引きこもり妹の罪、説得する兄の罪
【主人公】18歳・男性・大学生
ある日突然、
妹が「引きこもり」になった……。
※※※※※※※
俺には妹がいる。
妹の名前は「入音」、屈託のない笑顔が印象的な中学3年生だ。とても明るい性格でクラスの中心的存在……周囲には大勢の友だちがいて男子生徒からも絶大な人気を誇っている。兄である俺が言うのもなんだが、俺の妹は芸能界でも通用するほどの美少女だと思っている。
誰にでも分け隔てなく接する明るい妹……家でも学校でも問題なく、イジメや人間関係のトラブルなどとは無縁だと思っていたが……
ある日、妹が学校から帰ってくるなり自分の部屋に入ったまま出てこなくなってしまった。夕飯になっても出てこないので俺と両親は心配して扉の前から声を掛けると妹は「もう部屋から出ない、もう学校には行かない」と言い出した。
――いったい何があったというのだ?
それから一週間、両親と俺は交替で、扉の前に食事を置いて説得を試みている。
「入音、お昼ごはん……ここに置いておくよ」
「……」
俺は扉の前の床の上に母が作った昼食を置いた……だが返事はない。妹がこんな風になってしまってから両親と俺は生活が一変してしまった。
母は毎日のように学校に出向いて担任に相談しているが、学校でも理由がわからずじまい。父はなるべく心配かけないようにと定時で帰ってくるようになった。
俺もこの一週間、ずっと学校を休んで朝から晩まで妹の様子を見守っていた。家族の会話は途絶え、家の中は絶望的に暗くなってしまった。
「なぁ、お兄ちゃんにだけでも教えてくれないか? いったい何があったっていうんだ? もし父さんや母さんに言えないことなら絶対に秘密にするから……」
「……」
俺は小さいときからいつも妹を見守っていた。妹が父や母から叱られていたときも、俺はいつも妹の味方になっていた。
「学校で何かあったのか? 友だちと何かあったのか? 頼む! どんなことでもいいから話してくれ! そして扉を開けて……出てきてくれ」
「……」
目に入れても痛くないほど可愛い妹……何とか救ってやりたいが、こう理由も分からない状況で一週間もダンマリを決め込まれるとさすがにガマンの限界だ!
「いい加減にしろっ!!」
俺はつい感情的になり扉越しに妹を怒鳴りつけてしまった……扉の向こうで妹が動揺したのか〝ガタッ〟と言う音が聞こえた。
この状況で一番つらいのは妹……それはわかっている。だが俺たち家族だってつらい思いをしているのだ。
「つらいのはお前だけじゃないんだぞ! お兄ちゃんも親父もお袋もみんなつらい思いをしているんだぞ……」
「……」
「なぁ入音、お兄ちゃんは入音のことが好きだ! 入音だって昔から俺のこと好きだって言ってくれたじゃないか! だから何でも話せるだろ……引きこもった理由だけでも話してくれ! そして……ここから出てきてくれ」
しばらく沈黙の後……重い口を開いた妹が扉越しに話しだした。
「べっ、別に……お兄ちゃんのことなんて好きじゃないからね!」
――いやそれツンデレ妹の定番セリフーッ!!
「何だよそれ! もうそんなのいいから早くここから出てこい!」
「いやだ! 私は一生ここから出ないもん」
「ふざけんな! お前が引きこもっているせいで親父やお袋も迷惑してんだよ!」
「何でよ! 関係ないじゃん」
「大ありだよ!! だって……お前がいるのはトイレだからだよ!!」
妹が引きこもっている場所……それは家に一ヶ所しかない「トイレ」だ!
※※※※※※※
最初、妹は自分の部屋に引きこもっていた。さっきと同じように「一生ここから出ない」と宣言していたのだが数時間後……このままではトイレに行けないことにようやく気がつき、俺たち家族が寝静まっている間に布団とスマホと充電器をトイレに持ち込んで籠城し始めた。
家のトイレが使えなくなった俺と両親は、近所のコンビニやお隣さんのトイレを借りるというとても面倒くさい生活を強いられてしまったのだ。
「何よ! ここは私の家なんだからどう使おうと勝手でしょ!」
――お前の部屋はどう使おうと勝手だがトイレは家族の共有スペースだ!
「別に引きこもってるくらいイイじゃん! 誰にも迷惑かけてないもん」
――家族に迷惑かけてるわ! お前のせいで皆トイレ行けなくて困ってんだよ!
「ひどい! みんな……私のことなんて考えてくれないのね」
――ひどいのはお前だ! 俺たちの置かれた危機的状況を考えろよ!!
