13、ギルド販売 後編
本日投稿分は良いところで区切れなかったため、一万文字近くあります。
ギルドで販売を開始して一週間後。今日が最終日となっていた。
「お嬢さん!風の防御魔法の魔石を欲しいんだが」
「防御魔法ですね。少々お待ちください……防御魔法には、前方のみに結界が出るタイプと、全方向に結界が出るタイプの2種類があります。前者だと、魔力の消費が少ないので、利用回数が多いことが利点ですね。後者だとあらゆる角度の攻撃から身を守れることが利点ですが、どちらに致しますか?」
「ちなみに利用回数はどのくらい変わるか、分かるなら教えて欲しいんだが」
「そうですね……正確で詳細な数字までは分かりませんが、大体二倍弱使えるかどうかくらいでしょうか」
「ほう、それじゃあまずは前方のみの結界の魔石をくれ」
「では、銀貨5枚です。……ありがとうございました。今から魔法陣を描きますので、少々お待ちくださいませ」
数日前の接客とは大違いである。慣れって素晴らしい。
初日の午前中は散々だった。ネルさんから注意事項等を確認し、モーガスさんから魔石を貰った後、すぐに開店した。この頃から冒険者たちが集まり始め、依頼を受け始めていたからだ。
だが、緊張からか顔が引き攣っていた私に声をかける者は誰一人いなかった。ギルド内には冒険者がおり、彼らの視線は感じるのだが観察されている、ような視線だった。
売り出している物を見れば興味を持つものの、「なんでこんな女性が?」と言うところで引っ掛かりを覚えた冒険者も多かったのだろう。知らない若い女性が魔石を販売しているが……ちゃんと使えるものなのか?……そう疑問を呈していた冒険者ばかりだったのだが。
気まずい空気は午後、冒険者が依頼から戻り始めた頃に、モーガスさんが私の店に来たことで離散したのだ。
「そうだ、嬢ちゃん。俺にも魔石を売ってくれないか?」
「モーガスさんに……ですか?」
「ああ。俺もたまに依頼を受けることがあるんだが、そろそろ水の魔石が空になるんでな。軽い治癒魔法の魔法陣が込められた魔石を欲しいんだが」
「そうでしたか。治癒魔法でしたら傷を治すだけのタイプと、軽度の状態異常を回復できるタイプもありますよ。ただ、異常回復は毒、混乱、火傷など……どれか一種類のみで、傷の治りは前者よりも良くありませんね」
「そうだな、状態異常回復薬は持っているから、傷を治すだけの魔法陣で良いだろう」
「分かりましたわ。むしろ本日の朝のお礼で差し上げても宜しいのですが……」
「いや、店として出店しているのだから特別扱いは無しだ」
「ありがとうございます。では少々お待ちくださいませ」
魔法陣を描いて渡すと、モーガスさんは魔石を光に当てて、じっと見つめている。そして魔石を確認したことで満足したのだろう、私に視線を向けてくる。
「嬢ちゃん、若いのに凄いな。扱っている魔石は非常に良いものだし、綺麗に描かれた魔法陣は訓練してこそだ……また買いにくるから、その時も宜しく頼む」
そう言って、彼はギルド内に入っていった。
魔法陣も上手く描けて良かった、とほっと胸を撫で下ろす。王宮に上がって最初の訓練が、魔法陣を描く訓練だったのだ。当時担当してくれた教育係のおじ様は、「必要になるかもしれないので、魔法陣を描く訓練をしましょう」と言っていたので、何度も繰り返し練習したものだ。
少しでもズレていれば、「やり直し」と言われ、何度も描き直した記憶がある。しかし、何故寸分違わず描かないと問題なのかを、きちんと教わっていたために、どんなに厳しくても訓練に励むことができた。あと、厳しさはあったけれど暴力や見下す発言はなかったことも頑張れた理由だ。そのおかげか数ヶ月する頃にはおじ様からお墨付きを貰えるほどの腕前になっていたのだが、ある日突然辞めてしまわれたのだ。理由は私も知らない。
モーガスさんが褒めてくれたからか、遠巻きに見ていた冒険者たちは店に寄ってくれるようになった。「あのモーガスさんが褒めた!」と噂になっているらしく、毎回ほぼ売り切れてしまうほどの盛況を見せていた。
