幕間 ノルサの仕事 (ノルサ視点)
前半部分は、第4話の翌日の話になります。ノルサのお仕事の話。
――まさか、あんな逸材がいるなんて思わなかった。
先日私たちの営む魔石屋に、いかにも貴族のお嬢さんっぽい少女が訪れたのだ。服はその辺の庶民が着ているような代物だったけれど、その気品は隠せていない。何より言葉遣いがそれを感じさせた。
手元にある魔石は彼女から買い取ったものだ。彼女には二倍の値段で……と伝えたが、私からすればそれ以上の価値がある。
「これが私の目指す目標……」
それをシアちゃんと呼ばれる女の子はやってのけたのだ。
魔石に魔力を込める作業というのは、意外と奥が深い。
魔力を込める事自体は、魔力がある人であれば誰でもできる。だが、魔道具に利用できる魔石を作るのは簡単ではない。
人が魔石に魔力を込めようとすると、魔石外に残っている魔力――倒した魔物の魔力のことだが――が邪魔をしてしまうのだ。その魔力を剥がす事が必要になるのだが、その方法は二つ。魔力を塗り替えることができるほどの魔力を注ぎ込むか、精霊の力を借りるかだ。
前者は現実的ではない、と以前話を聞いた。そのために膨大な魔力が必要となるらしい……詳しくは知らないが。そのため、魔石に魔力を込める仕事――魔石師と呼ばれているが――は大抵が精霊の加護持ちなのである。精霊は魔素……魔力の元でできており、魔物の魔力と親和性が高いことから魔石に魔力を込めることが可能になるのだそう。
そして魔力を込める時も、大変だ。容量全て魔力を込めることができないのである。魔石に入る魔力の量を100だとすると、私であれば多くても83ほどの魔力しか込めることができない。精霊と契約した時点では75ほどだったので、これでも込められる魔力量は上がったのだが……
このように詳細な数字が分かる理由は、魔石内に封入している魔力量を測る魔道具があるからだ。正確かは正直分からないが、目安の一つにはなるだろう。
ちなみにシアちゃんの魔石に封入されている魔力量は、91である。見たときは、吃驚して言葉が紡げなかった。正確な数字は後々測った事で知ったのだが、一眼見れば魔力の含有量が私のものより多いことが分かる。魔石は魔力の封入量が多いほど、色が濃くなる性質があるからだ。
――彼女は只人ではない。そう思わせるのに、充分だった。
そして魔石に魔力を込める事ができるのに、生活用魔道具の魔石を知らない事に驚く。つまり彼女は貴族なのだろう。そこから導かれる事といえば……。
そんな事を考えていたとき、ふと目の前に立つ男がいた。本当にこの人は、音を立てずに近寄ることが好きなのだ。
「レスト、どうしたの?ここに来るなんて珍しいわね」
レストは風の精霊の加護を得ている男であり、同僚だ。いつも黒のマントを羽織り、目の周りを隠すハーフマスクで顔を覆っているため、私でも顔を見たことがない。まぁ、ぶっちゃけてしまえばこの店はウォルトン共和国ブレア領を治める領主、ルイゾン様が王国の内情を知るために放った斥候集団の拠点のようなもの。
風、水、土の加護を持つ諜報員たちは、情報収集という役割を担っている。魔石作成はついでだ。どうやって情報収集するのかは、知らない。影の間でも仲間の能力はあえて非公開にしている……考えれば想像はできるが。
私は火の精霊であるが故、暗躍での情報収集には向かないので、店員として表で情報収集を担っている。それと同時に、集めた情報をルイゾン様へ送る中継ぎの仕事もしていた。
結構律儀にここに訪れる他の同僚とは違い、レストは手紙でやり取りすることが多かった。ここに来るのはいつぶりだろうか。そんな呑気な事を考えていた私とは反対に、彼の報告は耳を疑うものだった。
「……精霊の愛し子の一人が追放された」