「もういい! 私……もう我慢できない!!」
――俺たちは便意が我慢できねぇんだよ!! こっからコンビニまでまぁまぁ距離あるからな! しかもトイレだけの利用じゃ悪いから毎回必ず何かどうか買ってこなけりゃならないし……。
この妹を説得し、何かしらの成果を得るには時間が必要だ。俺はトイレの前で妹の方から「出てくる」のを待つことにした。
話し掛けることでつい感情的になってしまい、それが原因で失敗したくない。ここは会話ではなく、ニャインのメッセージで静かに説得を試みようと俺はスマホを取り出した。
『なぁ、いい加減出ろよ』
『出ないわよ』
『出てこい』
『出ないったら出ない!』
『出せ!』
『イヤだ!!』
不毛なやり取りが続く。すると妹がトイレの扉を大きく〝ドンッ〟と叩いた。そして再び俺に話しかけてきたのだ。できれば静かにしてほしいのだが……。
「お兄ちゃん! いつまでもそこにいたって無駄だからね……出ないわよ」
――何だと!? 俺の今までの努力が無駄だというのか?
「絶対お兄ちゃんには聞かせないんだから」
「何でだよ! それに、そんなにうるさいと聞こえないじゃないか!?」
「だから無駄だって言ってんじゃん! 出ないわよ……ってか、出さないわよ」
「無駄なことあるか! こうやって時間をかければお前だって……」
「だからぁ~っ! 私はしばらくオシッコやオナラをしないからね! お兄ちゃんがそこで録音していても無駄よ!」
――なっ! 何だってぇええええっ!?
※※※※※※※
「おいおい、何をバカなこと言ってんだ……録音なんてするわけないじゃないか」
俺はスマホのボイスレコーダーをオフにした。
可愛い妹の言うことは信用しよう。無駄な録音をしてメモリー残量をゼロにしたくない。ただでさえ俺のスマホは妹の風呂上りや着替えや寝顔の画像でメモリーがいっぱいなのだから……。
すると妹が扉越しに語り出した。
「そもそも! 私が引きこもった原因はお兄ちゃんだからね!」
えっ、俺が原因? 全く心当たりがないのだが……。
「お兄ちゃん! この前SNSに私のお風呂上がりの画像アップしたでしょ!? それが拡散されて私はさらし者になっちゃったのよ! 私が引きこもり始めたあの日だって……学校帰りにストーカーみたいなヤツが現れて怖くなって家に逃げ込んだのよ! もうっ! 何であんなことするのよ!?」
「何を言うか! お前のその可愛さは人類にとって『共有財産』だ! もっと多くの人にお前の可愛さを知って欲しい……兄として当然の務めだろ?」
「バカなの!? もうっ! 来年高校受験だってのにこれじゃ受験もできない……高校にも行けないじゃん!」
「心配するな入音! 勉強なら俺が見てやる。授業料はいらない! お前の愛と使用済み下着があれば他は何もいらない」
「死ねよシスコン! このヘンタイヘンタイヘンターイ!!」
ヘンタイ……兄にとって、可愛い妹から言われてこれほどまでに極上で甘美な響きがあるだろうか? いいぞ妹よ! もっと言ってくれ。
だがこのままの状態が続くと、トイレが使えないこと以上に心配なことが起こるだろう。俺は妹にそのことを伝えに来たのだ。
「なぁ入音、お前……この一週間、風呂に入ってないよな?」
すると扉の向こうで〝ジャーッ〟という音が聞こえた。どうやら痛いところを突かれたので動揺してタンクの水を流したらしい。
「このままずっとトイレに引きこもっていたら体がどんどん汚れていくぞ! 着替えもないんだろ? 体臭だってキツくなる……いいのか? このままで……」
「……」
妹は無言のままだ。おそらく恥ずかしくて今の体臭を俺に嗅がれたくないのだろう……だが心配するな妹よ! これは俺にとって「ご褒美」だ! 何ならその臭気をパックに詰めて販売したいくらいだ! 俺の心配は……その体臭が染みついた下着を手に入れられるかということだ!
「……わかった、ここを出る」
妹が納得したようだ。ようやくトイレが使える。さっそく中に入ってトイレットペーパーの残量を確認し、この一週間で妹がトイレットペーパーを何メートル使ったか測定しよう!
「お兄ちゃん……目の前にあると危ないから、お昼ごはん持っててもらえる?」
そういえば扉の前にお昼ごはんが……今ここで扉を全開にされるとぶつかるかもしれない。俺は昼食の入ったトレイを両手で持ち上げた。と、次の瞬間!
〝バァンッ!〟
という大きな音と共に勢いよく扉が開き、妹が布団とスマホと充電器を抱えたまま飛び出してきた。マズい! この態勢ではせっかく一週間風呂に入らなかったことで濃厚になった妹の体臭を嗅ぐことができない! 俺は両手がふさがった状態で必死に妹の体に鼻を近づけたが妹は素早い移動でこれをかわした……残念!
布団を抱えた妹はそのまま隣にある浴室の脱衣所に入った。コイツ、今度は浴室で生活するつもりか!?