店に寄る冒険者の中には、購入にまで至らない人も勿論いたが、彼らも他の冒険者が買った魔石を見て、「今度はここで購入するよ」と私に言ってくれた人もいた。その人には店の地図だけ渡しておいたので、顧客になってくれることを祈るだけだ。
なんだかんだ、担当のネルさんとも仲良くできていると思う。たまに鼻を押さえて「ふつくしい……」と呟きながら、床に膝をつけられてしまうとこちらが困惑してしまうが……。それ以外に困っていることはない。
後は魔石の印を確認する件だが、2日目以降はリネットさんがギルドに来て確認してくれることになった。モーガスさんがあの後、ルイゾン様に相談してくださったらしいのだが、知名度と信頼度が高く、私が見知っている人として彼女を確認役に付けた方が良いだろう、と指名したらしい。
ギルド内でリネットさんと確認し、確認が終わり次第彼女は出勤するというスタンスを取っているようだ。お礼を……と思い彼女に相談したのだが
「仕事だから気にしなくて良い。むしろ私の名が君を守るのなら、存分に活用してくれ」
ということだった。この業務は別途に給料が出るらしい。だから問題ないと言われてしまう。
それでも私がお礼をしたいと思ったので、つまみやすい食事を差し入れた。最初は遠慮していたリネットさんだったが、一緒に食べようと誘えば、お礼を言われつつも食べてもらうことに成功した。
このまま無事に終われば良いのだけれど……そう思っていた矢先のことだった。
「おい、お前!魔力を込めていない偽物の魔石を俺に売っただろっ!」
その声は大きく響き渡った。ギルド内は一瞬で静かになり、全員が固唾を飲んで成り行きを見守っている。
黒いローブのフードを被っているため分かりづらいが、先ほどの声色からしておそらく男性であろう彼は、私に近づき魔石を突き出してきたのだ。私はその魔石を見つめた。
「これをここで買ったんだ。今日装備に付けようと鍛冶屋へ行ったら、『これは使えない』と言われたんだが?どうしてくれる!金を返せ!」
魔石は魔力を込めると、魔石の中心が属性の色でキラキラと僅かに光るのだが、この男の持っている魔石は中心部が光っておらず、まるで塗料を内部に詰めたように見えた。魔力を込めた魔石を見慣れていない人間ならば、見逃してしまうのも仕方がない。
突き出された物を私は手に取り、魔石の周囲をくるくると動かして魔石印の確認をした。勿論、この偽物には魔石印は入っていないので、私が販売したものではない。これが以前ノルサさんの言っていた、魔石屋を潰すための彼らの手口なのだろう。
ギルド内の視線は痛いほど私に注がれていた。それはそうだ。そんな話がでれば、自分も偽物を摑まされたかもしれない、と思う可能性は充分にある。だが、そのために対策をしていたのだ。
更に冷静になった私は、突き出された魔石を突き返す。
「恐れ入りますが、こちらの魔石は私が販売した物ではありません」
「なんだって?!確かにここで……」
「そう言い張るのでしたら、教えてください。この魔石、いつ購入されましたか?」
男が話そうとする前に話を遮る。初めて話を遮るので、少し緊張していたのは内緒だ。
「ふ……二日目の午後だ!」
「そうですね、二日目の午後はお陰様でお店も繁盛していましたから、誰に販売したのかは覚えておりません」
「だったら……」
「で・す・が」
再度話を遮り、キッと目の前の男を睨む。目を細めるだけでも、迫力が違うはずだ。……そんな私の眼力に負けたのか、男は一歩後ろへ後ずさる。
「そもそもの話、魔石の中心に込めた魔力がキラキラと光るものが魔石ですわ。その魔石は近くで見れば、塗料のようなものが周囲に塗られているだけ。詳しい人から見れば、一発で偽物と分かります。店を開こうとしている私が、そんな物に気づかず売り出すと思いますか?商売は信用第一でしょう?」
