12、ギルド販売 前編
私は1日で中石に風と水の魔力を注いでいった。数は50個ずつにしておく。流石に1日で50売れることはないだろう、とノルサさんが教えてくれたからだ。もし売れてしまっても、次の日に補充しておくとでも言えば問題ないのだそう。
ということで、初めて私は中石に魔力を入れたのだが……これが意外と大変だった。大石に慣れている私は、大石と同じように魔力を注いでいたのだが、大石に比べて中石は含有できる魔力量が少ない。これを失念していたのだ。
ノルサさんが、「シアちゃん、ストップ!」と声をかけてもらえなければ、魔力量超過で割れてしまうところだった。
「なかなか難しいですね」
「そうか、シアちゃんは中石に魔力を注いだことが無かったのね」
「はい。この大きさの魔石はノルサさんの店舗で初めて見ましたから」
大石に比べて中石は魔力操作が必要になるが、慣れればそこまで難しいものではない気がする。10個ほど魔力を込めれば慣れたもので、その後はサクサクと魔力を込めることが出来た。
後ろではノルサさんが、何かぶつぶつと呟いていたが、私がその言葉を聞き取ることはできなかった。
――ちなみに彼女は「中石だとしても、休み休みやらないとこの量はできないのに……」と唖然としていた。
翌日は販売の流れの確認とノルサさんの依頼分の魔石に魔力を込めた。魔力を込めるのに疲れたら、ノルサさんがお客の役をやりながら、効率よくやりやすい接客の仕方を確認していく。それの繰り返しだ。
そのお陰か、接客についてはお墨付きを貰えた。「ただ、シアちゃんが美人さんだからお客さんに気後れされるかもね」と笑いながら言われたが、そんなことはないと思う。
そしてギルド販売当日。
ノルサさんから「初日だけでも手伝う?」と話はいただいていたのだが、ここまでしてくれた彼女にこれ以上手間はかけさせたくない、と思ったため、有難いが……と申し出は断った。その後ノルサさん宛にすぐに店に戻るように、と速達が来ていたので結局当日の朝に彼女と別れることになったのだが……。
緊張していた私の肩にノルサさんは手を置いた。
「大丈夫よ。あれだけ頑張ったじゃない。シアちゃんならできるわ。それに、貴女みたいに綺麗な女の子が失敗しても、周りはきっと許してくれると思うわ。……金銭の勘定だけは気をつけてね」
「はい、本当にありがとうございます」
肩に置かれた手が温かい。その温かさは私の緊張を溶かしてくれた。
再度気合を入れて私が荷物の確認をしていると、「そうだ」とノルサさんが話し始めた。
「実は昨日の手紙に書かれていたのだけれど……最近魔石屋の評判を下げる、悪質な悪戯行為が横行しているらしいの」
「悪戯行為ですか?」
「ええ……空の魔石か何かを持ち込んで、『この店の魔石、不良品だったんだが?!』といちゃもんをつけてくる行為よ。なかなかその店の販売物だという証明が難しいから、どうしても悪評を立てられてしまうのよね……それをやられて廃業に追い込まれたところもあるわ」
「そんな……」
知名度もない私が狙われたら一溜りもない。どう対処すべきか考えていた時、ふとノルサさんが昨日教えてくれたことを思い出した。
「それで魔石印ですか?」
「その通り!」
魔石印とは、魔石の片側に魔力を込めた人の名前を刻むことだ。ちなみに魔石を買い取った商人が自分の商品であるという証拠として込めることもあるらしい。魔力を込めた後に、属性は関係なく魔力を魔石の表面に流すことで、名前を刻むことができるのだ。これも精霊の力を借りることで、私も容易く行うことができた。魔力量はさほど必要がないので、昨夜全てに魔石印を刻んでおいたのだ。
ちなみにこの魔石印は表面に刻まれているので、魔石を見れば自分の物かどうかがわかる仕組みだ。魔法陣は名前以外の場所に刻めば問題ないので、証明にはうってつけだ。ひとつだけ難点があり、印字された字が小さいので見にくいのだが。
「シアちゃんが狙われる可能性は高いわ。知名度の低いうちに潰せれば、それだけ労力はかからないから……そうね、週の後半は怪しいと思うの。何かあれば、ギルドに言うのよ?」
「はい。気をつけます」
「こんなに素晴らしい魔石屋、潰されてしまったら私も困るもの……そうね、先にギルドと協力して先手を打っておきましょう」
「先手……ですか?」
「ええ、最も信頼できる人に、魔石印が彫られているか見て貰えばいいのよ!……うふふ、役に立ってもらいましょう」
私はノルサさんの悪い笑みに少しだけ背筋が凍った気がした。
「成程な、良いだろう。引き受けよう」
ノルサさんとギルドに向かい、先程の内容をエミリーさんに話したところ、彼女がモーガスさんに話を上げてくれたのだ。今は執務室にノルサさんと私とモーガスさんの3人がソファーに座って話していた。
「今日の魔石印の確認は俺が見よう。なに、比較的今俺は余裕がある。任せておくが良い。そうだな、明日以降販売する予定の魔石印の確認は今日の夕方以降か、明日の朝の確認になるだろうが……嬢ちゃんとしてはどっちが良いだろうか?」
