7、もう一人の愛し子の思惑(妹ミラ視点)
「本日朝、あの者が屋敷を出ていきました」
王宮から戻った私に話しかけたのは、幼い頃から私の専属として仕えてきたメリーだった。あの者、とは私の姉であるアレクシアの事だ。あの忌々しい姉。思い出すだけで、怒りが込み上げる。
「そう、これで安心して過ごせるわ。メリー、報告ありがとう。下がって良いわ」
「失礼致します」
パタンと扉が閉まり、メリーが部屋から去っていく足音が耳に入った。その音が聞こえなくなると、私は今まで貼り付けていた他所行きの笑みを取り去った。
「やっと、やっとハリソン様を奪ってやったわ」
姉、アレクシアは何でもできた。そして何でも手に入れていた。私より少し早く産まれただけの、女なのに――私とは違い、何でも卒なくこなし、昔から顔色1つ変えない。その上母の寵愛を受けていた。
だから私は父に愛を求めた。私の想いを感じ取ってくれたのか、父は私を溺愛し、姉を邪険に扱うようになった。いい気味だと今でも思う。
6歳になって流行病で母が亡くなってから、姉は屋敷で孤立するようになる。それはそうだ。母が亡くなった事で、公爵家の実権は姉が成人するまで父が公爵代理として握る事になったのだから。父が姉を嫌っているのは、屋敷の者も理解している。あの女に迂闊に救いの手を出せば、父に追い出される事くらい想像できるだろう。
それから父と私の嫌がらせが始まった。父は姉の衣食を奪う事にしたらしい。服も買い与える事なく、食事も1日に一食、しかもパン半分とスープ一口。そして顔を合わせれば、罵倒を繰り返していた。もちろん、私も姉に会えば嫌味を言ったし、彼女が母から与えられていた衣装や装飾品も見窄らしいもの以外全て私が取り上げた。
そんな時、父から尋ねられたのだ。あの時の事はよく覚えている。
「そう言えばミラ。ミラは精霊が見えるのかい?」
「精霊かは分かりませんが、ふよふよと光の球が沢山浮いているのは見えます」
「なんと!光の球だと?どこに浮いているのか教えてくれるか?!」
そこから特に光の強い球をいくつか指差した頃、父は涙目になって私に抱きついてきたのだ。
「やはり、ミラが精霊の愛し子なのだな!ああ、愛しい我が娘よ……愛しているよ」
「お父様……」
嬉しくなって抱き合っていると、そこに偶然姉が通りかかった。私を抱きしめていた父の手が離れ、父の目が姉を捉える。その瞬間、私に見せていた満面の笑みが一瞬で引っ込み、憎悪の篭った絶対零度の目で姉を見ていた。やはり愛されているのは私だけ。そう優越感に浸っていた。
父は会話すら交わしたくないようだったが、ついでに姉にも精霊が見えるか聞いたらしい。姉は首を縦に振った後、何もない空間を三度、光の球の箇所を一度指す。だから私は言ってやったのだ。「三箇所に光の球はありません」と。
すると父は激昂し、「適当に指したのだろう」と糾弾し始めた。最初は首を横に振っていたあの女も最後には俯いて何も言わなくなった。やはり、父の言う通り嘘をついていたのだろう。父の寵愛が欲しいために、足掻いたのだろう……と。
そこからまた父の罵倒雑言が増え、時には一時間以上言い続ける事もあった。よほどあの件が腹に据えかねたらしい。その姿を見ているだけで、私はいい気味だなんて思っていたのだが――そこから数ヶ月後、姉に婚約者の打診がきたのだ。しかも第一王子ハリソン様の。
その上、この婚約については王命だった。だから断る事すらできない。父に泣きついてみたけれど、「すまない」と頭を下げられるだけだった。
ハリソン様は地位もあり、権力もあり、その上見た目が麗しい。この国で最上の婚約相手だろう。それを何故、父に愛されないあの女が……何故先に生まれただけで、私が欲しいものを何でも手に入れるのだ……と憤慨した。
しかも、王命で姉は王宮で暮らすことになった。鬱憤を姉で晴らそうと思っても、晴らす事ができない事に更に苛立ちを覚える。
――だから婚約者を奪ってやろう、と思ったのだ。そうすれば、痛哭、憤怒……様々な感情があの女の顔を歪めるはず。それを見て嘲笑ってやれば、私のこの感情も落ち着くだろう、と。
だから私はお父様に、王宮へ連れて行って欲しいとお願いした。お父様は二つ返事で、私を度々王宮へと連れて行ってくれた。