そう胸を張って私が言えば、「お嬢さんの言う通りだ」という声がちらほら出始める。私は疾しいことをしていないのだから、堂々としているだけで良いのだ。
そんな声が出ているからか、目の前の男は分かりやすく顔が青ざめる。やはり陥れようとしているだけなのだろう。そして、この状況を打開しようと言葉を発するらしい。
「しょ……証拠がないじゃないか!ここで売っていないという!証拠を出せ!」
私に指を突きつけて、証拠を出せ、と連呼し始めた。これで引き下がってくれれば……という思いもあったけれど、どうしてもこき下ろしたいようだ。
私だって爺やダンさん、ノルサさんやギルドの皆さんが手伝ってくれたこの店を潰すわけにはいかない。私が守らなくてはいけないのだ!いいや、私の力で守ってみせる。
「分かりました。まず私が売り出している魔石には、魔石印を刻んでいます。魔石印とは、売りに出す際、自分が売った事を証明するために刻むものです。この魔石印は、魔石の表面に魔力を込めた人の名前しか刻むことができません。ちなみに冒険者の皆様に販売した魔石であれば、魔法陣の裏側に『シア』という名が刻まれていると思います」
そう考えると『シア』という名前は嘘ではないのか、と思うかもしれないが、今私はシアと名乗っていること、アレクシアという名前の一部であることを鑑みると問題ないようだ。それは精霊からすれば嘘と見做されなかったらしい。
むしろ精霊から力を借りているので、そんなことができたのではないだろうか。加護のない人が行えば、本名しか刻まれないらしい。
そう話せば、以前私の店で魔石を購入してくれた方がいたのだろう。「あの人の言う通りだ!小さいけど名前が彫られている」と話す声が聞こえた。
「だ……だが、偽物と本物を混ぜて売っていたら分からないじゃないか!!」
「ええ、万が一空の魔石が入っていたら……と思い、ある方にご協力を依頼しました。その方に販売する全ての魔石に魔石印と魔力が込められているかを確認していただき、ギルド職員のエミリーさん、ネルさんに魔石を運ぶお手伝いをしてもらい、この店を開いております。ちなみにある方とは、リネットさんです」
「リネット……?」
「はい。お名前をご存じありませんか?ブレア領第5警備隊隊長のリネットさんです。領主様の許可を得て、リネットさんに魔石の確認をお願いしたところ、『偽物はない、全てに印が刻まれている』とのお墨付きをいただきました。もし何かあれば証人として証言するとのお話も頂いています」
これで逃げてくれると、こちらとしてはありがたい。販売中に入れ替えたのではないか?と言われてしまうと、面倒ごとになってしまう。購入する時にしか魔石の入っている瓶には触れていないのだが、それを証明するのは大変だし、難しい。
だが、周囲の空気がきっとそれを許さないだろう。
「リネットが確認しているなら、そこのお嬢ちゃんの言う通り、ここで販売した物ではないんじゃないか?」
「あのリネットが嘘を吐くはずがないしな」
「それに領主様に話が通っているなら、魔石を売る彼女が偽物を売るはずがないもんな」
リネットさんとルイゾン様、この二人の名を出すだけで、空気は私が有利な方へ向いていく。それに追い討ちをかけるために、私は再度言葉を紡ぐ。
「それに最近物騒なお話をお聞きしましたの……魔石屋に対して悪質な悪戯行為を仕掛ける方々がいるそうなのです」
そう悲しげに話せば、この話も聞いたことのある冒険者がいたらしい。
「あ、それは俺も聞いたことがある!『この店で買った魔石が不良品だった』と言って、いちゃもんをつけてくる奴らのことだろう?」
「一ヶ月前に隣の領の魔石屋が被害に遭ったらしいな。幸い潰れるには至らなかったが……今でもその噂に苦労しているそうだ」
「じゃあ、あの男は嘘を言っているのかもしれない、ということか?」
「そもそもフードを被ってギルドに入ってくるなんて、結構怪しくないか?」
