6、ライの秘密
気まずい空気の中、また店の扉の開く音がする。誰かと思って顔を覗かせると、そこにはライさんが立っていた。
「少し相談があって来たんだけど……もしかしてまだバイロンさんと話していたかな?」
「いえ、今は落ち着いていますが……」
と言った後に、ハッと気づく。今、爺の隣にはあの場にいなかったダンさんがいるのだ。慌てて爺の隣を覗き込むと、そこにはもう彼の姿はなかった。気を利かせてくれたらしい。
爺もこちらを見て頷いている。彼を入れても問題なさそうだ。
「ライさん。爺もおりますが、良ければ中に入って話しませんか?」
「良いのかい?じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言ってライさんは先程までダンさんが座っていた席に、腰を下ろす。そして座ったライさんの顔を見て爺は、何を思ったのか、椅子から立ち上がった。
「お嬢様、儂は店の方で魔石を見ても宜しいですかな?」
「もちろん、欲しい魔石があれば言ってね」
「分かりましたぞ」
そう言って彼は店に向かう。そして完全に爺が視界から消えると、私はライさんの前の椅子に座った。
彼の瞳がいつもと何かが違う。そう思った私は、静かに彼の瞳を見つめていると、彼が口を開く。
「まず相談の前に、ひとつ言わなくてはならないことがあるんだ」
少し気まずそうに話す彼。一呼吸置いた後、彼は一気に喋り始めた。
「僕の本名は、ライナス・フェルヴァ。ルイゾンは僕の父なんだ。隠している形になってしまって申し訳ない。先程、父に釘を刺されてしまったよ」
話を聞いたところ、ルイゾンさんから言われたそうだ。以前私が愛し子である秘密を話しているにも拘らず、ライさんは身元を明かしていないのではないか、と。
本当は昇級試験の後に明かす予定だったが、精霊さんの姿が見え、話し出したことでそのことがスッポーンと抜けてしまったらしい。確かにあれは衝撃が強かった。
「だから、流石にそろそろ言わないと、と思っていたんだけど、なかなかタイミングがね……」
そういえば、最近ライさんとはあまり会わなかった気がする。依頼を受けに行く時も、以前はライさんと行くことが多かった。
しかし、最近金級冒険者への討伐依頼が多いらしく、たまに協力して欲しいとロゼットさんやシモーネさんの依頼に同行することはあったが、それだけだ。
店に来ることもあったけれど、他のお客さんもいる場が多かったので、彼だけに目を掛けるわけにもいかないので、ゆっくり話したのは腕輪以来ということになる。
「大丈夫ですよ。驚きましたが、予想はしていたことなので……」
確かに隠されていたことに嫌だと思う人もいるだろうが、それは「相手が言いたいかどうか」で決まると思っている。言ってもらえて嬉しいとは思うが、言われないからと不快な思いをすることはない。
「予想をしていたとは……?」
「ええ、以前リネットさんがギルドでライさんに敬語を使っていたので……リネットさんより立場が上、つまり上司か領主の息子さんかとその時は考えていたのです。あの後、崩した話し方になっていたので、その思考は隅に追いやっていましたが」
彼が思うほど、私に衝撃はないのだ。だから、捨てられた子犬のように悲しそうな目をしなくても良いと思う。
「それに……自身の肩書きを知られることが一概に良いとも言えない事は私も理解しています。なので、そこまで気を落とさないでくださいね?」
「ありがとう……はは、情けないな。言おうと思えばいつでも言えたのに……君に知られるのが怖かったなんて……」
「どうかしましたか?」
ぼそっと呟かれた後半部分が聞き取れなかったので、ライさんに聞き返したが、ライさんは「なんでもないよ」と首を振った。
彼は少しだけまだ肩を落としているような気がしたので、「ライナスさんと呼んだ方がいいですか?」と顔に笑みを湛えながら言ってみる。
それを聞いたライさんは私を見て目を見開いたが、私の笑顔で揶揄っていることに気づいたのだろう。声を出して笑い出した。
「あー、いつも通りライさんでお願い。ああ、君には勝てそうにないなぁ」
そう笑ったライさんの声は、普段通りの明るい声に戻っていた。