「そうですね、当日の朝の確認の方が私としては有難いのですが……」
「ならそうしよう。確認の相手はこっちで決めるが、いいか?それとその分早めにギルドに来てもらうことになるが……」
「いえ、お手数をおかけしますので、それで構いませんわ」
「ギルド長、ありがとう〜!」
そう言ってノルサさんはモーガスさんの背中をバシバシと叩く。痛そうな音を響かせているので、大丈夫かと顔色を見ていたが、彼は少し眉を顰めただけだった。
「ノルサ。この嬢ちゃんのことは任せておけ。お前はサラに呼ばれているんだろう?」
「そうだった!そろそろ行かないと怒られるわ!ギルド長、シアちゃんをよろしくね!」
そう言ってノルサさんは慌てて手を振って走り去っていった。最後に私の手を握り、「また来るわ!」と言い残して。
彼女が去った後はまるで嵐の後の静けさのようだった。モーガスさんと私は呆然とノルサさんが出ていった扉を見ていたが、正気に戻ったモーガスさんが振り返る。
「じゃあ、嬢ちゃん。魔石を見せてくれないか?俺は魔道具の拡大鏡を持っているから、今から印を確認しておく。ついでに魔石の質も見させてくれ」
「承知しました。魔石はここに置いておけば宜しいですか?」
「ああ、頼む」
鞄の中から売り出す予定の魔石……中石20個、魔石大石60個の計80個をお願いした。もう少し持っていくつもりだったが、モーガスさんとも話してその数に決定した。何よりモーガスさんに急遽、魔石印を確認してもらうのだ。あまり多いと申し訳ないだろう。
これなら1刻もかからないだろう、と言うモーガスさんに手間をかけてしまい……と恐縮していたが、
「なら魔石をどんどん売って、ギルドから魔石をどんどん仕入れてくれ!それが俺の給料に繋がるから」
と笑って言われてしまったので、頑張ろうと気合を入れた。
モーガスさんの執務室を退出し、私はエミリーさんの元へ向かう。今回、魔石をギルドで販売するにあたって、責任者はエミリーさんが担ってくれているらしい。彼女に店舗の設置場所の確認を取ろうと窓口へ向かっていたところ、後ろからエミリーさんに声をかけられたのだ。
「シアさん、今日から宜しくね。ギルド長から私が責任者だと聞いていると思うけれど、実際動くのは私の部下になるわ。ネル、自己紹介を」
エミリーさんの後ろから、髪を高い位置でひとつに括った少女が現れる。彼女がエミリーさんの部下なのだろう。
「シアさんですねっ!私、ネルです!一週間シアさんの担当になったので、宜しくお願いします!」
勢いよく頭を下げたネルに呆気に取られてしまった。一方でこれが彼女の通常行動だと理解しているであろうエミリーさんは、「もう少し落ち着きなさい」と注意をした。
「シアさん、ごめんなさいね……ネルはいい子だし、仕事の出来も悪くはないのだけれど……何というか……いつもテンションが高いのよ……」
「だって、先輩!こんな美人さんの担当になれるなんて、飛びあがっちゃうほど嬉しいんですもん!私頑張りますね!」
「は……はい」
私の人生の中で(と言っても狭い交友関係の中だが)、これほどずば抜けて明るく元気な人など見たことがなかったため、相手のペースに圧倒されてしまう。正直、どう相手をすればいいのだろうか……と思ったのだが、思い直してみれば会話ができそうな分、問題はない気がする。公爵代理や妹のように話を聞かない人の方が比べるまでもなく、扱いが面倒なのだから。
手を取られて「宜しくね!」と言われたので、「ネルさん、こちらこそお願いしますね」と笑顔で返しておく。すると私の顔を見ていたネルが、真っ赤になって俯いてしまった。
何か具合が悪いのだろうか、驚いた私が声をかけようとすると……。
「先輩!シアさんが美しすぎて……直視できないですっ!どうしたらいいですか?!」
「……知らないわ、もう。……シアさん、むしろネルを宜しく頼むわね……」
「あ、待ってくださいよ〜!質問に答えてくれないんですかっ?」
「……気合で頑張りなさい」
「分かりましたっ!!」
その会話を聞いて、頑張れるかな?と疑問を抱いてしまったが、頑張るしかないのだ、と気合を入れ直した。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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ちなみに新登場のネルは16歳の平職員です。
今後もギルドに関係するときはエミリーと一緒に出てきますので、二人セットで楽しんでいただけると嬉しいです。
6/16 以下の点を変更しました
刻印の部分で訂正をしています。
①文章追加:ちなみに魔石を買い取った商人が自分の商品であるという証拠として込めることもあるらしい。
②修正前:込めた魔力と同じ属性の魔力を込める→ 修正後: 属性は関係なく魔力を魔石の表面に流す