9、領主との面会
結局あの後疲れからか、朝までぐっすり眠っていたらしい。目が覚めると東の空がほんのりと赤い。夜明けだ。動こうとしてお腹の音が鳴ったことで、夕食を食べ損ねた事を思い出す。
そもそも慣れない馬車の旅だった上に、トラブルに見舞われ、色々あったのだ。疲れていても仕方がない。そう思い直し、頭が冴えたところで携帯食を齧りながら、領主様相手に身の上を隠すための口上を考える事に時間を費やした。
そして昼過ぎ、ブレア城に入るための門の目の前に私はいた。ジェイクさんに教わった通り、本当に真っ直ぐに進むだけ。よっぽどの方向音痴でなければ、すぐに見つけられるだろう、迎えを断って正解だったと思う。
ジェイクさんから手渡された手紙を右手に城門へ近づくと、門を守る衛兵としっかり目が合った。目が合った事で用事があると判断されたのか、彼が声をかけてきた。
「お嬢さん、城に何か御用ですか?」
「あの、昨日ジェイク様よりこちらの手紙を頂きまして……」
「なる程、貴女様があの……承知しました。手紙を拝見しますね」
前半の言葉が気になったが、単に昨日の一件を知っているのかもしれない。そう思い、手紙を衛兵さんに渡す。
彼は内容を確認すると、「お待ちください」と言って門の右側にある勝手口から中へ入っていく。なんだろうと思って首を傾げていると、突然大きな音を上げながら目の前の門が開いたのだ。
唖然としている私は彼に声をかけられ、開いた門から城の中に入った。すると目の前にはジェイクさんが立ってお辞儀をしているではないか。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
彼の声を聞きながら、アレクシアは城の中へと歩みを進めるのだった。
「やあ、よく来てくれたね」
私が部屋に入り、最初に声をかけたのは部屋の奥の窓の前に佇んでいた男性だった。きっとこの方が領主のルイゾン様だと思われる。
プラチナブロンドの髪は、光に当たってキラキラと輝いている。私から見ても、この方は若そうだ、と思うくらいあどけなさを残しているように見える。とはいえ、共和国での領主の地位は、王国で言えば公爵家や侯爵家の地位と同等……もしくはそれ以上とも言われている。この方も見た目通りの年齢ではないだろう。
「お招き頂き……」
「あいやいや、そんな畏まらないで。本当はこちらから出向くべきだったのに、来させてしまって済まなかったね」
謝られて目をパチクリと見開いた。あっさりと謝罪した領主様に驚いたのだ。
そのことに気づいた領主様は、ニコニコと笑みを絶やさず
「ああ、驚いたかな?よくジェイクに『もっと領主らしく威厳を』って言われるんだけど、苦手なんだよね」
と言ってのける。ちなみにその言葉の後に「しっかりして下さいませ」と声が聞こえたのは気のせいだろう。
違う意味で領主様に圧倒されていると、和かな表情をしていた領主様が笑みを引っ込めたと思ったら、いきなり頭を下げられた。
「この度は我が領民を助けていただき、感謝しております」
領主の顔になった彼に驚きつつも、何とか理性を総動員して返答する。
「いえ、あの場で私ができる事をしたまでです」
「その貴女の機転が、彼らを救った事は事実だ。それだけ私たちにとって彼らの命は大切だということさ」
先ほどの威厳は何処へやら、いつの間にか領主様は最初の口調に戻っていたが、不思議と彼に嫌悪感は無い。領民を大切に思う気持ちが充分伝わってきたからである。
アフェクシオン王国の現国王や王太子と比べるのが烏滸がましいほど、彼は自分の領民に目を向けている。その事実だけでも彼は尊敬に値する人間だと感じた。
それだけではない。冷静になって彼を見てみると、周囲には精霊が二人ほど周りを守るように動いていた。彼は精霊に好かれているらしい。ただ、加護は得ていないようだが。
「ああ、立たせたままで済まなかった。ジェイク、彼女をソファーに案内して」
「畏まりました」
ジェイクさんに案内されたソファーに座ると、ぽすんと音を立てて対面に領主様も腰をかける。そして身体を乗り出し、私の前に右手を差し出した。
「改めて、領主のルイゾン・フェルヴァと言う。よろしく頼むね」
「シアと申します。よろしくお願いします」
握手をする二人。手を離すとすぐに領主様が話しかけてくる。だが、その顔は申し訳なさそうである。
「先に謝罪をしておくけれど、実は私は精霊の加護を持つ人間を見抜く事ができてね……シアさんも加護を授かっているんだね」
急な話の展開に付いていけず、私は身体が凍りついたように動かない。今、領主様は何と言った……?精霊の加護……?と頭の中は混乱していた。
そもそも加護を見抜く能力があるというのを初めて聞いた。王妃教育でも周辺国については学んでいたが、共和国の領主については、名前を把握するだけで終わっていたため、知らなかったのだろう。
