4、初めての依頼 後編
「わぁ!たくさん生えていますのね」
「ここは、多くの薬草が生えている場所なんだ」
山道を登ると、いきなり現れた空間に私は驚いた。まるでその部分だけ木が密集するのを拒むかのように、多くの薬草や雑草が所狭しと生えている。そこに当たる太陽の光がまた幻想的だ。
山間なので緩やかな登り斜面になってはいるが、これくらいの坂なら問題なく登ることができそうだ。
「ジンジャーだけではないのですね。あ、あちらにはシナモンが生えていますし、そこにはアルテミシアも……!」
「よく知っているね。あとは……って、もう聞こえないみたいだね」
もうライさんの声は私の耳には届かなかった。それ以上に私は薬草に夢中になっていた。
「申し訳ございませんでした」
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。私は彼を放っていたことに気づき、彼に声をかけたのだ。
「いいよ。僕も良いもの見せてもらったし、それに時間はそんなに経っていないから気にしないで。しかし、よく名前を知っているね?パセリとかバジルとかも知っていたし、カレンデュラまで……」
「そうですね。先程お話ししていたお世話になった方が教えてくださったのです。その方は薬草事典を持っていて、よく見せてくださったので……」
事典くらいなら、と貸し出してくれた事もあった。暇な時に読んでいたので、まだ覚えているものは多い。とは言っても、結構前の事なので忘れてしまったものも多いが。
「そうそう、もし欲しい薬草があれば、取り方を教えるから取っていくと良いよ」
「本当ですか!?ありがとうございます。では、カモマイルとカレンデュラだけ取ろうかと思います。」
今言った2つの薬草は、花びらを乾燥させてお茶として飲むことができる。特にカモマイルは寝る前に飲んでいた。カレンデュラの花は美容に使える花だ。肌の湿疹が増えた時に、爺が教えてくれた。薬草事典に書かれていたことに爺が気づき、教えてくれたのだ。今考えると、爺が有能すぎる気がするのだが、気のせいだろうか。
「まずは、先に依頼を終わらせますわ」
「うん、良いと思うよ」
それよりも、依頼である。幸い、欲しい花の近くにジンジャーも沢山生えている。ジンジャーは根を利用する薬草なので、慎重に掘る必要がある。
まずはジンジャーの生えている土に触れ、魔法を使って軽く土の中の構造を調査する。生えている様子が分かれば、次に土魔法を利用して掘り起こす。土魔法は基礎の基礎の魔法なので、小範囲なら使えてもおかしくないだろう。
そして周囲についている土を取り去るために、水魔法を利用する。片手に球体ほどの水を出し、ジンジャーをその水に入れる。するとある程度土が落ちたので良いだろう。
「あとは……『保存』」
呪文を唱える場合は、高度な魔法を使用する場合である。呪文を言うことで精霊さんの力を借りているのだ。
この場合は、ジンジャーの周囲を水で覆っている。水の周囲には薄い膜のようなものを張り巡らせているので、壊れる心配はないのだ。
「シアさん?それは呪文?」
「ええ。こうすれば鮮度を保ったまま、持ち帰る事ができると思いまして」
以前爺と一緒に考えた魔法だ。水の精霊の加護を持っていれば、使える魔法なのだ……と、そこまで思い出してはた、と気づく。彼には私が加護を持っていることを言っていないことに。
しかも、この魔法を見て驚いているということは、高度な魔法であることが分かっているのだろう。自分の迂闊さにも頭が痛い。
「そうか、シアさんは水の精霊と契約しているのか……」
「……ええ」
やはりバレてしまった。これから外へ出す加護は「水の加護」にしておこう。今後は一人で来た時しか使わない方が良いだろうし、この状態のままギルドに出すのも問題がありそうだ。街に入る直前になったら解除しておこうと思う。
「その魔法を魔法書で見たことがなかったから、驚いたよ。流石、精霊と契約している人の魔法は違うね。羨ましいよ。以前僕も精霊と契約しようかな、って考えたこともあったけど……そもそもこの街は精霊が少ないから、僕に合う精霊がいるとは限らないし。契約自体も大変だときいたからね」
「そうですね」
精霊と契約するにはまず床に精霊を呼び寄せる魔法陣を描き、魔法陣の決められた場所に捧げ物を置く。そしてそこから呼びたい属性の魔力を魔法陣に注ぎ、呪文を唱えるのだが……まず、魔力量が足りなければ魔法陣は動かない。魔力量が足りたとしても、付近に注いだ魔力を好む精霊がいなければ、動かない。運良く精霊を呼べたとしても、精霊個人でも嗜好が違うので、捧げ物を置いたところで契約できるかどうかは分からないのだ。
それを全て達成して初めて契約に移るが、その者の魂が悪意に満ちていると契約はできない。そのため、精霊と契約するには多大な労力がかかる。
だが、例外もある。精霊が人間と勝手に契約を結ぶ場合もあるらしい……ただ、これは不確定要素が多いので、解明されていない謎なのだ。
