3話 やっちまった・・・。
静かな午後の昼下がり。
清々しい春の日差しが眠気を誘い、大木の枝に体を預け、うたた寝をしていた男は、突然飛び起きて、時計塔の針が指し示す時間を確認した。
「あっ、やっちまった・・・。」
入学式は、疾うに始まっていたのだ。
"キーンコーンカーンコーン~♪キーンコーンカーンコーン~♪"
というか、疾うに終わっていた。
「まぁ、いっか。」
しかし、男は動じなかった。
なんなら、もう一眠りしようかな?等と考えたりする程、男の肝は据わっていた。
というか、その男というのは、アイン・クロスフォードだった。
ーーー
「皆さん、御好きな所で良いので、着席してください。」
魔剣士学園1年生のEクラス。
そこは、1年生の中でも実力が乏しいとされる者達が集められた所であった。
具体的には、平民階級の者達や貴族の中でも落ちこぼれと呼ばれる者達が混合で在籍しており、その内の1人、ミーナもまた、平民階級の出自であった。
「はぁ~。」
ミーナは、今朝の出来事を思い出し、深いため息を漏らす。
正直に言うと彼女は、2人の貴族の男性から声を掛けられて、満更でもなかったのだ。
(ちぇ~っ!子爵家の金髪は、顔もそこそこだし、御近付きになるのも悪くなかったんだけどなぁ~。まぁ、その後来た伯爵家の黒髪とのやり取りをみて、ないわ~って思ったけど。ってか、なんなのよ、あの黒髪ッ!お茶誘って来たくせに、やっぱ気分じゃなくなったってッ!かと思えば、こんな大金渡して来るし・・・。まぁ、貴族様だし、返せとか言って来ないだろうけど。というか、返せって言われても返さないけど。)
更に正直にいうと、ミーナは、貴族に取り入る気満々であった。
「はぁ~。」
またしても、深いため息を漏らすミーナ。
(まぁ、伯爵家様だし。私達とは、住む世界が違うんだろうなぁ~。付き合えたりしちゃったら、贅沢三昧出来ちゃうんだろうなぁ~♪ここの制服着てたから、御近付きになれるかもって思ったけど、そう簡単に見つからないだろうし。あっ!もしかして、私がここの生徒になるって実は知ってて、俺の女になれてきな!?これは、ほんの手付金だ的なっ!?・・・いや、ないか。まぁ、とりあえず・・・)
「出欠確認をします。アイン・クロスフォードくん。」
(ん?えっ??アイン、、クロスフォード??)
ミーナは、今朝の出来事を思い出し、周囲をキョロキョロと見回した。
「アイン・クロスフォードくん?返事をしてください。」
(黒髪、黒髪・・・って居ねーじゃんッ!!)
「アイン・クロスフォードくんッ!?えっ!?あれっ!?本当に居ないのですかっ!?」
教師も、似顔絵付きの履歴書を取り出し、眼鏡を着けたり外したりを繰り返し、30人程居るから生徒の中から、アインを探した。
「・・・。うっ、うぉっほんっ。あ、アイン・クロスフォードくんは、欠席の様ですね。それでは、次のイリー・・・」
"ガラガラガラ"
「チーッス!!アイン・クロスフォードで~すっ!伯爵家の三男ですが、身分とか気にせず、皆仲良くしってね~☆」
ほぼ無表情なのに、ハイテンションで挨拶をするアインの姿は、支離滅裂過ぎて、周囲の反応を凍てつかせた。
「・・・。」
ピースした右手を右目の前で2回程閉じては開いてと言う間を空け、周囲の反応を伺うアイン。
「成る程、これが世に言う滑ったという奴だな。少し待て、やり直す。」
"ガラガラガラ"
そうして、アイン・クロスフォードは教室から出ると、一呼吸の間を置いて、再び扉を開けた。
"ガラガラガラ"
「アイン・クロスフォードで~すっ!歳は、ピッチピチの14歳っ!一応、伯爵家の三男ですが~、皆さん身分とか気にせず仲良くしてくれると嬉しいですぅ~☆」
やはり、ほぼ無表情で、ハイテンションに振る舞うアイン。
教師は、分かりやすく両手で頭を抱えて、深いため息混じりに口を開く。
「はぁぁぁ~・・・。アイン・クロスフォードくん。一先ず、どこでも良いので、空いている所に着席してください。」
「ふむ。そうするとしよう。どうやら、俺にギャグのセンスはないようだ。」
「・・・あ、あぁ、ギャグだったんだ。」
「わ、私達の緊張を解そうとなさってくれたのですね。」
「あぁっ!そういうこと!?」
アインが階段式の一番後ろの窓際の席へと着席するまで、ざわざわとした会話が飛び交い続けた。
「静粛に。それでは、出欠確認を再開します。イリーラ・メイビスさん。」
「はい。」
「オーガスタ・タリスくん」
「はい。」
「ナイザック・ナ・・・ッ!?」
「ZZZ~~~。ZZZ~~~。」
突然大きなイビキ声が聞こえ、皆がその音の方へと視線を集めると、両足を机に乗せ、優雅な姿で、気持ち良さそうに熟睡するアイン・クロスフォードの姿が、そこにあったのだ。
「・・・ッ!!グッ!グッヌヌヌヌッッ!!!」
両手で頭を抱えて、心底対応に困り果てた教師の、声にならない悲痛な叫びが、教室中に響いた。
ーーー
"キーンコーンカーンコーン~♪キーンコーンカーンコーン~♪"
「・・・んあぁぁぁ~!よくれぁふぁぁぁあ~!(よく寝れた)」
(あぁ~!実家じゃあ、こんなにのんびりと過ごす事なんで1度もなかったからな。マジで、学園生活万歳だわ~!)
