11、開店準備
その後ある程度の基礎の確認を終えた私たちは、本格的に店を開くための準備に入る事になった。現在私が持っている魔石は大石のみであるため、早急に中石を購入して魔力を込める必要がある。
だが、ここで問題も出てきた事に気づく。私は愛し子だから全ての魔力属性を魔石に込めることができるのだが……普通の加護持ちは多くが単属性、珍しいがたまにいるのが2属性の加護持ちだ。王国の魔法騎士団では2属性持ちが全体の5分の1は居たらしい。
ここで「全部できます」と言ってしまえば、愛し子だと気づかれる事間違いなしである。いきなり私が「愛し子です」なんて言っても信じられないはずだ。そのため、2属性の加護持ちだと偽っておこうと思う。得意なのは、風と水なのでその2つが妥当だろう。他の魔石は家族に手伝ってもらった、とでも言えば良い。
そんな焦りを知らないノルサさんは、魔石の瓶を見ながら真剣に悩んでいた。
「うーんと、土魔力の魔石に関しては、今のところこの大石だけで良いと思うわ。理由はふたつ。冒険者の中で土魔石を購入する人は少ないことと、農業を営む人は大石を購入する人が多いのよ。5分の1……くらいを冒険者用に残して、あとはこのまま売り出せば良いわ」
「土属性は冒険者からすれば、使い道が難しそうですね」
土属性は鉱石にも影響を与えるので、鉄武器の強化には便利なのだが……防御で使おうとしても、魔石を利用するなら風魔法のほうが使い勝手が良い。攻撃はどの属性でも威力の高い攻撃はあるので、あえて土属性を使う理由はない。
間違えないで欲しいのは、土属性の魔法は非常に使い勝手が良いということ。魔石との相性があまり良くないだけで。
ノルサさんも同じようなことを思っているらしく、「魔石として利用するには難しいのよね」と話していた。
「そうねぇ、生活用は大石でも賄えるし、むしろ大石を購入する人の方が多いから、要らないと思うの。落ち着いたら作れば良いと思うわ。ただ、新人冒険者が気軽に購入できる魔石はあった方が良いと思うのよね……そう考えると中石は、風と水の分だけ作れば良いと思うわ」
「風と水……防御と治癒魔法ですか?」
「そうね。中石であっても、持っているのと持っていないのでは、大きな差があるもの……あら、シアちゃんの加護は風だったかしら?」
やっぱり気になりますよね、そう思いながら私は先程考えていた事を話す。
「いえ、風と水の2種類です」
「……シアちゃん、その事は隠しておいた方が良いわ。加護持ちでも他属性の魔法を使う人は多いから、魔法を使う分には別に問題ないと思うけれど……そうね、もし加護持ちか聞かれたら、片方だけ伝えるようにした方が良いわね」
「肝に銘じます……」
「今回言ってくれたのは、きっと気を遣ってくれたからでしょう?このあと魔石に魔法を込めないといけないものね。ありがとう、嬉しかったわ」
――4属性全部魔力を込めることができますと言えないから、とは言えない。
笑みが引き攣りそうになるのを何とか抑えて、私は微笑みを湛えた。私の思いが伝わらない事を祈って。
一心不乱にできる準備を進めていたが、ふと気づくと大通りが騒々しい。人の通りが多くなってきたようだ。それと同時に私のお腹も「くー」と鳴った。
本当に恥ずかしい。店舗内が薄暗くて良かった。と熱くなった頬に手を当て、チラッとノルサさんの方を向くと、彼女は表の扉の方を向いていた。
「あら、もうお昼なのね」
ノルサさんは立ち上がり、背筋を伸ばしている。ノルサさんにも手伝ってもらい、店舗はだいぶ仕上がっている。そろそろ休憩を取っても良い頃かもしれない。
そう提案しようとした矢先、勢いよくノルサさんが振り向いたので、私は驚きからか身体が固まってしまう。その事に気づかなかったらしいノルサさんは、「そうそう」と話し出した。
「シアちゃん、魔石店を開店しますってギルドに伝えた?」
「え……?」
もしかして許可制だったのだろうか……急にぐるぐると頭の中で不安が渦巻き始める。だが、私は領主様から「開いたら良いよ」と許可を頂いている。だから問題ないのでは……と思っていたのだが、私が考えている事とは違う話らしい。
「そうか、それを知らなかったのね。魔石店はギルドに開店した事を伝えておくと、冒険者に斡旋してくれるのよ。初めて商売をする人は、その事を知らずに開店して、数週間ほど閑古鳥なんてこともあるらしいわよ」
「そうなのですね」
「まぁ、身元確認のために簡単な質問があるかもしれないけれど、シアちゃんなら大丈夫だと思うわ」
「普通は知らないわよね」と頷きながら彼女は考え込んでいたが、一方私は質問と聞いて凍りつく。だが、幸いノルサさんは私が強張ったことに気づかなかったらしい。何かを思いついたのか満面の笑みで私の手を握った。
「そうだ!シアちゃんは女の子だから……最初はギルドで魔石を販売しても良いかもしれないわね」
「ギルドで……ですか?」
「ええ。ギルドって広いから、たまに行商人が許可を得て武器防具を販売しているのよね。以前あのギルドで商売をした商人さんに聞いた話によると、場所代も格安でしかも机と椅子まで貸してくれるらしいのよ。至れり尽くせりだよって笑っていたわ。あそこなら変な冒険者に絡まれても職員や他の冒険者が助けてくれるからシアちゃんも売りやすいと思うし……一週間くらいあれば慣れると思うから、そうしたらここに戻ってきて販売したら?顔見知りが来てくれると思うから、最初からこの場所で売り出すよりはやり易くなると思うの」
「それはありがたいですね」