だが、それ以上にそんな大事な事を平民である私に伝えて良いのか?そんな気持ちが胸を占めていた。
「あの、そんな大切な事を私に伝えても宜しいのですか?」
「うん、大丈夫だ。共和国だと私が加護を見抜く力を持っているという事は知られているから、どうって事ないよ。それに私の部下は優秀だからね」
笑顔でアレクシアの質問に答える領主様。丁度目の前で紅茶を淹れているジェイクさんも黙っているので、彼の言う事は本当なのだろう。まぁ、そもそも疑ってはいないが。
幾つか雑談をした後、「そういえば……」と領主様が話を切り出した。
「リネットの報告書に君が魔石販売店を開きたいと言っていたと書かれていたのだけれど、もし良かったらこのブレア領で開かないかい?」
いつそんな事を……と思ったが、馬車の中の男の子、トビーにそう伝えていたのを思い出す。あの馬車の誰かが聞いていて、リネットさんに伝えたのかもしれない。
どうしようかと悩んでいた所に、領主様からもう一声入った。
「実は数年前まで魔石販売店があったのだけれど、その店主が引っ越してしまってね。その店が丸々残っているんだよ。今回領民を助けてもらえたお礼として、その店を渡そうと思うのだけど如何かな?」
「店を……ですか?」
「そう。今は空き家になってこちらで管理しているのだけど、鍛冶屋や武器防具屋も近くにあるし……立地的には問題ないと思うんだよね。家賃は支払わなくても良いよ」
「いえ、貸して頂けるのであれば、家賃は支払わせてください」
「そんな遠慮しなくても良いのに」
その後も二人で押し問答を続けた結果、軌道に乗るまでの猶予として一年は家賃を免除、それ以降に家賃が発生する事となった。だが、その家賃も領内で見れば比較的安い値段ではあるのだが、来たばかりの私にそれを見抜く事はできない。もちろん、このことは後から知る事になったのだが。
しかも開店資金も利子なしで貸してくれるらしく、その額は一ヶ月分の給料分らしい。うまい話にはなんとやら……少し警戒していると、彼は笑ってこう言い始めた。
「流石に警戒するよね」
「……そうですね」
「先程言った通り、これは領民を助けてくれた礼と謝罪の分を引いているからだね。君は精霊の加護があり、アフェクシオン王国の出身……だよね」
「はい」
「王国は精霊の加護を持つ住民の国外移住を禁止していたはずだ。それも踏まえると…予想がついてしまうんだ。だからその謝罪の分だね。あとこの件は僕とジェイクだけに留めておくよ」
つまり、シアと名乗っている彼女が愛し子であると彼は予想がついているのだ、という事に遅ればせながらも気づく。
「一応僕とジェイク以外の人物に情報の共有の必要性があると判断した場合……そうだね、今のところはリネットには話したいとは思うのだけど、彼女には君が『加護持ち』であると伝えるつもりだ。ただし、彼女に伝えるのは、君がこの街に滞在して店を開く場合のみにするよ。それ以外は口外しない。後はそうだね、ここまで話を進めてから言うのもどうかとは思ったのだけれど、もしここで店を開かない事になっても別の報奨を与える予定だから、断ってくれても構わない。選ぶのはシアさんだからね」
私を見つめる彼の目は優しい。ミラや父バートのような、悪意のある目とは大違いだ。
それに後ろに佇んでいるジェイクさんも首を縦に振っている。その目はまるで孫を見るような優しいものだった。それだけではない。周りには精霊がいる。しかも精霊の数が少ないこの国で2体も近くにいるのだ。そこまで言ってもらえるのなら、信じてもいいかもしれない。彼らの存在も私の背中を押した。
「私で宜しければ、この街でお店を開かせてください。よろしくお願いします」
「本当かい?それは嬉しいよ。……本当に大丈夫かい?」
即断即決したからか、領主様は心配そうな様子だったが、同じ事を二度繰り返すと問題ないと判断したらしく、「よろしくね」と笑っていた。
「私は君を全力で守れるように手配するね。あー、そろそろ時間かな。じゃあ、後はジェイク。宜しく頼むね」
「承知しました」
「何かあればリネットを頼ってくれ。リネットは僕に面会できる人間だからね」
はい、と返事をしたところで、ジェイクさんから「旦那様、時間ですよ」と声をかけられていた。これで領主様との面会は終了らしく、私はジェイクさんについて部屋を去ろうとした。その時、背後から「あ、」と声をかけられる。
「そうだ、もし良ければブレア領の住民登録をしておくかい?店を開くならあっても損はないと思うよ」
「でしたら、お願いしても宜しいですか?」
「いいよ。と言っても、手配するのはジェイクだから、後は任せるね」
そう言って和かに笑う彼に見送られ、彼女は部屋を後にしたのだった。