「最初はあの男が彼女に苦情を言うから、報復を避けるために顔を隠しているのかと思ったのだけれど、どうも違いそうね。魔石を売っている彼女の言い分の方が説得力があるわ。リネットさんや領主様の名前を出す彼女が嘘をついてるとは思わないもの」
周囲の話し声で完全に空気が変わった事に気づいた男は舌打ちをし、胸の内側のポケットから白い球のようなものを何個か取り出した。その取り出した球を床に叩きつけようと手を上げる。
私はそのことに気づくと、すぐに一歩下がりテーブルに触れるが、魔法が間に合いそうにない。それと同時に誰かが「伏せろ!」と声を上げ――。
私はすぐさましゃがんだ後、目を瞑って口を塞ぐ。何かが近くで倒れる音は聞いたのだが、待てども待てども何も起きない。目を開こうとしたその時。
「皆もう大丈夫だよ」
心地よい低めの声が聞こえ恐る恐る顔を上げると、そこには混じりっ気のない銀髪と若葉のような緑色の瞳の印象的な男性が目に飛び込んできた。彼の身長は私より頭一つ分ほど高そうではあるが、線が細く筋肉が付いているようには見えない……けれどフードの男を床に伏せ、腕を易々と捕らえている事から、見た目以上に筋肉質な体をしているのかもしれない。ちなみに男は手に縄を巻かれ、縄の先は緑色の瞳の彼が持っている。いつの間に……。
「ライじゃねえか!」「帰ってきてたのかよ」と周囲からの声を聞く限り、彼も冒険者なのだろうか。それにしても、今まで背が高く、体格の良い男性――魔石を購入できるのは、中堅以上だからなのだが――ばかり見ていた私は驚きで目を丸くする。
ライと呼ばれた男性は声を掛けられた方へ律儀に手をあげていた。そこに隙が出来たと思ったのか、捕らえていたフードの男が暴れ出したのだが、彼は拘束していた男の両手をねじり上げた。
「逃げるだなんて、僕の前では許さない。少しだけ痛い目に遭ってもらうよ」
目は細められ、意味ありげにニヤリと笑う姿はまるで何処かの悪党のようだが、整った顔をしているため、何故か悪党に見えないのが不思議である。どちらかと言うと、爽やかな青年という言葉の方が似合うかもしれない。
そんな彼が先ほどの笑みとはまた違う、女性を虜にしそうな笑顔で此方を向いた。表情で隠しているが、彼は私と似ている気がする。
「君も大丈夫だったかい?」
その声にハッと彼を見ると、いつの間にか捕縛されていた男は、他の警備隊員と思われる人に連行されており、目の前の男性は私に手を伸ばす。
「お手をどうぞ」
まるで物語が始まるかのようなシーン。
そこで私はふと思い出す。公爵令嬢時代に一度もエスコートされたことは無かったな、と。数度乗った馬車で運転していた御者に手を差し伸べられたくらいだ。私は国外追放になるまで、一度も公式の場に出ていない。デビュタントは15歳であるし、唯一のお披露目だった外部の人を呼んで盛大に行う10歳の誕生日パーティにも、私は出席していないのだから。
それよりも、彼のエスコートのやり方はダラム帝国のものに近い気がする……と私は場違いの事を考えていた。
――周囲は、二人の動向を見守っている。王子様のような風貌を持つ青年と、無表情ではあるがお姫様のような上品さを持つアレクシアを注視しており、物語の始まりを今か今かと待っているようだ。だが、残念なことに物語は始まらなかった。
「いえ、これ以上貴方にお手間をかけられません。助けていただき、ありがとうございました」
私は立ち上がると感謝の意を込めて頭を下げる。内心で不思議な人、と思いながら。
私の行動に周囲は呆気に取られたのか、気まずそうな雰囲気を醸し出している。そして目の前の彼としては、想像もしない展開になったことで驚いたのだろう。ポカンと少しだけ口を開いていた。
あら、この人こんな顔もするのね、と思ったのは秘密である。今までの行動は、彼が意識しておこなっている動作のような気がしてならないのだ。彼は相手にどう見えているかを計算しながら行動している様子だったため、表情を素直に出すのは少し驚いた。