ライさんとそんなやり取りが終わると、店にいた爺が戻ってくる。
「おや、お話は終わりましたか?」
「ええ、バイロン殿。ありがとうございました」
そうライさんが告げれば、爺は柔和な笑みを彼に見せ「元気になったようで良かったですぞ」と返した。きっと爺も彼の葛藤に気づいていたのだろう。
その後は、ライさんと爺が二人で私の護衛について話し始め、ある程度まとまったようなので雑談に興じていた。話の内容は、ライさんと私の出会いについてだ。
精霊崇拝派の下っ端が起こしたとされている事件で彼と出会った事を話す。
「あの時は、皆さんに助けていただいて開いたお店を守らないと、と思って過剰に相手を攻撃してしまってリネットさんに窘められてしまったけれど……あそこで自信を持てたのも事実よ。それに、こうしてライさんと出会えたことは、本当に僥倖だったわ」
「ほう」
そう言った私に爺は興味津々だ。一方でライさんは口を挟むことなく、私の話を聞き入っている。
「だって、爺……王都で信頼できるのは、爺と精霊さんだけだったわ。屋敷にいても、王宮にいても心が休まらなかったもの。……でもここは違う。勿論、周囲の人たちが優しいのも理由のひとつだけれど、一番は私の王国での話を聞いて、一緒に怒ってくれた二人がいるからだわ」
「……お嬢様は素敵なお人と出逢えたようで」
爺の瞳がまるで孫を見るかのように優しい。本当に私の心境の変化を喜んでくれているのだと分かる。だが、そんな爺の顔が少しだけ悪い笑みに変わったと思ったら……。
「ですがお嬢様。その割には儂以外の人への言葉が硬いと思うのですがね」
そう言われて、痛いところを衝かれてしまった、と思った。
「そ、それは……仲良くなったのは良いけれど、今までの私の口調を変えて良いのかわからなくて……」
爺は幼い頃から一緒にいたので、この口調で話せるだけであって……。
二人のことを信頼しているのは事実だが、いきなり口調を変えたら不審に思われるだろうし、わざわざ「口調を変えて良いか?」なんて聞くのも、どうなのだろう。
そもそも私が話してきた人は、公爵家では爺が一番多く、執事や侍女には必要最低限しか話さない。王宮では教育係が多く、侍女とも話さないし、ハリソン様なんて以ての外。私の話など聞いてくれなかったので、会話が成り立っていたとも思えない。
「……会話らしい会話をしてこなかったから、何が良いのか判断できなかったのよ」
そう呟くように言えば、爺も納得したようだ。まあ、簡単に言えば、会話能力が低いわけだ。
それに、これは言うつもりもないが……私はどこか他人と一線引いていた部分もある。それを取り払って接することに恐怖を抱いていたのだろうと思う。それが以前の私を守る盾だったのだから。
そう考えていた私が顔を上げると、パチッと音が聞こえそうなくらいしっかりとライさんと目が合った。なんとも情けないところを見せていると思う。
そんな私にライさんは笑いかけてくれた。
「あくまでこれは僕の意見だけど……僕は、シアさんが今のままが良いと思うなら今のままでいいし、変えたいと思うなら変えたら良いよ」
「そう言っていただけて、嬉しいです」
ただ私の中では何となく、爺のように砕けた口調は、相手との絆が深まっている時に使うものだと感じている。ライさんがそう言ってくれるのなら、少し砕けた話し方をしても良いのかもしれない。
「でしたら、少しずつ口調を変えようと思います。ライさんのこと、爺と同じくらい好きですから」
笑ってライさんにそう伝えれば、彼は笑顔でその言葉を受け取ってくれた。その一方で爺は、ライさんに「強敵ですな、頑張って下さいの」と背中をポンポンと叩きながら話している。
その不思議な光景に、私は目を丸くした。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
体調不良からある程度復活しましたが、まだ完全ではないので無理のない範囲で更新しようと思います。
中断する際はまた、後書きに書きますね。
そしてメッセージ、感想等でのお気遣いのお言葉、とても嬉しかったです!
前話、爺 がまさかの良いね74件も頂いていて驚きました。ありがとうございます。
引き続き、よろしくお願いします。