〝ガチャガチャッ〟
俺は脱衣所の扉を開けようとした……が、内側からロックされてしまった。戸建て住宅では事故対応のため浴室や脱衣所の扉に錠前は付いていないことが多い……我が家もそうだ。
だがある日、妹が錠前を取り付けてしまった。妹が入浴中に倒れていないか心配で俺が見回りに来るのを拒否したのだ……困った妹だ。そして俺のお陰で妹はDIYが得意になっていた。
しかしこのままではまずい。脱衣所は洗面所と兼用になっていて、中には洗濯機があるのだ。このままでは一週間身に着けた、妹の濃厚な体臭がしみ込んだ下着を洗われてしまう!
これは人類の宝だ! 世界遺産だ! 妹の使用済み下着はマスクに改造して、このまま一生フィルター越しに空気を吸っていきたい!
あっ、そういえば……
今度は俺たちがお風呂に入れなくなるじゃないか! 家風呂があるのに毎日銭湯通いはさすがにキツイ! それともうひとつ心配事が……
「おっおい入音! 今度はトイレどうすんだ?」
浴室に籠城したことで妹は風呂に入ることができる。だが今度はトイレをどうするつもりなのだろうか? オシッコの方は浴室でも……まぁできないことはないが問題は……
「まさかお前……風呂場でウンコするつもりじゃないだろうな?」
「ちょっとお兄ちゃん! 何を想像してんのよバカッ」
何を想像って……妹が全裸で脱糞している姿に決まってるだろうが!
「しないわよそんなこと!」
「えっ、じゃあ便秘なのか?」
「うるさい! お兄ちゃんのバカッ! ヘンタイ!」
――あぁ妹よ……もっと言ってくれ。
すると扉の向こうでゴウンゴウンという機械音が聞こえてきた……まさか!?
「おい、何だその音?」
「一週間同じ物着てたから……洗濯してんの!」
うわぁああああああああっ! 「妹が一週間身に着けた濃厚な体臭が染みついた下着」つまり世界遺産が破壊された……何てことを!
だがそうだとしたら今、妹は全裸……いや違う!
我が家の洗濯機は乾燥機付き……昨日お袋が洗濯した衣服が置きっぱなしだったのだ! その中には妹の洗濯物もある。これをローテーションで使えば引きこもり生活でも着る物には困らない……。
まいったな……浴室と洗濯機を占領されたら今日から銭湯とコインランドリー生活になってしまうじゃないか。
まぁトイレは解放されたが……。俺は早速トイレに入り、トイレットペーパーの在庫確認と使用した長さを測定した。
七日間でロールが二つと二十七メートル……日本人女性の平均使用量とさほど変わらなかった。
※※※※※※※
翌朝……
――やられた!
ある意味自業自得なのだが……妹が脱衣所の内側に錠前を取り付ける度、俺はそれを取り外していた。その攻防が繰り返されたせいで脱衣所には常に「工具箱」が置きっぱなしになっていたのだ。
妹は昨夜、その工具を使い脱衣所とトイレの間にある壁に通り抜けできる大きさの穴を開けてしまったのだ! もちろんトイレの扉も内側からロックされていた。
ほぼ完璧だ! 食事さえ定期的に届けられれば家の中にあるライフラインの全てを牛耳られたことになる。トイレも風呂も洗面も着替えも洗濯も……布団とスマホと充電器を持ち込んでいるので寝るのも娯楽も……
……食事以外、完璧な引きこもり生活が構築された!
負けたよ……。
妹よ、これからはお前の自由な「引きこもり生活」の始まりだ! 俺たち残された家族はこれから、近所のコンビニのトイレや銭湯やコインランドリー生活を送らなければならない。だがそれでもいい! 俺は……妹を愛しているのだから。
なのでこれからはお前のことを遠くからそっと見守ってやろう……あらかじめ脱衣所に仕掛けた「ネットワークカメラ」で!
俺は自分の部屋のパソコンからネットワークカメラを起動させた。これからは二十四時間、妹を見守ってやろう……何て優しい兄だろうか。
部屋着姿の妹はこちらを振り向くとニコッと微笑んだ……天使の笑顔だ! そしてカメラに向かって近づいてきた。兄に向かってその美しい笑顔を近づけてくるなんて……あぁ、何て可愛いヤツなんだ!
――えっ、ちょっと待てよ!? カメラに近づく……ということは?
踏み台に上った妹の顔がアップになった。そして何か話しかけているようだ。
マイクが無いので音声は聞こえない。何か四文字の言葉を繰り返し発しているようだ。思わず画面越しにキスしたくなる妹の可愛らしい唇の動き……母音しかわからないが、
「え」「ん」「あ」「い」と言っているようだ……何だろう?
すると妹はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、工具を取り出した。
――まっ……まさか!?
次の瞬間、カメラの画像が真っ暗に……
どうやら妹がカメラを取り外したようだ。
……何て「罪なヤツ」なんだ妹よ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
いくら家族でもやっていいことと悪いことがあります。
絶対にマネしないでください……これはフィクションです。