最初は王宮に訪れても中々思うようにうまく動くことができなかった。理由は今亡き前国王陛下が、私を連れてくるのであれば、いくつかの条件を呑むよう、お父様に指示していたからである。その条件の1つが、『父と離れてはならない』だったので、自由に動くことができなかったのだ。そしてそれ以外の条件も私の行動範囲を縛っていた。
私が条件に縛られず、動けるようになったのは、前国王陛下が亡くなった三ヶ月後だ。「前国王陛下の条件は無効で良い」と現国王陛下が条件を取り消してくれたこと、そしてその時に息子であるハリソン様を私に紹介してくれたことにより、私はハリソン様と交流を持つようになったのだ。
ハリソン様は姉に嫌悪感を抱いているようだった。私と居る時にはいつも姉の愚痴ばかりこぼす。「笑顔がない」「私を讃える姿勢が見られない」「頭の良さをひけらかしている」など……不平不満が積もり積もっているようだった。
だから私は彼の話を笑顔で聞いて、同調した。そして、極め付けはハリソン様の前で「殿下を思いやれぬ姉で申し訳ございません」と謝罪し、涙を零したのだ。そこから彼は私に好意を向けてくれるようになった。
そして姉が王子妃教育もあり学園に通えない事を利用して、私はハリソン様の後輩として学園に入学、そこで姉からされたでっち上げの虐めの数々を彼に披露した。その時には王宮に勤めている侍女や騎士たちを味方につけていたため、彼らが四阿での姉の様子を逐一教えてくれた。と言っても、ハリソン様はその当時、姉の顔を見るのも嫌だったらしく、既に参加していなかったのだが。
それだけではなく姉の王宮での生活についても面白おかしく報告してくれた。前国王陛下が亡くなって以降、父親にも婚約者にも嫌われており、その上精霊の愛し子でない姉に手を差し出す者はいなかったらしい。現国王陛下ですら姉を空気と同様に扱っていたと言っていた。だから彼女に一人も専属侍女がついていない事も、王子妃教育で着るドレス以外は侍女の手を借りられなかった事も、毎日されるべき掃除が週に一度しかされていない事も、食事がパンとスープしかない粗末なものである事も、教育係が姉の出来の悪さに暴力を振るっていた事も知らないのだろう。
私が入学して半年経った頃には、婚約解消も秒読みに入っている、という噂が流れ始めた。その噂を私が耳に入れたと同時期に、ハリソン様は婚約者変更を国王陛下に申請していたらしい。そしてその許可を得たことも。
それを聞いて優しい私は、すぐさま事前に伝えるべきだと主張した。その言い分を呑んだハリソン様が、「週一度の交流会には、律儀に毎度四阿に訪れているらしい。そこで告げれば良いのではないか」と提案してくださったので、私とハリソン様でどのような話の流れで進めていくか、事前に念入りに打ち合わせをしてから向かったのだが……
確かに姉は顔色を変えた。だが、私が期待していたものではない。ハリソン様が婚約破棄を告げた時、目を見開いて驚いたような表情を浮かべていたが、それ以降はたまに顔が引き攣るくらい。ハリソン様に見苦しく縋り付く事を想像していた私からすれば、あまりにもお粗末な結果だった。
その後もハリソン様に必要以上に身体を預けたり、姉が怒るであろう言葉をかけてみたりしたのだが……姉は顔色変える事なく、その場を静かに去って行った。
思い出すだけで本当に――
「ほんっとうに最後まで憎々しい奴ね……」
自然と溢れてしまった言葉。それが姉に対する評価だった。
「追放とは、いい気味ね。どこかでくたばれば良いのよ」
そう呟いて、私はあの女のことを忘れるために、メリーが置いて行った紅茶をあおった。
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日刊ランキングに載っていて、驚きました! ブックマーク、評価、いいねをいつもありがとうございます!
第5話「初めての魔石屋」についてですが、本日細かい部分を削除、修正しました。
大筋は変わりませんが、魔石の説明で削除した部分があるのと、ノルサの精霊の属性が火に変更になっています。
後書きに変更した内容は書いてあります。




