2話 先に目をつけてたって言われてもねぇ(笑)
石やレンガを基調とした街並みは、アインへ王都の繁栄ぶりを感じ取らせるのに、充分すぎる程であり、今までクロスフォード領から出た事のなかったアインは、キョロキョロといかにも田舎者といった様子で周囲を観察していた。
「流石王都だな~!人の量は多いし、街並みも綺麗だし、屋台の食い物も上手いっ!!」
そう言って、アインは肉饅頭を頬張る。
貴族の子供は、通常なら10歳の誕生日を機に、社交界へデビューさせられる。
その際、どれだけ田舎の貴族だろうが王都へやって来て、親しい家の貴族同士でパーティーを開き、各家に紹介して貰うのが常識なのだが、アインの場合は違った。
多くの有力な魔剣士を排出してきたクロスフォード伯爵家は、弱者を他家に紹介することを恥だと思う風潮があり、アインは、つまり、弱く無能だと思われていたが為に、社交界へデビューすらさせて貰えなかったのだ。
「さぁて、そろそろ、#アレ__・__#かなぁ??」
アレと言うのは、街行く美女に声を掛けまくり醜態を晒す、世に言うナンパである。
アインの容姿は、決してイケメンではないが、同時にブサイクでもない。
黒髪に黒い瞳、背丈は171センチ程で、体重は55キロ、特徴的な部分と言えば、やや目付きが悪い位だ。
本来、貴族の一員として、ナンパは決して誉められた行為ではないのだが、それ故にアインは、不器用な笑みを浮かべて、街行く美女に目星をつけ、声を掛ける。
「へ~い♪そこのかーのじょっ!!良かったら俺とお茶でもどうだーいっ!?キラーン」
「・・・えっ!?あのっ、そのっ、わ、私?・・・ですか??」
街行く美女さんは、それはもうお困りの様子で、戸惑っていた。
「おいっ!!貴様ッ!!なんのつもりだッ!?この田舎者がッ!!」
横から口を出してきた男は、アインと同じく魔剣士学園の制服を来ていた。
彼は、アインが街行く美女に声を掛ける前に、ポケットへと雑に収めた肉饅頭の包み紙の切れ端を見るや、ニヤッとした表情を浮かべた。
そして、少し落ち着きを取り戻し、改めて上から見下す様な口調で語り掛けて来た。
「彼女には、私が先に目をつけていたのだ。全く、見たことの無い顔だが、その身なりは、一応貴族の端くれではあるようだな?この次期、子爵家当主たるバルザック・ハーノインに名乗る事を許してやろう!!!」
「はぁ・・・、いや、先に目をつけてたって言われてもねぇ(笑)」
アインは、いかにも面倒くさそうな態度をとり、じとっとした視線をバルザックへと向ける。
一方のバルザックは、そんなアインに対して、苛立ちを露にして、今にも斬りかかって来そうな雰囲気だった。
(ったくだりぃな、こいつ。先に目をつけてたからなんだってんだよ!?あっ!!・・・もしかして俺、今、喧嘩売られてる??よし!買おうッ!!入学式前から喧嘩をしでかす馬鹿な三男に、俺はなるッ!!)
アインは、貴族らしく、礼儀正しい所作にて一礼した後、左側の頬を吊り上げ、狂喜に満ちた笑みを浮かべた。
「御初に御目にかかる。私は、アイン・クロスフォードと申します。ハーノイン子爵家#次期当主候補__・__#のバルザック殿。どうぞ、以後お見知りおきを。」
「・・・はっ、ハァッ!?く、クロス、フォードッ!?」
バルザックの顔からは、驚愕と共に、勢い良く血の気が引き、分かりやすく動揺し始めた。
「あぁ、疑うのも無理ない事だろう。私は、一時期病に伏せっていて社交界には顔を見せていないからな。」
そう言いつつ、アインは、腰に携えた剣を鞘ごと抜いて、柄の部分をバルザックへと見せた。
するとバルザックは、アインの剣の柄に彫られた家紋を目にするや、まず、顔から物凄い勢いで血の気が引き、間髪入れる間もなく、垂直に頭を下げた。
「青き大蛇、は、白銀の大鷲ッ!?先程はッ!!たっ、大変失礼しましたッ!!伯爵家の方とは知らずッ!!虫の良い話であることは重々承知のうえで、どうかっ!どうかッ!!先程までの無礼な態度を御許し願えないでしょうかッ!?」
一方のアインは、「あー、そーゆのいーからっ。それに俺、三男だし。」と、興味なさそうに片手であしらい、「でっ?」と、肩へ剣の鞘を乗せ、少々不機嫌そうな様子で言葉を繋げる。
「どうすんの?この程度の事をいちいち実家に報告なんかしねぇけど、彼女にはバルザック殿が#先に__・__#目をつけてたんだろ?」
「いっ!!いえっ!!滅相も御座いませんっ!!どうやら、思い違いをしていた様ですっ!!重ね重ね、大変申し訳御座いませんっ!!アイン殿、私は急用を思い出したので、これにて失礼させて頂くと致します。」
そう言い残すと、バルザックは、ハーノイン子爵家の、家紋の刺繍が施されたマントを翻し、逃げるようにして、その場から立ち去る。
「・・・チッ、マジでしょうもねぇ奴だな。」
(家名を出したのは下策だったな。)
そう思った瞬間、アインの脳裏には、バルザックに家名を告げた直後の光景が蘇り、機嫌と目付きが一層悪くなった。
「あっ、あのっ・・・」
すっかり置き物と化していた街行く美女さんは、その場へ残ったアインへと近付き、やや前傾姿勢で、胸元を強調させながら、話し掛けて来た。
「あ~!ごめんね~!なんかお茶って気分じゃなくなったんだよね~!これ、貴族同士の醜態を見せた御詫びって事で受け取ってよ!」
「へっ!?」
アインは、きょとんとした様子の街行く美女さんの手に、硬貨の入った小袋を手渡すと「それじゃあ!」と言いながら、歩き始める。
「あっ、しばらくは、王都に居るから、また会うことがあったら、その時にお茶でもしようよ!そんじゃね~!」
一瞬立ち止まり、ぎこちなく、不器用な笑みを浮かべ、街行く美女さんに向けて手を振ると、アインは、王都の人混みへと溶け込んだ。
「えっ?えぇ~っ!?」
その場で、呆然と立ち尽くす街行く美女さん。
不馴れな事が続き、理解が追い付いて居なかったのだ。
少しの間を置いて、手渡された小袋を開くと、「ひぇッ!?」と、周囲の人々が振り返る程の大きな声を上げてしまう。
何故なら、小袋の中には、金貨が5枚入っていたからだ。
~~~貨幣価値~~~
この世界での貨幣価値を日本円で表すとこんな感じです。
白金貨 1千万円
金貨 1百万円
大銀貨 1十万円
銀貨 1万円
大銅貨 5千円
銅貨 1千円
青銅貨 1百円
青貨 1円