ジンジャーを取り終え、次に移ろうとした私にライさんが待ったをかけた。
「そうだ、シアさん。ハサミって持っている?」
「持ってません……」
そういえば、薬草を取るときはハサミを使うこともあると聞いたことがある。
「手で千切って持っていくのも大丈夫なんだけど、切り口が綺麗な方がまた生えてきやすいから、もし可能ならハサミを用意すると良いよ。今回は僕のを貸すね」
「ありがとうございます」
きっと風魔法を使えばできるのだろうけれど、ここは素直に借りておいた。
花も採取が終わり、私とライさんは元来た道を戻っていた。日が天辺から段々下がり始めている。と言っても、日が沈む前には街に戻ることができるだろう。
山道を降りて街道に差し掛かる頃。目の前を見知った集団が通り過ぎるのを私は見る。馬上に乗っていた彼女も私に気づいたらしく、こちらに視線を送っていた。
「隊長!シアさんとライさんじゃないっすか?」
バズさんだと思われる声が聞こえたと思ったら、周囲から「本当だ」「ライ、何しているんだ」と声が上がる。私はともかく、ライさんは警備隊の人々にも知られているのか、と少し驚いた。
集団は完全に止まり全員がこちらを見ているので、少しだけ体が強張った。それに気づいたのか、ライさんは私の前に出て警備隊の人たちと話し始める。
「僕はシアさんの依頼のお供だよ。今日彼女が初めて依頼を受けたから、その付き添い。そっちは?」
「俺らはグレートウルフの捜索だよ」
「また見かけたって目撃情報が出たからさぁ」
「けど、周辺を確認したけど、それらしい魔物はいなかったがな」
警備隊の人たちはそれぞれ思い思いのことを喋っているのか、話が止まらない。職務のことを話していいのだろうか?そう疑問に思ってきたとき、リネットさんが声を上げたのだ。
「全員。帰ったら腕立て300回、スクワット500回。分かったな」
「「「ヒィ〜!ご勘弁を!」」」
リネットさん以外は顔面蒼白である。これは彼らに対しての罰なのだろう。そう考えていると、ライさんが済まなそうに彼女に謝罪した。
「ああ、リネットごめん。僕が聞いたから……」
「いえ、職務について聞かれるのは構いませんが、聞かれていない事をペラペラと喋るのは良くありませんから」
「まあ、それは……そうだね」
「「そんな!!」」
ライさんの援護射撃が不発に終わった事を全員が悟ったのだろう。まるで屍のように、生気がない。その空気を払拭できるかどうかは分からなかったが、私はリネットさんに向けて話しかける。
「リネットさん。答えられる範囲で宜しいので教えていただきたいのですが、グレートウルフってこんな街周辺に何度も出る魔物なのでしょうか?」
数年前に習った知識が間違っているとは思えない。分布が変わったとしても、こんな数年で変わるものなのだろうか……それはリネットさんも同様だったらしく、彼女も頭を捻っている。
「いや、シアさんが考えている通り、こんな浅い場所での目撃情報は通常であればあり得ない。この目撃情報が正確であれば、何か異常が起きていると判断しても良いとは思うのだが……まだ情報が足りないから判断に困るな」
「そうでしたか……」
「まあ、異常が発生している場合はライさんに手を貸していただくかもしれないが……心配することはないさ。我が隊員の力を信じてくれ。こう見えて彼らは強いからな」
「隊長!こう見えての部分は余計です!」
「違いねぇ、ははは!」
リネットさんのお褒めの言葉に驚いたらしく、先程の生気がなかった頃と比べると生き生きしている。やはり彼女は慕われているのだろうと思う。
「本当によろしく頼むよ。僕も期待しているから」
そんな事をさらっと言ってしまうライさんは、やはり「いけめん」なのだろう。これが彼の器なのだろうな、と思った。
「さて、ライさんに褒めていただいたのは嬉しい事だが、先程の件は免除しないぞ?」
「え〜!リネット隊長の鬼!」
「では、バズはプラス100回で」
そんな彼らの笑い声が周囲に響き渡ったのだった。
以下、作者のメモも兼ねて。
>アルテミシア : 調べるとヨモギ属に属している植物が出てきますが、ここでのイメージはヨモギです。ヨモギ属は学名からアルテミシア属ともいう(wiki情報)らしいので、そこから拝借しました。ヨモギという言葉が物語のイメージに合わなかったので、名前を変えているだけです。
>カレンデュラ : ポットマリーゴールドの別名。こちらは作者の好みでカレンデュラにしました。
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*6/22 修正
取り急ぎ感想でご指摘頂いた点を修正しました。ご指摘頂いた方には改めて返信します。
後書きのカレンデュラの別名はポットマリーゴールドだそうです。調べたところ花壇に咲いているような普通のマリーゴールドとは種類が違うようです。後書きであるとは言え、正しい内容を記載していなかったこと、お詫び申し上げます。