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1、休暇の過ごし方

「暇ね……」


 休暇から三日目そう呟いてしまうほど、私は時間を持て余していた。



 

 休暇初日は午前中にネルさんの元へ魔石を届けた後、昼過ぎにリネットさんのいる警備隊詰め所で、事情聴取を受けていた。

 私が男とのやり取りを覚えている限り伝えると、リネットさんは顔を顰め、「あまり無茶はしないでくれ」と窘められた。


「シアさんの対応が悪いわけではない。勿論、商人として反論するのは、必要なことだろう……だが、相手を追い詰めるのは良くない。追い詰められた相手は何をしでかすか分からないから、気をつけてほしい」

「隊長、でもここまで冷静に言えるシアさんは凄いと思いますよ?俺には真似できないっすもん」

「……バズ……お前はもっとシアさんを見習え」


 後ろで調書を取っているのは、最初に出会った際、リネットさんが睨みをきかせていたバズさんという隊員の一人だった。私の行動を褒めてくれたらしいが、あれだけ対応できたのは事前の準備があったからだ。正直そこまで冷静に対応できたかというとそうでもないと思う。彼女の言う通り、相手を追い返すことを考えすぎたあまり、煽りすぎていたと思う。


「それに加害者のあの男が出してきたのは、検査した結果逃げる用の煙幕だったから良かったものの……もしあれが毒ガスだった場合、使われていたら大変なことになっていた……特に君がな」


 ……その可能性は予測していなかった。もしギルド内で使われていたら被害者が多く出ていた可能性が高い。言われて改めてそのことに気づいた私は、血の気が引いた。私だけならなんとかなるが、もし他の人に飛び火していたら……そう考えた私の口からは謝罪の言葉が出ていた。


「そこまでは気づきませんでした……申し訳ございません」

「まぁ、私の話も『もし』の話さ。大勢の前であれをされたら、怒りたくなる気持ちも分かる。だからひとつだけお願いだ。もし相手がシアさんに直接危害を加えるようなら、誰かに助けを求めてほしい。一人で戦おうとするな」


 その真剣な視線にハッとする。確かに私は誰かの助けを借りた方が良い時ほど、助けを借りず一人で対応しようと躍起になることが多い気がする。王国では周囲に爺以外味方などいなかったからだろう。

 でも、ここは共和国だ。ノルサさんだって、ルイゾン様だって、モーガスさんやネルさんだって上辺だけではなかった。今ここにいるリネットさんもそうだ。この表情は本当に私の事を心配してくれているのだろう。


 爺が最後に言っていたのは、このことかもしれない。今回の店のこともノルサさんがあの時に来なければ、もしかしたら自分で調べる方向に舵を切っていた可能性もある。

 正直まだ自分の殻を破るのは怖い。けれど、もしかしたら……いつか自分の殻を破った時、素直にお願いできるようになれば良いな、と心の底から気がかりな様子を見せるリネットさんを見ながら思ったのだった。


 そんな場面はあったが思った以上に事情聴取は早く終わり、一刻経つころには帰宅の途についた。


 初めて詰め所で話を聞かれた事が大分精神的にもきていたらしい。詰め所帰りの店で出来合いの物を幾つか購入して帰ったのだが、帰宅後そのまま寝てしまっていたらしく、起きたら丁度日が昇ろうとしていた。


 

 二日目は昨日購入した食料で食事をした後、外服で寝てしまったため汚れたシーツや服の洗濯や乾燥のような家事に取り組んでいた。シーツの洗濯は初めての作業だと言うこともあり、苦戦することもあったが、昼過ぎには全て終える事ができていた。洗濯や料理のやり方を知っているのは、爺のお陰である。ハリソンと婚約する以前、爺とお菓子料理を調理場で作っていた時の話だ。その時に、「覚えておくと損はないと思いますぞ」と言われて覚えた記憶がある。


 家事が終わった満足感を感じた後、私はそのままのんびりと過ごす事にした。食事も初日に買ってきた物がまだまだ残っている。ある物を食べれば良い、そう考えて日課の魔石に魔力を込める訓練をした後、爺から貰ったメモを見て、何を作ってみようかと吟味していた。

 すると、最近はあまり姿を見せていなかった精霊さんたちが、今日は私の周りをフラフラと舞っている。何か気になることがあるのだろうか……と気にしながら、爺のレシピ集を見ていると、あるお菓子に差し掛かった時、緑の精霊さんが物凄い勢いでこちらに寄ってきたのだ。

 その美しい緑の目をこちらに向けて、クッキーのレシピを指差し何かを訴えているようだった。この様子だと……クッキーが食べたいのだろうか。


「今度作りますね」


 と言えば、その瞳がキラキラと輝き、喜びを表すかの如く舞が激しいものになる。やはり食べたいのだろう。その後水の精霊さんも同様に、彼女はプリンを指す。先ほどと同様に話せば、彼女も嬉しそうに笑っていた。