顔を上げた私と彼は目を見つめ合う形になったのだが……注目を浴びている事に気づいた彼が笑って「はは、勇ましいお嬢様だ」と呟いた。まるで悪戯が失敗した子どものようだ。
周囲が動き始めても、なんとも言えない微妙な空気が二人の間を取り巻く中、「ライさん?」と見知った声が私の耳に届く。彼の後ろに目を向けると、そこにはリネットさんが怪訝な顔をして立っていた。
彼とリネットさんは知り合いらしい。「やあ」と彼女に軽く手を挙げていた。
「久しぶりだね、リネット」
「いつお戻りに?」
「昨日だよ。久々にギルドで依頼を受けようと思ったら、これに遭遇してね」
「そうでしたか……捕縛のご協力、ありがとうございました」
そう言いながら、リネットさんは彼に礼を取る。それは、私から見れば以前よく目にした下位貴族が上位貴族に敬意を表すような礼に見えるのだが、気のせいだろうか。そんな事を考えながらリネットさんの下がった頭をぼーっと見ていた私に、「シアさんも大丈夫だったか?」と声が掛かった。
「ええ、大丈夫です。彼に助けていただきましたの」
「そうか、それなら良かった」
言葉では安堵していても、リネットさんの顔は硬直したままだった。どうしたのだろうか、と首をちょこんと傾げれば、彼女は言いづらそうに話し始める。
「……それで貴女には本当に申し訳ないのだが、聴取しなくてはならないのだ」
そういえば以前もそんな事があったような、と考えて、リネットさんが何故遠慮しているのかを理解する。今回、被害者にこの件をもう一度思い出させるのは……という事であろう。
先程からこちらを見ては視線を外し……を繰り返している彼女に、心配ないと笑いかけた。
「聴取なら以前もありましたよね?大丈夫ですよ。可能であれば、明日にしていただけるとありがたいのですが」
その言葉で視線を彷徨わせていたリネットさんは、私の顔を見つめている。そして私の表情に翳りがないことに気づいたらしく、胸を撫で下ろしていた。
「心の傷として残る女性も多いからな、心配ではあったが……その様子なら大丈夫そうだな」
「ええ。リネットさん、ありがとうございます」
そしてリネットさんとは、警備隊詰所で聴取を受ける事を約束すると、彼女は「仕事があるから」と去っていく。彼女の凛々しい姿はまるで王宮にいた近衛騎士のように威厳があった……むしろ、リネットさんの方が威厳があるのではないか、と思っていたのは秘密だ。
警備隊がギルドを去ると、野次馬全てが固唾を呑んでいた静寂は離散し、騒々しさが元に戻ってくる。私は伸びをした後店に戻ろうとすると、心配そうにこちらを見ていたネルさんが話しかけてきたのだ。
「シアさん!大丈夫?!」
「ええ、問題ありませんでしたわ」
にっこりと笑顔で対応すれば、ネルさんの青白い顔に段々と赤みが差してくる。それでもまだ心を痛めているのか、「本当に、本当に、大丈夫?嘘じゃない?」と再度、顔を覗き込んできた。
「大丈夫です」と答えようとした私だったが、ふと目の前が暗くなった。体の力が抜けるとともに、後ろから何か温かいものに身体を支えられた感覚を覚える。なんとか身体に力を込める事に成功した私が後ろを振り返ると、そこには先ほどの彼がいた。
彼は私の腰に手を宛てることで支えているらしい。そんな彼は済まなそうな顔をしていた。
「女性に触れるのは良くないとは思ったのだけど、緊急事態だったから許してほしいな」
「いえ、謝罪には及びません。むしろこちらがお礼させてください。ライさん……でしょうか?この度は何度も助けていただき、ありがとうございます」
そう返事をして頭を下げれば、「そんなに畏まらなくていいよ」と笑いながら、ライさんは私の腰から手を離す。
それを見ていたネルさんが、頬を膨らませて私に突っかかってきたのだ。
「もう!眩暈がするほど、シアさんは疲れているのよ!明日から少しくらい休暇を取った方がいいんじゃないかしら?」
