんっっ」
「おい、救急車!!早くっっ!!」
工場長と思われる男性の怒声と
共に哲夫の意識は遠のいていったーーー
ーーー
ーー気づくと辺りは暗い闇だった
『どこだ?ここは?』
激しい音が消えた後、しばらくして騒がしい音や
家内や娘の泣きじゃくる声が聞こえてくる
『美咲?!どうした?!』
娘が父を呼ぶ声がする
『私はここだぞ!!』
ガラガラガラっと何かを転がる音と
バンっとドアが鈍く開く音が聞こえる
「これは助からないんじゃ……」
「とにかく切開だ、メスをーー」
「肺がやられてる…!!」
何やら周りが騒がしい
『な、なんだ?なにがどうなってる?』
ピーーー
『なんだ?この音はーーー』
哲夫の目の前が突如真っ白な空間に包まれていくーーー
ーーー
ーーー冷たい風が頬を掠める感触がする
ーーーしばらくして哲夫はようやく目を開ける感覚になり、そっと目を開けてゆっくりと起き上がり、周囲を見渡した
「な、なんだ……?」
哲夫の目の前には見たことのない山々と広大な原っぱが広がっていたーーー
プロローグ(完)