「ふわぁぁぁ~!」
アインは、大きな欠伸をしながら、寝ぼけた頭を引きずるように、フラフラと教室から退出する。
"ギュルルルル~!"
「・・・腹減った。」
(そう言えば、寝てばっかで飯を食ってなかったな。食堂でも行ってみるか。)
魔剣士学園では、体を動かす事が多く、食欲盛んな生徒が多いため、食堂は、朝の10時から夜の21時まで営業している。
また、貴族用スペース、平民用スペース、合同スペースと区画分けされており、備え付けの備品のグレードも各々異なる。
また、平民は都度、現金で食券を購入しなければならないのだが、貴族のほぼ全ては、実家が月毎にまとめ支払いをするシステムであり、食券購入の際は、自身の姓名を口にするだけで良い。
・・・のだが。
「アイン・クロスフォードだ。このスペシャルメガ盛りステーキセットを頼む。」
「あいよ~!・・・んん??クロスフォードってたら伯爵様よねぇ?」
#水晶板__すいしょうばん__#を操作する食堂のおばちゃんの表情が険しくなる。
ちなみに、水晶板とは、ごく少量の魔力を使い操作する事で、多くの情報を管理することの出来る優れた物である。
「あぁ。俺はクロスフォード伯爵家の三男だが?」
「そうよねぇ~。水晶板の故障かしら?次男のジーク様は支払いが実家持ちなのに、三男のアイン様は個人負担なんて、おかしいものねぇ~。」
「「・・・。」」
(あぁ、成る程。通りで父上が、俺に金貨なんて渡す訳だ。)
~~回想~~
「学園生活で必要なだけの金を用意した。今後、貴様ごときに追加で資金の援助はしない。どうしても金が必要であれば、冒険者の真似事でもして、自身で工面することだな。」
~~回想終了~~
(なんなら、制服代から、実家からの移動の馬車代まで、全部そこから支払いさせられたしな。)
そんな事を思い出しながら、遠い目で呆然と立ち尽くすアイン。
(貰ったのは金貨から銀貨まで各5枚づつ。父上にしては、多いと思ってたけど、成る程、三年間の食費込みとは・・・ははっ、笑えね~!)
「あぁ、ちょっとまってな。今問い合わせたげるからねっ!」
「ん?あぁ、結構です。俺は、家でもこんな扱いなんで。お代はいくら?」
「えっ??えーっと、銀貨1枚だね。」
「あっ、そう。そうだ、いちいち支払うのダルいし、いくらか預けとくこととか出来ない??」
そう言って、アインは、小袋から銀貨を1枚取り出した。
「あいよ!ちょうどだね!ほれ食券っ!あいにくとそういうのは出来ないね~!あっ、食券に書いてある番号で呼ぶから、呼ばれたら手を上げとくれ。席まで運んであげるからね!」
「あぁ、分かった!・・・ん?ちょうど??」
アインは、小袋を開き、中を確認した。中には、銀貨が4枚入っていた。
アインとしては、金貨を1枚渡して、預けとくことは出来ないか?と提案したつもりだったのだが、小袋の中に入っていたのは、銀貨であった。
「やっちまった・・・。」
アインは、肩を落とし、とぼとぼと席へ移動し、ドサッと腰を下ろす。
そして今朝、街行く美女に手渡したと思っていた銀貨は、銀貨でなく金貨であったと、アインは、ようやく気が付いたのだ。
(嘘だろっ、じゃあ、あの時、端金だと思って渡したのって、・・・俺の、三年間分の食費ーーー!!!!?)
「341番の食券の方~!」
「・・・。」
アインは、力なく無言で、腕を上げる。
眼前のスペシャルメガ盛りステーキセットの芳ばしい香りも、ぱちぱちと食欲をそそる音も、圧倒的ボリュームによる見た目のインパクトでさえも、金貨5枚分のショックを埋めることは出来ず、スペシャルメガ盛りステーキセットの味は、やたらとしょっぱく感じられた。