**
リネットが扉をノックして入ると、ルイゾンは窓の外を眺めていた。目下には先ほどまで部屋にいたらしいアレクシアの姿が映っている。
「旦那様、書類をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。机に置いておいてもらえるかな。……シアさんは可愛らしいお嬢さんだったね」
いきなり話題を振られて目を丸くしたリネットだったが、シアとの面会があった事を思い出す。
「ええ、綺麗で頭の切れるお嬢さんですね」
「それだけじゃない。彼女は精霊の加護付きだ」
「はい?」
いきなりだった事もあり主人に対して不敬ではあるが、思わずリネットは声に出してしまった。まぁ、ルイゾンはこんな事で怒るような器では無いが。
確か彼女は王国出身だ。共和国出身だったらまだしも、王国出身者で精霊の加護持ちがこんな所にいるはずがない……と彼女は思っていた。
そうリネットが思うのも仕方がないことだ。王国は精霊の加護持ちが国外に行く事を禁止している事は周知の事実だからだ。
「実は王国にいる影から、『精霊の加護付きと思われる女性が国外追放になった』との報告が来ていてね。方向から考えると共和国に向かっているようだと聞いていたんだよ。まさかリネットが一番に会うとは思わなかったけどね。ああ、加護持ちである事をリネットに話していい、と彼女から許可は取ってある」
「しかし……何故加護付きの彼女を国外追放に?」
「それは今調査中だが……多分碌な理由では無いだろう」
加護持ちがこの街に定住する、それは良い事であるのだが……リネットは恩人である彼女を利用しているような気がして気が引けていた。そのため、その思いを払拭するためにも彼に疑問を投げかける。
「旦那様は、彼女をどうするおつもりですか……?」
「ん?ああ。どうもしないよ。店舗も提供したし、彼女がこのまま定住してくれたら嬉しいけど。基本私は来る人拒まず、去る人追わずだからねぇ……悪いようにはしないさ」
そう言われて、リネットは胸を撫で下ろした。確かにこの方なら、彼女を不当に利用しようなどと考えることはない。それは理解していたのだが、改めて言葉にしてもらうことで、安心できたのだ。
「それより私は彼女のことよりも今後の王国の事が気になるな」
「王国ですか?」
何を考えているのかリネットには理解できないが、ルイゾンがニタリと笑っている時点で楽しんでいる事は間違いない。
「ああ、そうだ。キャメロン殿の時代だったら、こんなことは考えられないだろう。現国王……それか次期国王が無能なのかも知れないな。王国がどうなるのか……こんな間近で国の栄枯盛衰を見ることができるなんて、私は楽しみなんだ」
リネットが呆れ顔で「そうですか」と返しつつルイゾンを見れば、彼は至極真面目な顔でリネットを見ている。
「過去に共和国で革命が起きた事と同様に、王国は今歴史の分岐点に立たされているのかもしれない。結局彼女も当事者だ……何か起これば巻き込まれる可能性が高い。住民登録の手続きが終われば彼女もこの国の領民になるから、守らなくてはならないな。その時はリネット、宜しく頼む」
「承知しました」
そう呟き、ルイゾンは仕事に戻った。王国で何が起こるのか、まるで未来が見えているような言い草だ。彼のことだ……王国の未来がどうなっていくのか、いくつか予想を立てているのだろう。
彼の方の考えている事は分からないな……そう思いながらリネットは彼の部屋を後にしようとしたが、ドアノブに手を掛けたところでルイゾンに呼び止められた。
「あ、後……リネットが良ければシアさんを気にかけて貰えると助かる。彼女が魔石店を開店するにあたって……魔石を入手する方法があるとは思えないからな。頼まれたらダンジョンに付いて行っても構わない」
「宜しいのですか?」
「ああ。ジェイクの報告によれば、君はシアさんから信頼を得ているようだ、と言っていた。できたらリネット、君の存在がシアさんの中で大きくなって貰えれば……とは思っているからね。ま、これは領主として精霊の加護付きを引き止めたいという思いもあるからさ」
彼の中では、領主としての思いと個人としての思いが、鬩ぎ合っているのかもしれない。精霊の加護付きを引き留めれば、この街が更に豊かになる可能性が高い……しかし、精霊の加護付きを無理に引き止めるのは、王国と同じ。彼女の意思でこの街に留まってもらいたい。
ある程度尽くせる手は尽くした。どうなるかは運次第。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
ブックマークと評価が増えていたので、驚いてアクセス解析を確認したら、1日で1万PVも…嬉しいです。
次話からはブレア領で店を開くためにアレクシアが奔走します。
明日も推敲が終わり次第投稿する予定です。よろしくお願いします。