 そして皆でレシピ集を見ていると、店側のドアが開く音がした。誰か店に来たのだろうか。


「すみません、本日は開店していませんので……」


 と、店にいた人に話しかけようとしたところ、相手から話しかけられる。


「君がシアちゃんかぁ〜。ノルサが気に入るの、分かるな。よろしくね。ノルサから手紙だよ」


 いきなりのことで目を大きく見開いていたところ、私が理解できなかったのかと思ったらしい。


「ああ、ごめん。僕が来たのは、ノルサが書いた手紙を渡そうと思ったからだよ。魔石を買いに来たわけではないんだ」

「失礼しました。受け取ります」

 

 手渡された手紙を見ると、ノルサさんの書いた字とそっくりだったので、彼女の手紙を持ってきたというのは本当のことだろう。

 促されて手紙を読ませてもらったが、そこにはざっくり言うとこんなことが書かれていた。


『土の魔石と火の魔石をこちらから購入しない?その分の代金として、代わりに中石と大石の魔石に風と水の魔力込めをお願いしたいのだけど』と。


「最近、うちの同僚、皆忙しいらしくてさ。ノルサが『風の魔石が足りないかも』って頭を抱えていたんだよね。そしたら、シアちゃんができるって言うじゃん?だから交換でお願いしたらどう?って話をしてたんだ。あ、それでね。シアちゃんに謝らないといけないんだけど、僕が多分運搬の役割を担うことになると思うから……シアちゃんの秘密をノルサから聞いちゃった……本当にごめんね」


 秘密というと、精霊の加護を2つ持っているという話のことだろう。この手紙を預け、その後運搬を担当するのであれば、彼女にも知っていてもらわないといけないはずだ。仕方のないことだ。

 しかも彼女が申し訳なさそうに俯いているので、そのことで取り詰めていたのだろう。その証拠に、彼女も加護持ちらしく、彼女の肩には黄色……土属性の精霊が座っているのだが、彼女も同様に頭を下げている。精霊は契約した人の感情を受けやすいので、二人とも塞ぎ込んでいる。


「いえ、教えていただいてありがとうございました。気にしないでください。これからお世話になりますね……あ、えっと……」

 

 そういえば彼女の名前を聞いていなかった。私がまごついたことに気づいたのだろう、彼女は顔を上げる。その瞳にはまだ憂いが残ってはいたが、私の言葉で少しは納得してくれたようだ。


「ありがとうシアちゃん。そうだ、僕の名前を言っていなかったね。サラだよ。よろしくね!」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。サラさん。ノルサさんからの手紙の件も、お願いしようと思います」

「本当?やったね!土の魔石は僕が魔力を込めるから、楽しみにしてて!」

「はい、助かります」

「ちなみに、魔力を込めてほしい分の魔石も持ってきてるんだけど、お願いして良い?土と火の魔石は次の時に持ってくるね」

「分かりましたわ、お願いします」

 

 この申し出は私にとって助かるものだった。考えてみれば、私の店に客以外誰も出入りがない、つまり4属性すべての魔石を私が作成できる、と勘繰られる可能性が高いのだ。元々魔石師自体少ないのだ。そんな特殊な人間がいたら、どこで目をつけられるか分からない。それを防ぐためには、魔力を込めた魔石をきちんと取引している事を見せる必要がある。

 そのため、土属性と火属性は購入しつつ……爺から貰った魔石をたまに土と火に振り分けようと思う。


 それに、今後は魔力の込め方を少し変える必要があるかもしれない。ノルサさんの講義で、「魔力を込める量が多ければ多いほど、魔石の内部の色の濃さが変わる」ということを知ったのだ。


 手紙にも書かれていたのだが、ノルサさんが依頼する魔石は、魔石の魔力量を測る魔道具……魔石測定器と言うそうなのだが、それの85前後を指すくらいの魔力量でお願いしたいとのことだった。魔力量が10違ってくると、やはり魔力の色の濃さが違ってくる。すると見る人から見れば、『特殊』であることが分かってしまうらしい。

 と言ってもそのことを知っているのは、魔石師くらいらしいのであまり気にしなくても良いという話であったが……ノルサさんの魔石に関しては、魔力を込めるのを少し加減しなければならない。


「そうだ、これを貸し出すね」

 

 はいっと渡されて、思わず手を伸ばした私の手には、四角い箱から2本の手が伸びたような、不思議な形の道具が乗っていた。これは魔道具なのだろうか?