「……なんですって?」
よほど重大な報告なのだろう、と思ったが更にその上を行く内容だった。
「本当だ。ベルブルク公爵家の長女、アレクシア・ベルブルクが数日前、トランクを持って家から出るのを確認した。そして彼女は方向的にウォルトン共和国に向かっているようだ」
この言葉を聞いて、私は全てが繋がった。シアと名乗る彼女はやはり……その事実を確実にするために、私は彼に尋ねた。
「……ねぇ、外見的特徴を教えてくれないかしら?」
「……金髪で緩い巻き髪、青い瞳。御者は一人。黒髪、黒目、口元にほくろ」
「成程、彼女たちのことね」
やはりそうに違いない。あの気品と佇まい、喋り方。それに御者のあの口元のほくろは印象的だった。
「……彼女?」
「ええ、うちに来たわ」
私の言葉に相当驚いているのだろう。口元が半開きになっている。彼が表情を見せるなんて珍しい。
「……ここに?何をしに?」
「御者に連れられて魔石を見に来ていたのよ。連絡先も渡しておいたわ。可能性のひとつとして頭の片隅には入れておいたけれど、まさか本当に愛し子だとは……」
無言で見つめ合う。彼と考えていることが同じであろう。ここまで合うことは、後にも先にもないだろう。
「そう考えればこの魔石も納得がいくわね」
私は手に持っていた魔石を光にかざす。本当に濃い魔力をしている。
「……その魔石は?」
「彼女が見せてくれたの。ついでに私が買い取ったのよ」
「……ほう、これが愛し子の作る魔石か……」
レストもこの魔石の価値に気づいているようだ。本業でないとは言え、腐っても魔石師なのだろう。
「というか王国も馬鹿じゃないの?なぜ彼女を追放したのかしら」
「公爵代理の独断だろう。彼女が家を出た日に国王へ手渡された書類がある。多分、妹が婚約者となる際の契約書なのだろうが……その中にアレクシア・ベルブルクの追放の内容も入っている可能性が高い。ちなみに国王はそのままサインしたそうだ」
「あー、あの国王だものね。見ないでサインしそう」
前国王キャメロンとは大違いだ。だが、彼が素晴らしい王だったかと言えば、疑問が残る。私たちのなかではキャメロンが「賢王」と呼ばれている事が、腑に落ちていないのだ。
「……前は前で他人に報連相をしない男だったからな。自分の名声ばかり気にして、全てを自分でやらないと気が済まない男」
「あら、貴方にしては辛辣ね」
「……それが今の状況を生み出しているんだ。この国に思い入れは全くないが、踊らされている民は哀れだ」
「まぁ、まだ双子の片割れがいるのでしょう?そこまで酷い事にはならないと思うけれど」
今までの情報収集で、双子共に精霊の愛し子だろうと私たちは結論づけている。特に前国王のアレクシアに対する扱いを見れば、彼がどれだけ彼女を重要視していたかが理解できるとは思うのだが……国王と公爵代理があれでは仕方がないのかもしれない。
前国王の過ちは、後継を教育せず蔑ろにした事だろう。
「ふむ、では彼女関係は宜しく頼む。もう少し情報を入手する」
「頼むわね、期待しているわ」
「そうだ、言い忘れていた。先の関係で今俺の周囲が慌ただしい。魔石を作るのは難しそうだ」
そう言いさって彼はあっという間に目の前から消える。いつ見てもその瞬間には惚れ惚れしてしまう。
「って、行く前に言うのは止めてほしいのだけど……うーん、彼女一人で魔石は……無理ね。まぁ、まだ風の魔石はたくさんあるから問題はなさそうね。そのことは後回しにして、さて仕事仕事」
私はルイゾン様宛に、今聞いた内容を認め始めた。
その数日後、私の元に来たのは同僚のサラだった。情報共有の最中の話だ。
魔石の話になったところで、今思い出したかのようにサラは話し出した。
