表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私の上に浮かぶ『王都』は、もう滅んでますの

作者: hisa

「殿下のために、私は我が国を捧げることにしましたわ」


 夕暮れの太陽を、巨大な土塊が遮っている。

 その端には巨大な城壁と城門。かつて我が国と国交があった国の王都のもので間違いないだろう。


「姫? あれはどうしたことだい?」


 目の前の光景の意味がわからない。


 艶然と嗤う少女に、背筋がゾッとする。彼女は隣国から遊学にやってきた時に知り合い、儚げな雰囲気に惹かれた。

 学校では想いを隠して友人として振る舞い、やがて彼女が隣国の二十番目の王女だと知った。


「ですから、殿下への捧げものですわ。これで貴方が殴られることもなくなるでしょう?」


 卒業と同時にプロポーズをしようとさえ思った、控えめに笑う少女はどこに行ってしまったのだろう。

 待ち合わせしたあの日、私はプロポーズを止めに来た兄に言われた言葉を思い出す。


「あの女に価値はない。どうせ滅ぶ国だ」

「しかし、彼女を通して働きかければ、かの国が持ち直す可能性だって――」

「それで、あの愚王が国を差し出すとでも思っているのか!?」


 私は兄に殴られて、無理矢理城に連れ帰られてしまった。以来今日まで彼女とは会っていなかったのだが、どうやら聞かれていたらしい。


「いや、自分の国だろう? どうして、こんな……」


 うまく言葉が見つからない。隣国の王都はここから遠く離れた地にあったはずだ。彼女はどうやって、こんなところまで王都そのものを運んできたのか。

 目の前に広がっているのは幻想的な光景で、現実感がまるでない。


「帰国後陛下に国の立て直しをお願いしましたが、どうにもできませんでしたので、私が国を差し出すことにしたのですわ」


 ますます訳がわからない。


「いやしかし、王都の住民はどうしたのだ?」


 きょとん、と姫が小首をかしげる。


「住民? 私の上に浮かぶ『王都』は、もう滅んでますの。全部、殿下のお兄様のおっしゃるとおりでしたわ」


 姫の楽しそうな哄笑が、夕暮れのテラスに響く。上空の『王都』は雲のように移動し、帝都上空に差し掛かっていた。皇宮に陰が差す。


「愛していたよ。ごめん」


 ため息とともに言葉を吐き出し、鼻の奥に痛みを感じながら短剣の鞘を払う。


「あら、過去形なのに泣いてくださるのですか?」


 短剣をその胸に突き立てても、彼女の表情は変わらなかった。嬉しそうに、私を抱きしめてくる。

 こぼれ出す血に、私の涙が混じっていく。


「わた、く、しは、で んかを、あいして い ます……」


 姫は最後の一息で言葉を吐き出し、それから私を軽く引き剥がすと、返り血にぬれた胸を軽く押した。

 それだけで、得体の知れない力で城の中へ吹き飛ばされる。


 吹き飛んでいる間、姫は私を見ていた。私も、姫を見ていた。


「姫っ!」


 少しばかり、決断が遅すぎた。いや、早すぎたのか。


 這いつくばる私の目の前で、姫の姿は落下してくる土塊にテラスごと飲まれていく。


「ああ、姫、どうしてーーー」


 轟音の中、テラスが崩壊して落下していく。しかし、頑丈な石造りの城は降りそそぐ土砂によく耐えていた。


「彼女に価値がない?」


 血まみれの短剣と、崩壊した王都に埋まっていく皇都の半分を見比べる。どうやら兄はすべてを間違えていたらしい。


 兄も今頃そのことに気がついているだろうが、もう遅い。


 私は、主を嗤う膝を叩いて無理矢理立ち上がり、短剣を手に歩き出した――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