「それが魔石測定器だよ!魔石店には一台あると便利だから、シアちゃんも買うといいよ。うちにちょうど2台あったから、1台貸し出すね。買ったら僕が来た時に返してくれればいいよ〜」

「何から何まで……ありがとうございます」

「うん、できたら早めに返してもらえると嬉しいな」

 

 魔石測定器は魔道具屋かギルドで販売しているらしい。


「この街の魔道具屋の場所は知ってる?あのお婆ちゃんのところなら売ってると思う」

「分かりました。早めに購入してお返ししますね」

「うん、お願いね」

 

 商談が終わったので、その後サラさんと軽い雑談をしつつ、ノルサさんに手紙を認めた。彼女は魔石以外の商品も扱っているらしく、「よくこっちへ仕入れに来るんだよ。商品がなくてもまた来ることがあったら遊びにくるね」と言っていたので、今度来た時には、お茶をいれて、もてなしたいと思う。


 

 そして3日目……私はやることがなかった。

 

 そもそも私ができる事は魔石に魔力を込める事と、爺のお菓子レシピを読む事しかない。

 

 魔石については、そもそも数時間で終わってしまう。昨日来たサラさんが、実は「じゃあ最初の魔石」と言って最後に置いて帰ったのだが、昨日と今日の朝の一刻程で終わってしまったのだ。

 念には念をと、魔石測定器で測ったが、大体の数値が83ー84を指しているので、問題ないだろう。


 そういえば、と思い出したのは……リネットさんによると、領主の館の一部が図書館となっており、一般にも公開されているらしいのだが今読みたいと思う本が頭に浮かばないので、それも断念する。

 そうなると、ぶっちゃけ暇なのだ。


「これだけ身体を動かしていないと、違和感があるのよね……」


 王宮では領地教育と王妃教育でやることなど腐るほどあった。だから常に何かをしていたのだ。この休みを貰う前も、何かしら動いていたため、こんなに長い休暇らしい休暇は初めてなのだ。


 だからだろうか、私は王宮での自分を思い出していた。ハリソン様と婚約破棄をした際に、公爵代理が自分を追放するように誘導したのは私だ。自然とその思考になっていたのは、深層心理で私は彼ら(公爵家、元婚約者)と物理的に離れたいと思っていたのだろう。思ったより彼らに追い詰められていたのかもしれない。


 一面雲だらけだった空に風が吹き、太陽が顔を覗かせるように、私の思考は以前よりも鮮明になっているようだった。喜ばしい事だ。

 

 どうしようか、と店のカウンターに置いてあるロッキングチェアに座り足をぶらぶらさせていると、不意にカランと扉に備え付けられていたベルの音が鳴った。ドアを開けた相手は顔を覗かせているのだが、逆光と店の暗さで誰が来たのかはわからない。そのため、「休業中です」と声を出して立ち上がろうとしたところ、外の日の光が弱まったのだろうか、顔を見る事ができた。


「こんにちは、シアさん」


 そこに居たのは、ライさんだった。彼なら店は休みであろう事を知っているはずなのに……と疑問を抱く。


「あの、ライさん。今日は休みなのですが……魔石が必要であればギルドに……」


 そう言いかけてはた、と止まる。その事も彼は聞いているはずだ。それではなぜなのか。訝しげに思いながら彼の顔を窺うと、ライさんはその様子が見えているのかは分からないが、「元気そうで良かった」と私を労わりながら、続きを話し始めた。


「君に用事があって、顔を出したんだ。ギルドのネルさんが言っていたんだけど、預けた魔石の売れ行きが良かったらしくて、在庫が僅かなんだって。どうするか相談したいって言っていたよ」

「そうでしたか」


 魔石は予備も含めて全部で100個ほどネルに預けてあったのだが、足りなかったようだ。


「でしたら、幾つかお届けしようと思います。お伝えいただき、ありがとうございました」


 ライさんに頭を軽く下げてから、棚から魔石の瓶を手に取る。そしてその中から魔石を用意し始めた。うれしい悲鳴である。今まで頑張って魔力を込めて良かったな、としみじみと思った。

 各々の魔石を袋に詰め、ギルドへ向かおうとしたところで、彼から話しかけられる。


「僕も行くよ。君を一人で行かせたら、『ライさん!なんでシアさんを一人で来させたんですかっ?』ってネルさんに怒られそうだ」

 

 彼から提案された事に目を見開いた私だったが、なんとなくネルさんのその姿を想像することができたので、ライさんに悪いと思いながらも大人しく首を縦に振ったのだった。

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

ブックマーク、いいね、誤字報告や感想も嬉しいです。


今書き上げた文章と構想上、銅級に上がるまでは冒険者稼業がメインになると思うのでよろしくお願いします。




*2日目サラとの初対面の部分について


>しかも彼女が申し訳なさそうに俯いているので、そのことで取り詰めていたのだろう。


この文章の「取り詰めて→切羽詰まって」と誤字報告で指摘してくださった方がおりましたが、

取り詰める:ひどく思い悩む。思い詰める。と言う意味があり、今回文章ではこの意味で使用しています。


切羽詰まるも調べてみたのですが、「物事がどうしようもなく差し迫った状態、窮地に陥って切り抜けられなくなった状態」の時に使用する言葉なので、作者からすると意味合いが違うかな、と思いましたのでご報告まで。


いつも誤字脱字の指摘、ありがとうございます。

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