「でしょう?私もべルケメースの街ではそうさせて貰ったの。魔石だから結構購入してくれる人が多いのよね。ギルドは臨時出張所みたいな感じだったから、『一週間後からは、こちらの店で販売します』と言って、場所を書いた紙と一緒に商品を渡していたわねぇ……ああ、懐かしい。知名度を上げるにはピッタリだと思うわ」
今の私からすれば願ったり叶ったりである。ギルドで魔石も購入できるので、足りなくなればそこでその都度買っても良い。それにギルド職員と顔見知りになれば、今後継続して魔石購入もしやすいはずだ。
「報告と申込ついでに、中石もいくつか購入してきましょう!あとお昼もね」
そう言われて私も立ち上がった。
軽く軽食を二人で摂った後、ノルサさんはまるで見知った場所のように歩いていく。そしてあっという間にギルドに到着した。
まるで買い物に来たかのようにふらっと立ち入る彼女に驚いたが、彼女は冒険者だったことを思い出す。きっと慣れているのだろう。彼女の後について歩いていると、周囲から視線を浴びていることに気づいた。美女であるノルサさんが、吊り目の偉そうな女を連れていたら、確かに吃驚して見るでしょうね、と私は勝手に納得する。
――勿論そんな事はなく、ノルサとアレクシアの美女2人が並んでギルドに来ている事に驚いているのだが。
ギルドの窓口に彼女がたどり着くと、そこにいた女性職員が顔を上げて目を丸くしていた。
「あら?ノルサじゃない!いつこっちに戻ってきたの?!」
「用事があって来ていたのよ。エミリー、久しぶり」
エミリーと呼ばれた女性は眼鏡をかけて茶色の長い髪をお団子に結んでいる。確かにノルサさんと同年代くらいだろう。ノルサさんは以前この街にいたのだろうか。
「ああ、ノルサはこの街出身なの」
「そうなのですか?」
「ええ、私はエミリーというの。私が新人の時は、ノルサも冒険者としてこの町で活動していたのよ。その時お世話した仲ね」
「あら、お世話されていたの間違いじゃない?」
「どっちもどっちでしょう?」
本人たちもどんぐりの背比べである事は分かっているらしい。もしくは単に掛け合いが楽しいだけかもしれない。それほど楽しそうに笑っていた。
ひとしきり笑い終えた後、エミリーさんは仕事用の表情に切り替えたようだ。
「で、今日は何の用事かしら?」
「私じゃないのよ、今日は彼女が」
そうノルサさんから背を押され、私は前に踏み出す。少し緊張しているからか、貴族の礼を執ろうとしてしまい、慌てて引っ込めた。
「……シアと申します。魔石店をこの街で開こうと思いまして、相談に来ました」
頭を下げるだけで良いだろう、と思いお辞儀をする。頭を上げて彼女を見れば、そこには呆気に取られる彼女の姿が。何か間違えたのだろうか、と気掛かりになった私は、後ろのノルサさんの顔を見たのだが、彼女は笑いを堪えるのに必死なようだ。
「エミリー、なに呆けているのよ。貴女たちが待ちに待った魔石屋の店長よ?」
「でも、ノルサ。こんな綺麗なお嬢さんが魔石屋を開くなんて……」
「そうね。シアちゃんは店を開いた経験は無いから、そこはフォローが必要だと思うけれど……魔石師としての腕は確かよ?」
ノルサさんはエミリーさんに近づき、小声で話し始める。
「そうなの?」
「ええ。サラも彼女の魔石を見て唸っていたわ」
サラさんと言うのは、ノルサさんの店の同僚だそう。「魔石の自慢しちゃったぁ」と笑っていたが、私の魔石はそんなに自慢できるような代物ではないと思うのだけれど……。
何やら考え込み始めたエミリーさん。もしかしてお店を開けないのかしら……と私の心が騒ぎ始めたのと同時に、エミリーさんの後ろから声がかかった。
「おい、さっきの件詳細が……っと来客中だったか。ってノルサじゃねーか」
「あら、ギルド長。お元気そうで」
「今お前は王国にいるんじゃなかったのか?」
「ええ、そうなんですけど、彼女の手伝いに来たのよ」
そう言ってノルサさんは私の両肩に手を置いて、少しだけギルド長の元へ押し出した。彼はじーっと私と手元の紙の双方を見ていたが、「なるほどな」と呟いた後、エミリーさんに向き直る。
「領主様が言っていたのは、嬢ちゃんのことだな。先ほど、ジェイクから魔石店を開く人の特徴を聞いたところだった。金髪に青い瞳の綺麗なお嬢さんだと言っていたが……本当にその通りだな!」
「き……綺麗?」
思わず声が出てしまった。綺麗だと言われたのは初めてだ。顔については「怖い」、「人形みたい」などしか言われたことがないのだもの。初めての事で、狼狽えてしまったのはしょうがない。ギルド長はそんな私の様子に首を傾げた。
「いや、どう見ても嬢ちゃんは綺麗だろう。ま、それは良いとして、今日は開店報告か?」
「それもありますが……一週間ほどギルドの隅をお借りして、出店させていただけないでしょうか?」
ギルド長は私の言葉に目をしばたたかせたが、内容は理解できたようで「ほう」と声を上げた。
「それは構わないぞ。ついでに取り扱う魔石の質も見せてもらおうじゃないか。俺も魔石の良し悪しぐらいは分かるからな」
「ありがとうございます」
私の言葉に大口開けて笑うギルド長。その姿は見ていてなかなか気持ちのいいものだった。
「俺はここのギルド長を務めているモーガス。よろしく頼むよ、嬢ちゃん」
「シアと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
その後はエミリーさんとの話し合いで、私は明後日よりギルドで店を開く事になったのだった。
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