彼女は唇まで突き出してこちらを睨みつけてくるので、困惑してしまう。確かに彼女の言う通り、休暇を取っても良いかもしれない、しかし冒険者の皆様には「明日から店舗で」と言ってしまったのだが……。
そう悩んでいると、ネルさんからうめき声が上がる。驚いて彼女を見ると、息を切らしたモーガスさんが彼女の頭をわしゃわしゃ掻き乱しているところだった。
「ネルの言う通りだ、嬢ちゃん。見えないところで疲れが溜まっていることもある。明日から四日くらい店を休業にしたら良い。この街に来たばかりなんだろう?」
「ですが……」
「嬢ちゃんの魔石は質がいい。数日休んだところで、元は取り返せるだろうよ……それか……店の休業期間、ギルドでその魔石を販売しても良いぞ」
思わぬ提案に私は思わず首を傾げる。いいのだろうか、と本当に思ったのだ。
「今回ギルド内で起きたにもかかわらず、俺やギルド職員があの男の奇行を止める事ができなかった。その詫びだ」
「しかし、いきなり起きた事ですし、警備隊も呼んでいただけたので……」
「それでもだ。ライが止めたから、嬢ちゃんは今無傷だが……ギルド内でも今回のような事件がある事を俺は知っていたのに、対応ができなかったんだ。むしろそれくらいさせてくれ」
最後は懇願だった。私の二倍ほど背の高く屈強な男性が、頭を下げる姿を見て目を剥いた。
「……それでしたら、お願いしても宜しいでしょうか?」
「ああ。販売は嬢ちゃんに関わっているネルにさせる。店が休業になるのを周知させる事、ギルドで休業中は販売する事を依頼板の左にある掲示板に載せておくからそこは心配しないでくれ」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。済まなかった。ネル!手配は任せるぞ」
そう言ってモーガスさんは背を向け、ギルドの廊下に消えていく。「ギルド長!頭だけは止めてくださいって言いましたよね〜?」と地団駄を踏んでいるネルさんを残して。
膨れっ面だった彼女は、モーガスさんの背を睨み続けていたのだが、しばらくしたら落ち着いたらしく、こちらに振り返った。その時にはすでに満面の笑みである。
「シアさん、今日は片付けて帰った方がいいですよ!明日も聴取があるんですもんね!」
そう言って私の背中を押してくる。
押しに押された私は、彼女の言う通り疲れを感じていたこともあり、片付けの準備を始めることにした。魔石の瓶を片付けようと手を伸ばしたその時。
「良ければ、僕もやれることがあれば手伝うよ。君も早く身体を休めた方がいいと思うし」
「ライさん!流石イケメンの対応ですね〜!それじゃあ、シアさんをお任せします!私はそろそろ戻りますね〜」
「え……ちょ……」
「あ、明日の朝で良いので、ギルドで販売する予定の魔石は渡してくださいね!シアさんの扱う魔石がじっくり見られるなんて、楽しみぃ〜!!」
私が何か言う前に、ネルさんはライさんの言葉に返事をして走り出してしまった。ほぼ片付いているので手伝いは必要がない……と言う間もなく。
私としてはこの短期間で二度も助けてもらった事もあり、むしろ彼に対して後ろめたい気持ちが強いのだが……
「ネルさんに任されたから、僕も手伝うね。そうだな、机と椅子は重いだろうから、片付けてくるよ」
と言って、さっさと椅子を片付け始めてしまった。この借りはいつか返さなくては、そう考えながら私は必死に片付けるために手を動かした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
13話を投稿する前に、12話に出てきた魔石印について修正を二箇所ほど入れております。
この13話に関わる部分ではあるので、もし13話を読んで気になった箇所がある方は、12話の後書きを確認していただけると幸いです。
やっと、ヒーロー(予定)のライが出せました。ここまで長かったです……
まだまだ続きますので、楽しんでいただけるよう、頑張ります。