「そういえば小耳に挟んだのだけれど、ブレア領に新しい魔石店がオープンする話、聞いた?」
「新しい魔石店?」
「そう。若くて美人さんが開くってリネットが言ってた」
若くて美人さん?もしかして……。
「その人の外見とか名前とか……何でも良いのだけれど、分かる?」
「うーん、外見はわからないけど確か名前はシアさんって言うらしいよ?」
「やっぱり……!」
魔石、美人と言ったら彼女しかいない。時間的にもそう考えた方が納得いく。
「やっぱり?その言い方だと、彼女の事を知っていた風だけど」
「さっき話した美人さんが、シアちゃんよ」
「そうだったんだ!リネットが言ってたよ。王国から共和国を繋いでいる馬車を守ったって」
「……不穏な言葉ね。何があったの?」
「ああ、それはね……」
彼女が乗った馬車がグレートウルフの襲撃にあい、丁度乗客として乗っていた彼女が防御結界を張って馬車ごと守ったのだと言う。
「御者もその前に救援信号を送っていたこと、リネット隊が近くで仕事をしていたこともあって、怪我人もなく馬車も無事だったって。でも、一番の功績は彼女の張った結界だったと思うよ。リネットも言っていたけど、グレートウルフは興奮していたらしくて、結界に体当たりしていたらしいから」
「そうね、彼女の結界なら数時間は問題ないでしょうね」
「そんな凄いの?」
「ええ、魔石師の私も唸るくらいよ。ほら、これ」
以前彼女から買い取った魔石をサラに渡すと、彼女は魔石を近づけてじっくりと見始めた。
「凄いな。こんなに魔力が濃い魔石は初めて見た」
「そうでしょう?これが愛し子の実力なのよ」
「そうだね、まだ僕はここまでのレベルに到達することはできないな……て、何でノルサが胸を張ってドヤってるの?」
「はっ」
危ない危ない。恥ずかしくて、まるで自分が誉められたみたいに嬉しかったとは言えない。一度しか会ってはいないけれど、相当彼女に惚れ込んだらしい。
「ノルサ、折角なら彼女の元に行ってくれば良いじゃない。店番は僕がするからさぁ」
「え、良いの?」
「うん。そのシアちゃんは魔石作成の実力はあっても、知識があるとは限らないからね。手伝ってあげたら良いと思うよ。あ、そうだ。リネットの話によれば、魔石屋の店舗を提供したのはボスだし、シアちゃんの情報を事前に送っているならそれも考慮に入れているかもよ?」
「あら、そうなの?」
「そうそう。領民を守ってくれたお礼に提案したんだって。そしたら彼女がその場で考えて受け入れてくれたらしいよ。もし店舗を断られていたら、金銭を支払うつもりだったらしいね」
「ふーん、彼らしいわね」
来る者拒まず、去る者追わず。それがルイゾン様のモットー。そして手の内に入る者には手厚い保護を。それが彼の方の方針なのだから。
「僕の仕事はほぼ終わったから、問題ないと思う。宝石を商人へ渡すのは僕以外でもできるから、任せておいて」
「そうね。それじゃあ、行ってくるわ」
「もう行けるの?」
「ええ、準備はしてあったもの」
笑顔で言うが、サラはじーっと私を細目で見つめている。疑っているような目だ。
「……魔法陣の辞書は要らないの?」
「あっ……」
完璧に準備していたつもりだが、まだ抜けはあったらしい。再度確認するためにカバンに手を伸ばす。
持ち物の確認をしているところで、サラはボソッと呟いていた。
「まぁ、ノルサはおっちょこちょいだから、忘れていると思ったよ。全く」
その言葉は忙しなく動いている私に聞こえることはなかった。
本日も読んでいただき、ありがとうございます!
国外追放編は終了、次はお店と冒険者稼業がメインで進んでいきます。
楽しんでいただけると幸いです。
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